貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

借り物は原状にして返すのが鉄則。

 入室の許可を出すと、失礼致しますと現れたのはサリーナだった。

 「マリー様、そろそろリュサイ様とのお茶の時間でございます」

 「あら、もう? 分かったわ、ではイエイツ、ヤン。そしてメイソン。私は席を外すわね。グレイ、エスコートをお願いするわ」

 自分もお茶会に参加したいと喚くメイソンを何とか引きはがして馬の脚共に丸投げし、グレイの手を取ってサロンへ向かう。
 これからカレドニア王国の未来を左右する大事な話をしなければならないのである。
 サリーナには女王リュサイをお茶に誘うのでサロンでのセッティングを頼んでおいてあった。午後からは賢者認定儀式の打ち合わせも控えているので、話すならこのタイミングしかない。

 途中で馬の脚共、カール、アルトガルを拾う。アルトガルは参考人として連れて来た。
 サロンに入ると扉を馬の脚共とカールが固める。
 席について待っていると、ゲストである女王リュサイが騎士ドナルドを従えて現れた。よしよし、この人にも話を聞いて貰わねばならないからな。
 挨拶を交わした後でソファーを勧める。やはりというか騎士ドナルドは固辞し、リュサイの背後に控えた。
 サリーナがお茶を淹れて給仕する。少し緊張した様子の彼女に、私は微笑みかけた。

 「リュサイ様、当家の滞在で何か不自由な事はございませんか?」

 「いえ、皆様にはとても良くして頂いておりますわ。先だってはティヴィーナ夫人にもお茶会に招いて頂いて……カレドニアではお茶という飲み物に余り馴染みが無かったのですが、今ではすっかりお気に入りになりました」

 「うふふ、それは何よりですわ。お茶は健康にも良いんですの」

 お茶を勧める。一口飲んだリュサイはほうっと息を吐き、少し気を緩めたようだった。
 そんな様子を見て取ったグレイが口を開く。

 「キャンディ伯爵家で飲まれている茶葉はキーマン商会で取り扱っております。お気に入りの茶葉を教えて頂ければ幾つか献上致しましょう」

 「こんなに良くして頂いて……でも、今の私には返すものがございませんわ」

 そう言いながら申し訳なさそうに眉を下げるリュサイ。『妾』ではなく『私』と言葉が自然になっているのはきっと母ティヴィーナの賜物だろう。

 「まあ、そのような事はお気になさらずに、リュサイ様。そしてドナルド卿も。今から少し難しいお話をさせて頂きますが、宜しいでしょうか?」

 「……何なりと」

 姿勢を正して身構える騎士ドナルド。私は少し笑ってから口を開いた。

 「ドナルド卿は先日、トラス王家を頼るとカレドニア王国が傀儡国家に成り果てると懸念していらっしゃいましたわね。
 しかし現実問題、相手がトラス王国であろうが聖女であろうが、他者の力を借りる以上は大なり小なり影響を受けざるを得ませんわ」

 「……それは重々理解しております」

 「つい先日、私達が山へ出掛けた時。実はカレドニア王国を救う手立てになり得るものを発見しましたの。
 その手立てを使う計画も考えたのですが――結論から言えば、私主導でカレドニア王国をアルビオンのくびきから逃れさせるには教会のくびきに付け替える事が必要になりますわ。
 しかし私の用意した救済策をそちらの摂政やリュサイ様にそれを受け入れる覚悟があるかどうか……それをお伺いしたいと思ってこの席を設けましたの」

 「教会のくびき? 教会の支配下に入る、という事でしょうか」

 言い回しが気になったのか、片眉を上げる騎士ドナルド。リュサイはいまいちイメージ出来ないのか困惑顔だ。

 「聖女の保護を受ける国、という名目の軛ですわ。支配下に入る、と言っても教会を通じた経済支配を受け入れるという意味ですの。トラス王国の権力支配を受け入れるよりかはマシかと思いますわ」

 「……どういう事でしょうか?」

 「それはこのアルトガルの話をお聞きになった方が早いですわね」

 私は目線で合図し、話をアルトガルに振った。ここで参考人の出番である。

 「我輩は山岳国家ヘルヴェティアのしがない傭兵、アルトガルと申します。実は我が国も聖女様の保護を受け入れる事になりましてな……」

 女王リュサイと騎士ドナルドに礼を取って挨拶をしたアルトガルは、山岳国家ヘルヴェティアが聖女の保護下に入った経緯を話して行った。

 「……そもそもヘルヴェティアは平地も少なく碌な産業が無く。聖女様の庇護を受ける事で雇用問題が解決し、却って恩恵を受けております。
 産業や商売が活性化する事は、国力を落としているカレドニア王国にとっても悪い話ではないかと」

 「要は商売をしたい、という事でしょうか?」

 戸惑った様子の女王リュサイ。私は閉じた扇の先で口元を隠す。

 「うふふ、手っ取り早く言えばそうですわ。私は面倒臭がりなんですの。教会の経済支配――商売や産業、宗教にはある程度介入しますが、アルビオンの国政にはこちらに不利益な事をしない限りは干渉するとは無いでしょう。
 勿論その国の民も粗略にせず、新たな産業、仕事、利益も与える――それが私の庇護を受けるという事。リュサイ様や摂政の方にああしろこうしろと上から命じたりする事はございませんわ。
 勿論カレドニア王国内の親アルビオン勢力を駆逐する為の協力も惜しみません」

 「……もし、聖女様に敵対したり不利益な事をすればどうなりましょうか?」

 恐る恐る切り出した騎士ドナルド。
 勿論そんな事をすればただでは済まさないに決まってる。

 「別にアルビオン王国に味方する、という事にはなりまんわ。ただ……例えばの話。人に貸した荒地が耕され、作物の豊かな実りを得る頃になって返せと貸し手が欲をかいて迫った場合。普通は作物も何もかも全て引き上げて元の荒地の状態に戻した上での返還になりますわね。
 たとえ貸し手が実りの畑を無理やり奪ったとしても、こちらにはそれ以上の実りを作る知識があります。そして、一度裏切ったら信頼は二度と戻らない事を肝に銘じて頂かなければ」

 借り物は原状にして返すのが鉄則。
 扇を開いてうっそりと笑う私を見て、アルトガルがぶるりと震えた。

 「神霊は恐ろしゅうございますな。我が国は絶対にそのような事は致しません!」

 「ええ、そうでしょうともアルトガル。それで、リュサイ様にドナルド卿……やはり聖女の支配は受けられないとお思いになるのなら、それはそれで無かったお話という事にしますので私は構いませんわ。
 その時はトラス王陛下へ私から口添えの手紙を書いて差し上げましょう。勿論王都へも馬車と人を付けて無事にお送り致します」

 選択肢を与える言葉に、女王リュサイも騎士ドナルドも黙り込んでしまった。
 どちらを選ぶべきか迷っているのだろう。

 「勿論今すぐに返事を、という訳ではありませんわ。国の行く末もかかっているでしょうからじっくりとお考えになって下さいましね。
 ただ、賢者認定儀式が数日後に迫っております。私の庇護を受けられるのであれば、是非その儀式に立ち会って頂ければと」

 そう言うと、二人はどこかホッとした様子で頷いた。彼らには今しばらく考える時間が必要だ。
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