貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

グレえもん「しょうがないなぁ、マリーは」

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 アレマニアの寛容派貴族ご一行は、結局その日の夕食を辞退した。
 「疲れたので体を休めたい。簡素な夜食でも頂ければそれで十分です」と言うのである。

 私の能力を恐れたのもあるだろうが、侍女によれば彼らは風呂に入って着替えた後でしばらく何やら話し合っていたが――疲れが相当溜まっていたのだろう、そのままベッドに横になり熟睡していたそうだ。
 夜に起き出すかどうかは分からないが、彼らの希望通り夜食として厨房に簡単なスープと軽食の作り置きをしておくよう命じておいた。
 起きなかったら起きなかったで次の日温め直して朝食に回せばいいだけだ。

 金太ディックゴルトは客人というよりかは緩い人質で味方ではないので、食事は別に部屋に運ばせる形を取っている。
 別れ際に精神感応を使うと、如何にして立場回復しようかと目まぐるしく考えていた。
 私の見せた現代日本の光景はかなり効果があったらしい。もしかしたらあのような光景を生み出すような神の知識と技術が手に入るかも知れない。
 金太ディックゴルトの心はこちらに味方したいという気持ちと家の命運を全て賭けても良いのかという気持ちの狭間で激しく揺れ動いていた。
 更には自国の寛容派貴族が訪ねてきたあの場で、機密保持に細心の注意を払ってきたであろうアーダム第一皇子の企みが全て筒抜けであったことが判明したのだ。
 ヴァッガー家の目論見もバレていた事から、こちらの情報網の凄まじさと内通者の存在を疑った金太ディックゴルトは不寛容派が凄まじく不利だと考えていた。

 しかし寛容派に鞍替えして味方するにせよ、何とかしてヴァッガー家当主である父親に連絡を取らなければ始まらない。
 しかしその父親は自分の目で見たものしか信じない人間であり、その説得は容易ではないだろうと頭を悩ませていた。

 ……こちらに味方する決意が出来たら多少自由を与えて泳がせるようにした方が良いかも知れんな。

 夕食のコロッケを口にしながら心の中にメモをしていると、父サイモンがううむ、と唸った。

 「『コロッケ』と言ったか――この変わりクロケットは美味いな。この『ウスターソース』とやらがまた良く合っている」

 「カチカチになったパンの削り粉をまぶして揚げる事でこんなサクサクとした歯触りになるなんて」

 頬に手を当てる母。
 祖父母に弟妹、リノにジュデ、イドゥリース達、アルトガル、エヴァン修道士達、エトムント枢機卿、リュサイ一行といった他の面々も口々に美味しいと言ってくれた。
 流石はみんな大好き定番おかずのコロッケ。この世界の皆の口にも合ったようで何よりである。

 「うふふ。パン粉はこの『コロッケ』の命なの。乾燥したパンだからこそ作れるのよ」

 この国にはコロッケに似たクロケットという料理自体は存在していた。ただし、中身はミンチ肉にベシャメルソースを絡めたもの。
 クロケットとは所謂クリームコロッケであり、揚げるのではなくオーブンで焼いて作られるものである。
 なので、私が提案したジャガイモを使ったコロッケは、先程父が言ったように『変わりクロケット』と認識されたのだった。

 前世では何故か台風の日の定番と言われていたな、と思い出す。
 この国には嵐になる事は滅多にない。それなのに何故コロッケなのかと言えば、来るべき食料難の嵐に備えてジャガイモ料理を色々作らせてみているのである。私的にコロッケにウスターソースは不可欠派なので敢えてこれまで作らなかったのだ。
 ちなみにウスターソースは前世の知識を自由に引き出せるようになってから即行で作らせた。ウスターソースがあればケチャップと混ぜてトンカツソースにもできるし、料理の幅がかなり広がる。笑いが止まらない。

 「油が少々高いという問題はあるけど、それ以外の材料なら庶民でも作れそうだね」

 グレイの鋭い指摘に私は頷いた。

 「そうなのよ、グレイ。あちらの世界では庶民的な料理で、串焼きのように手軽に食べ歩き出来るものだったわ。確かに油を使うけれど、その分カロリーが高い――少ない量で満足できると思うの」

 カロリーという概念がない事に気付いて慌てて言い直す。
 そう、油を使ったのは単純にカロリーを高めるためだ。その分必要量が少なくて済む。勿論コロッケ単品では栄養の偏りがあるのでその他の栄養素を考える必要はあるが、食い繋ぐ目的では十分だろう。まあ最悪油がなくともオープンコロッケという手もある。
 そう言えば南方の海岸では免疫を高めるビタミンC豊富なレモンや柑橘類の栽培が盛んなので、増産するのもいいな。

 夕食が終わって。
 家族の何人かと客人達が席を立った食堂で紅茶をゆっくり楽しんでいると、執事が私宛の手紙があると盆に乗せて持ってきた。
 何通かあるようだ。昼間、早馬で届いたらしい。
 差出人の名を見ると、メティ、アルバート王子――そして何故かアーダム皇子。

 「……中身はちゃんと改めてくれたのかしら?」

 特にアーダム皇子からの手紙。変な針とか剃刀とか薬とか仕込まれてないよな?
 凄く……読みたくないんだけど。
 警戒心と嫌悪感を隠さず言う私に、父が溜息を吐いた。

 「勿論ちゃんと改めてあるぞ。そんなものはなかったから安心しろ。後、やたら高価な贈り物があったが、それは送り返す予定だからそのつもりで返事を書くように」

 「……メティの分だけ貰っていいかしら? 他は部屋に運んでおいて貰えれば」

 正直野郎共からの手紙はあんまり読みたくない。特にアーダム皇子からの方。
 私の気を惹こうとでもしているのか、『やたら高価な贈り物』という時点で面倒な匂いがプンプンしている。事故による不達扱いにしたいぐらいだ。
 後で馬の脚共に朗読させようと考えていると、

 「我儘を言うんじゃない。ここで全て受け取れば良いだろう。執事に手間を掛けさせるな」

 子供っぽい事を言うなと父に怒られた。

 「え~……」

 ちらり、とグレイに救いを求めるように視線をやる。

 「助けてぇ、グレえもーん!」

 いきなり訳の分からないあだ名を叫んで助けを求められたグレイは「『グレえもん』って何!?」と困惑顔。
 それは困った時に駄目な私を助けてくれる救世主の名前なのだよ。

 「気持ちは分からないでもないけれど、手紙を受け取るだけなのにそんなに嫌?」

 罠とかも無く、中身はちゃんと改められている。それなのに何故そこまで受け取り拒否するのか理解できないようだ。
 これは理屈じゃない、感情なのだ。私は胸の前で手を組み、きゃるん☆としたぶりっこモードを発動した。

 「マリーはね、基本的に家族やお友達以外の男からの手紙は受け取りたくないのぉ。ほら、グレイは夫として愛しい新妻に男から胡散臭い手紙が来たらちゃあんと管理してくれなきゃだから! それに一通はゴリラのばっちいナニかが付いてるかも知れないんだもん!」

 「……嫌なんだね、分かったよ。しょうがないなぁ、マリーは」

 視界の端に、祖母ラトゥと母ティヴィーナが「お熱いことね」「一途だわぁ」等とワイングラス片手に微笑みあっている。
 結局野郎二人からの手紙は悄然と肩を落としたグレイによって嫌々回収される事になった。
 何だ、グレイも嫌なんじゃん。
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