貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

グレイ・ダージリン(31)

 「やあ、おはよう。朝から勉強に精が出るね」

 そんな事を思い出しながら、僕は皆に声を掛ける。
 こちらを振り返ったシャルマンが呆れたように肩を竦めた。

 「おはようございます、ヤンもイエイツさんもずっとこんな調子なんですよ」

 「おお、グレイ。早いな」

 「おはようございます、若旦那様」

 イエイツが軽く会釈を返し、ヤンは「夢中になり過ぎてしまいました」とはにかむ。イエイツは気を利かせてくれたのか、「では拙僧は退散するとしよう」と勉強の紙束を持って出て行った。

 僕は改めてヤンとシャルマンを見つめる。
 賢者認定儀式を明日に控えた今日の内に、銀細工をアルジャヴリヨンの中央大修道院にある大聖堂に運んでおかないといけない。
 貴重品を運ぶので、輸送中に隠密騎士達の協力を貰えないかとサイモン様にお願いしておいた。
 隠密騎士他達は明日の儀式に備えて領都内の不審者を洗い出す仕事をしている。その合間に遠くから輸送隊を見張って貰うのだ。

 「頼むよ、二人共」

 「「行ってまいります」」

 ヤンとシャルマンが出て行くのを見送ったところで。

 「グレイ猊下」

 「これはドナルド卿。おはようございます」

 背後から声を掛けられたので振り向くと、そこにいたのはカレドニア王国の高地の騎士ドナルド・マクドナルド。
どうかしたのかと訊くと、話があるという。

 「聖女様の申し出をお受けした場合、我が国はどうなってしまうのか……そこの見通しを具体的に出来るだけ詳しく知りたいのです」

 「それでしたらマリーに直接訊ねられた方が良いですよ。ただ、今は賢者認定儀式の予行演習中で取込み中なので夕方まで待って頂く事になりますが」

 「いえ……聖女様ではなく。グレイ猊下にお訊ねしたい」

 「私に? 何故」

 「これは武人の勘ですが、聖女様は神の娘というだけあって、人の枠を超越しておられます。面と向かって聖女様のお考えに疑念を抱いていると告白するのは、私のような者には恐れ多く、また深く恥じ入っております。
 それよりは、聖女様の夫であり、聖女様を傍で見て来られた猊下の見解を知りたいと思いまして」

 「……ああ」

 ははあ、何となく分かった。
 あのパレードの時――誰も知らない筈の女王リュサイの名前を口にしたマリー。
 騎士ドナルドは全てを見透かされるような気がしてマリーに会いたくないんだろうな。
 『疑念を抱いている』と言い訳しているけれど、きっと彼女に対する恐れがあるのだと思う。だから恥じ入っていると。
 その勘は正しい。

 それならば僕が夫として動くべきなのだろう。
 視界の隅に城の庭の中の東屋が目に入った。ナーテにお茶の用意を頼むと、彼をそこへと誘う。騎士ドナルドがカールを気にしているようなそぶりを見せると、彼は「その辺に居ますからねー」と言って姿を消した。

 「……お気を使わせてしまって申し訳ない」

 騎士ドナルドは椅子に座ったまま神妙な顔をして頭を下げる。僕はお気になさらず、と首を横に振った。

 「早速ですが、リュサイ女王陛下はどのようにお考えになっておられるのでしょう?」

 何故騎士ドナルドのみが来ているのか遠まわしに訊ねると、相手は苦笑いを浮かべた。

 「……陛下は商売の許可を出すだけで助けて貰えるのならば、と良い事のように思われています。
 しかし先日アルトガル殿に説明頂いた内容など、私もあまり理解しきれておらず。聖女様に失礼な事は重々承知ですが……どこかに落とし穴があるのでは、と」

 「まあ、当然の事ですよね」

 僕は頷いて肯定した。
 騎士ドナルドは慎重派なのだろう。もう少し判断材料が揃うまでは、乗り気な女王リュサイ陛下を押し止めている、と。
 僕は頭を巡らせる。マリーが良くやるように、例え話をすると分かりやすいかも知れない。

 「具体的に。そうですね……例えば、ドナルド卿が一家の主で羊の放牧で生計を立てているとします。
 アルビオン王国やトラス王国を頼る場合。その家の決定において、他家に口出しされる事になります。その場合、羊の放牧で儲けた金の幾ばくかも保護の代償として差し出せ、という事になるでしょう。この例えは分かりますか?」

 「はい」

 騎士ドナルドは頷いた。僕は続ける。

 「聖女であるマリーを頼る場合。家の決定権そのものに口出しはしません。
 その代わり、羊の放牧よりももっと儲かる仕事があると紹介したり、羊毛や羊肉を買ったり、外国の他家で作られている良い品物を売りに来たりします。
 勿論良い物であれば、ドナルド卿が仕入れて利益を上乗せし、嫌いな他家に高い値段で売りつける事も可能です」

 紹介した仕事で儲かった分のお金の一部は収める事になると思うけれど、それを差し引いても儲けは残るだろう。

 「ただし落とし穴があるとすれば、そのような状況に国や国民が依存してしまうという事です。一度得た良い仕事は誰だって失いたくないでしょう? 自ずと家の決定にも影響を与えるようになります」

 「た、確かに……」

 そこまで話した時、侍女ナーテが戻って来てお茶と菓子の給仕を始めた。話は一時中断する。
 僕は騎士ドナルドにお茶を勧めた。彼が口をつけたので、僕もティーカップを持ち上げる。

 聖女マリーの支配は優しい様でいて、その実性質たちが悪い。生活基盤を支配されては排除もし辛く、それ無くしては生きられないようになるからだ。アルトガル達はそれを承知で保護下に入った。
 そこに騎士ドナルドは気付いているだろうか。

 「――さて、先程の続きですが。家の収入が上がればその金で軍備を整える事も出来ます。そして他家に徴税されている場合であっても、誤魔化しが効くようになります。
 仕事に関わる物の所有権や利益が別の家のものとして計上されていれば、その他家は徴収する権利を持たない」

 「誤魔化しが効く? どういう事でしょうか」

 「帳簿上の話ですよ。例えば、教会所有の羊達を預かって手間賃を貰って育てているという建前があれば。その家の収入は教会が羊製品を売ったお金でしょうか? それとも手間賃?」

 「あ……」

 「はい、正解は手間賃です。それに税金がかかります。教会から税は取らないものですし」

 そして、教会の金をカレドニア国力増強に使えばいい。

 「国としては税収は減るでしょうね。アルビオン王国に渡すみかじめ料も減ります」

 その事で何か言われても、あれは教会の資産と儲けなのでと言い訳が出来るという寸法だ。
 教会が味方という事はいくらでもやりようがある。

 「勿論一方で親アルビオン派貴族に対しては、こちらの仲間になるのならば利益を与えるようにします。
 日和見貴族ならば靡くでしょうね。それ以外の者は排除するしかありませんけれど」

 場合によっては恐ろしい手段に出る事も必要だろう。まあそれは専門職にお任せする事にして。
 アルビオン王国の影響力が削がれた後で内部強化をすればいい。
 技術設備を投資して、生産工場等を建てたりするのもそれが済んでからだ。

 「状況を覆す……それほどの富を生むものを聖女様はお持ちなのですか?」

 探りを入れるように問うてきた騎士ドナルドに、僕は自信たっぷりに頷いた。
 砂糖以上に金とダイヤモンド鉱脈もある事が確定している。
 物質だけではなく、画期的な技術の知識も自由に引き出せる。富を生まない訳がない。
 ただ、それを彼に伝える事はまだ出来ないけれど。

 「聖女マリーの――教会の軛を受ける事で、カレドニア王国は商売上トラス王国、ガリア王国、遠くは神聖アヤスラニ帝国に繋がる事になります。
 僕から言うのもなんですが、マリーは敵には容赦しませんが、自分の懐に入れて身内と見做した者には甘い。保護下に置いたカレドニア王国も粗略にされる事はない、その点は安心出来ますよ」

 それに――

 「これは僕の独り言ですが。これからトラス王国はキャンディ伯爵家とダージリン伯爵家を中心に歴史的大変革が起きるでしょう。
 もし、カレドニア王国が教会の軛を選ばないのなら別にそれでも構いませんが、その変化に置いてけぼりになる事を後できっと――いえ、絶対後悔すると確信しています、とだけ」

 マリーの見せてくれた蒸気機関車や蒸気船に思いを馳せて、僕はにっこりと微笑む。
 カレドニア女王リュサイ、騎士ドナルド及びその配下の騎士や修道士達が揃って聖女の庇護を受ける事を表明したのは、その日の夕食が終わった後だった。
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