貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

咆える金剛力士(ヴァジュラパーニ)像。

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 「ぼ、僕をぉぉぉ――!?」

 目を剥いて素っ頓狂な声で自分を指差すグレイに私は思わずビクッとなった。
 動揺のあまり素が出てるぞ。

 「いきなり何を言いだすのだ、オスカー!」

 腰を浮かして怒鳴るズィクセン公爵も仮面が剥がれた模様。
 大声に怯えたようにしがみついてくるヴェスカル。ヴェスカルの体に条件反射で腕を回しながら、私も思考が働かず反応出来ないでいた。

 「グレイ猊下が次期皇帝になれば聖女様の加護は自ずと神聖アレマニア帝国にもたらされる! 何より太陽神の娘たる聖女様を皇妃として戴く事になるのですぞ! 神を奉ずる我が国の成り立ちからして、これほど相応しい事はございますまい! 国も宗教派閥も聖女様の下で一つに纏まるでしょうし、聖女様の保護下にいらっしゃるヴェスカル殿下も長じた後に皇位を継いでくださる道もありましょう!」

 ヴィルバッハ辺境伯も金剛力士ヴァジュラパーニ像(運慶&快慶・作)みたいな顔で負けじと咆え返している。いや、そもそも地顔が怒っているのかこの人。唾を飛ばさないで欲しいんだけど。
 それにしても、欲しいのはグレイではなく、聖女である私であったか。

 「「「!!!」」」

 アレマニア寛容派貴族一行の顔に衝撃が走った。
 その内の一人が思案気に口元に拳を当てる。

 「確かに言われてみれば……奇策ではありますが、良きお考えかも知れませんな」

 額に青筋を浮かべたグレイがバン! とテーブルに手をついた。
 ティーセットが飛び上がってガチャリと音を立てる。

 「よいお考えかも知れませんな、じゃないですよ! 何故トラス王国人の僕が皇帝候補なんですか! 不寛容派や国民のから支持が得られる訳ないじゃないですか! それに僕には拝領したばかりのダージリン領を治めるという使命があるんです! 立候補なんてしませんよ、僕は。皇帝の器じゃないし、それに後ろ盾だって――」

 「そ、そうよ! それにグレイは赤毛だし、いくら私の夫だからって言ってもアレマニア帝国民も納得しないんじゃないかしら! 何も他国人から候補を募らなくても――」

 我に返った私も参戦する。自国の王妃ですら嫌なのに、皇妃なんて特大のババ引かされるのは絶対にお断りなのである!
 それにそんな事になれば私の新妻ニート生活の平穏が!

 「お二人共何を仰るのですか! 確かに赤毛は忌み嫌われて来ましたが、聖女様が聖地にて火の神についての法話をなされた事、アレマニアにも伝わっております! 赤毛の巡礼の男、エグベルトは聖女様に救われたのだとガリア王国から北上し、我が国を通って帰途についているのです。聖女様にお目通りをした彼は各地の教会で乞われるままに聖女様の法話の事を話し、寛容派・不寛容派共に大きな影響を与えているのです!」

 風向きは少しずつ変わってきております、というヴィルバッハ辺境伯。
 他の面々を見ると、確かに事実であるのか頷いていた。
 何でも、『火を使って生活している以上、火の神の復権をするべきでは?』と論争が巻き起こっているらしい。赤毛の人間にとっては福音となり、蔑んでくる人間に『ならば火を使わず生肉を齧るがいい!』と言い返すのが流行っているとか。
 赤毛の巡礼の男エグベルト……? そんな人いたっけか。
 私は聖地での記憶を辿った。

 「……確か、エグバートさん?」

 そんな名前だったと思う。

 「おお、申し訳ございませぬ。本人がアレマニア風の読みで名乗っておりましてな」

 やはりあの時の男だったらしい。
 ……エグバートめ、余計な事を。
 口止めしておくべきだったか。後悔気味にそう思うものの、火の神について話をした事自体は後悔していない。グレイが生きやすい世界にしたかったし。
 私は溜息を吐いた。

 「グレイ猊下ご心配の後ろ盾も、我らに加えてサングマ教皇猊下がついて下さるでしょう! アーダム殿下を相手にするのに不足はありません! 神聖アレマニア帝国から赤毛の皇帝が誕生する。その皇妃は聖女様で、ヴェスカル殿下もその保護を受けられている――我ら寛容派貴族にとって、これほどの旗印はございますまい!」

 ヴィルバッハ辺境伯は両腕を上げて得意気に演説している。
 それまで黙っていた父サイモンが手を軽く挙げて皆の注意を惹いた。

 「盛り上がっているところ申し訳ないが、本人の意向を無視しているのは如何なものか。それに、皇帝候補は現皇帝の血を引く皇族でなければ国が纏まらぬと貴殿らも先程仰っておられたと思うのだが、そこは何とされる?」

 「義父様の仰る通りです。ぼ……私は皇帝にはなりませんよ」

 父サイモンの言葉にグレイはやや落ち着きを取り戻したようだった。
 確かにそうだよなぁ、と思う。
 私達の疑問の視線を受け、ズィクセン公爵が咳払いをした。

 「猊下、選挙権こそ選帝侯に限ると定められておりますが、本来は皇帝選挙の被選挙権は神聖アレマニア帝国人に限った事ではありません。選帝侯の支持さえ得られれば、他国の一庶民でも皇帝になれると言えます。
 そして候補は自ら立候補する場合、そしてご本人の意志関係なく推挙される場合があるのです」

 前者は選帝侯を味方に付けなければならない。しかし後者は選帝侯が支持してこれはと思う人物を選ぶのだという。
 神聖アレマニア帝国が出来た初期の頃は、他国人が皇帝になった事もあるそうだ。その時は自国に有利な政をして国が荒れたので自然と皇帝の子供が選ばれる事が多くなった。だから勝つためには現皇帝の一族である事が重要視されるのが普通なのだという。
 日本の政治家でも現職や二世が続投したり選ばれたりするが、同じようなものなのだろう。
 例外として強い支持を得るだけの大きな要素があれば他国人であっても候補に挙げられる――そう、聖女が皇妃おまけとして付いて来る、というような。
 わたしゃ食玩のフィギュアか。
 そして皇帝に選ばれた場合。選ばれた者は問答無用で聖地に赴き、教皇から皇帝の認定を受けなければならないという。

 「何ですか、それ! 私には選択肢がないという事でしょうか!?」

 「寛容派の選帝侯が支持すれば……実質そうなるでしょう」

 「そんな……」

 グレイは絶句している。どうしよう。
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