貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

まさかのファン。

 むぅ……と頬を膨らませていると、祖母ラトゥが優雅な仕草で紅茶を一口飲んだ。

 「……いずれにせよ、二人の代わりとなる皇帝候補を探さねばならないのでしょうね」

 そうだな、と祖父ジャルダンが頷く。

 「その、アーダム皇子は妹姫をこの国に呼び寄せるつもりなのだろう? 話を聞く限りは一番の有力候補はやはりその皇女なのだと思うなぁ。二人の王子殿下のどちらかが皇女と婚姻し、皇帝候補になるという手もあるぞ。
 我が国の王子殿下であれば、聖女であるマリーや教皇、寛容派の支持を受けても不思議ではないかと思うのだが」

 「そうね、お婆様にお爺様。アーダム皇子の妹だという、アレマニアの皇女のお名前は分かるかしら」

 そう訊くと、エトムント枢機卿が「はい」と答える。

 「エリーザベト。エリーザベト・フォン・ズィルバーブルク皇女殿下ですね。確か御年十六だったと記憶しております」

 「エリーザベトね。果たして彼女はアーダム皇子の事をどう思っているか……」

 私は周辺諸国を含む地図を持って来させると、神聖アレマニア帝国の帝都――神聖なる都ハイリゲシュタットに集中した。
 天を仰いで目を閉じ、精神統一をして心を飛ばしていく。
 脳裏に浮かぶ、高高度から見た広大な帝都――その中央にある一際立派で巨大、壮麗な建物が皇宮だろう。

 エリーザベト・フォン・ズィルバーブルクはどこにいるのか……

***

 アレマニアの皇宮の一つ、皇女が住まう星宮シュタールンパラスト
 その内の一室で、濃い茶色の巻き毛をした貴婦人がソファーに座って読書をしていた。
 年の頃は十五、十六歳ぐらいだろうか。堀の深い顔立ち、意志の強さを思わせる眉。
 トラス王国の宮廷で見られる細面で華奢な顎の美女とは違い、ややふっくらとした丸みを帯びた美がそこにあった。
 彼女はふとその手を止め、溜息を吐く。

 『トラス王国へ来い、だなんて。アーダム兄上様にも困ったものだわ。トラス王国の王子殿下と会わせたいとはどういうおつもりなのかしら。
 内々とはいえ、私には既にエスパーニャのレアンドロ第一王子殿下という婚約者がいらっしゃるのよ? それを挿げ替えようと?
 しかも父皇様も私にトラス王国へ参れと仰るの。エスパーニャ王国との間に亀裂が入っても宜しいのかしら。ヘルミーネ、父皇様はどうお考えなのだと思う?』

 彼女がきっと皇女エリーザベトなのだろう。
 傍に控えていた侍女がそれに答えた。

 『リシィ様、そもそも婚約が内々のものとなっておりますのは、お立場柄様々な状況によってはお相手が変わりかねないからでございますよ。
 数百年前は、婚約破棄により戦が起こった事例もございますので、特に皇族の婚約は決定的ではないのです。
 特に何事も無ければレアンドロ殿下とのご結婚、と言う事になりましょう。しかし、恐れ多くも皇帝陛下がそのようにご判断なさったと言う事は、余程の事が起こったのだとヘルミーネは推察致しております。
 アーダム殿下もきっと、殿下ご自身の深きお考えがあっての事でございましょうね』

 大きな溜息を吐いたエリーザベト皇女は、本をパタリと閉じた。

 『お手紙の上であるとはいえ、レアンドロ様とそれなりに関係を築いて打ち解けてきたと思っておりましたのに……。
 このような身の上に生まれたからには、政略結婚の駒となる事は致し方ない事だと思ってはいますが、深きお考えの殿方達のなさりようはあまりに身勝手で無体ですわ』

 政略結婚は諦めているけれど、早く結婚してこの窮屈な皇宮を出て行って自由になりたい。
 それに私だって……本当は、誰か素敵な方とこの物語のような恋がしてみたかった。
 そんな風に呟いて顔を曇らせる皇女エリーザベト。ヘルミーネという名の侍女が慌てて口を開く。

 『リシィ様、そう悪い事ばかりでもございませんよ。その本の作者はトラス王国の方なのですから』

 『まぁ、本当に!?』

 『はい。その本の奥付にジュルナル新聞社出版部門とございます。何でも、実在の人物達を元にそのお話は書かれたそうですよ』

 『まあぁ! では、トラス王国の宮廷に元となった方達がいらっしゃるの!? それならトラス王国行きに少し楽しみが出来たわ! 叶うなら作者のサインも貰いたいわね! ああ……オール・ウェゲナー伯爵様!』

 ――ん? どこかで聞いたような名前だな。

 エリーザベト皇女は本を胸に掻き抱いてうきうきと踊り始める。
 その表表紙のタイトルが目に入った時、私はあっと声を上げそうになった。
 『赤髪の悪魔貴族は麗しき薔薇の姫とワルツを踊る』――そうアレマニア語の金文字ででかでかと箔押しされているのを見てしまったのだ。

 ……って、読者だったんかーい!

***

 そのツッコミを最後に私は透視能力を切った。
 まさかのまさか。あの本、神聖アレマニア帝国にも出回っていたとは。
 私は気恥ずかしいのを我慢して、一度深呼吸で落ち着いてからそこにいる面々を見渡した。

 「……皇女エリーザベトは兄であるアーダム皇子の事をあまり快くは思っていないようね。トラス王国にはこれから支度して向かう様子だったわ。それと、結婚を通じて皇宮から出て自由になりたいと願っているみたい」

 皇女エリーザベト自身は父兄の言う事を素直に聞きはするだろう――少なくとも、嫁いで皇宮から出るまでは。しかしその後はどうか分からない。赤毛のヒーローをメインにした私の小説を好いてくれているようだったから、不寛容派ではないようだ。
 ただ、トラス王国へ皇女を呼び寄せる連絡が早過ぎである事から、アーダム皇子はトラス王宮に押し止められてすぐ使いを出したのは間違いないだろう。ダンカンとかいう側近の男が動いたのかも知れない。
 まあそれは後で確かめるとして。

 皇女自身をこちらに取り込める可能性は、ある。

 そう言うと、ヘドヴァンを頭に乗せた父サイモンが思案気に拳を口元に当てた。

 「ふむ――カレルを動かすか」

 「カレル兄?」

 どういう事だろう?
 首を傾げる私に父はニヤリと笑う。

 「アレマニアの皇女についてアルバート殿下に協力を仰ぐのは勿論だが、同時にカレルを皇女に近付けさせ、皇女の考え・思想を探らせるのだ。あれは見目が良い。相手が女であれば取り入る事も容易かろう。上手く行けばこちらへ取り込む事も出来るかも知れんな」

 「大丈夫なの? 出来るの?」

 要は逆美人局作戦という事か。
 だけど、カレル兄にそんなホストのような真似が出来るのか?
 一緒に育ってきたあの『麗しき月光の君(笑)』が女を誑し込むなんて、いまいちイメージが湧かないんだけど。
 便箋と書くものを持って来い、と執事に言い付ける父サイモンをじーっと見ていると、「聖女様」と声を掛けられた。

 「あの……それでしたら私もお力になれませんか? 皇帝選挙に関わりの無いカレドニアの王族であれば、エリーザベト皇女の警戒心も緩むかも知れません」

 どの道、王都へ赴いてトラス国王陛下にお目通りしてご挨拶する必要があるでしょうから……と申し出てくれたのは女王リュサイ。
 確かに――私とグレイもダージリン伯爵領に行かなければならないし、女王リュサイ達も王都に行く潮時だと思う。

 結局、女王リュサイに数日後に王都へ発って貰う事が決まったのだった――父が羽ペンを執拗に攻撃するヘドヴァンに邪魔されながら、何度も書き直したカレル兄への手紙を託して。
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