貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

俺たちの産業革命はこれからだ!

 「うぅっ、マリーの貴重な脳細胞が父のせいで死んじゃったわ……」

 くそう、父サイモンめ。星を見る程殴らなくても良いじゃないか。
 恨みがましい目でじとりと睨みつけるも、

 「お前の行動がまともになるなら多少は死んでも構わんだろう」

 「酷っ!」

 細胞とか意味わかってない癖にそんな風に飄々と躱されてしまった。
 ちくしょう、いつか露天風呂の文化をこのトラス王国に広めてやる!

 そんな会話を繰り広げた鳥ノ庄滞在最終日。

 温泉文化啓蒙の決意を新たにしつつ。私は食事後のテーブルを借りて蒸気機関車――は複雑過ぎてすぐには無理そうだったので、自分でも何とか理解出来そうな、ワルシャート式弁装置の蒸気エンジン模型の図面を描いていた。
 蒸気の力で一つの車輪を回すだけのやつである。蝋燭燃料でいけそうな小型のもの。これなら小さいし、何とか作れるだろう。
 皆興味津々な様子で覗いて来ようとしたので、集中できないからと描き終わるまで待ってもらった。

 「はい、父。これが蒸気エンジン模型の設計図よ」

 仕上がったそれをテーブルの上にはらりと広げる。たちまち皆が身を乗り出してきて、取り囲むようにして図面を眺め始めた。

 「原理はね、蝋燭を使ってここに入った水を沸騰させるとね、『蒸気』というものが出るの――」

 私は蒸気機関の原理を説明をする。
 鍋の蓋をしっかり閉めて水を沸騰させると、鍋が『蒸気』の力で動く。この図はその原理を巧みに利用した車輪を回転させる仕組みの模型なのだと。

 「『蒸気』の圧力を巧みに誘導して、この弁が横に行ったり来たりの運動をするの。このクランク機構と呼ばれている仕組みで車輪を回す運動へと転換しているわ」

 しかしいまいち理解が及ばなかったようなので、その模型の動く姿を実際精神感応で見せてみた。
 下の蝋燭で熱せられ、ボイラーに見立てたガラスフラスコ内の水が沸騰を始める。下の車輪をちょいと動かしてやると、カタカタと音を立てて回り始めた――そんな光景を。

 「おお、成る程。百聞は一見に如かずというが、こういう風に動く仕掛けなのだな!」

 「素晴らしい、これが神の国の未知の技術ですか!」

 「神よ、聖女様の奇跡がまた一ページ……」

 父と鳥ノ庄当主ジェロック・シャトゥートゥン、エヴァン修道士が感動したように言う。馬の脚共は「「流石はマリー様!」」と平常運転である。
 「人々の生活が格段に豊かに便利になりそうですねー」とカール。アルトガルは「よく考えられたものでございますな」と感心していた。

 その通り、この世界の産業革命はここから始まるのですわ、おーっほっほっほっ!
 内心存分に高笑いした後、私は説明を続ける。

 「見たから分かると思うけど、特に車輪に繋がるここの管と弁はぴったり嵌るように、且つ滑り良くする必要があるのよ」

 注意点を述べると、父とジェロックは顔を見合わせた。

 「ふむ……要は蒸気とやらが漏れぬようにすればいいのか? では油を塗るなどすれば良かろう。しかしこれを作るとなると細工師か? しかし……」

 「確かに車輪連結部や金属の管等の細かな部品を考えれば細工師寄りの工作にも思えますが……金属板の扱いは鍛冶の領域かと。
 図面の写しと共に、鍛冶でも細かな作業が得意な者を金属板を幾つか持たせて寄越すようにと猿ノ庄に使いを出しましょうか。失敗せぬように万全を期し、双方の人員を揃えさせます」

 何故獅子ノ庄? と首を傾げていると、「獅子、シンブリ庄ではここから運ばれた銀を様々なものに加工しております」とサリーナ。
 金属細工が得意な職人が多いそうだ。

 「であれば、直接獅子ノ庄に向かわせるように。予定では二十四、五日後にマリー達が獅子ノ庄を巡る。その時に合わせて作らせるとしよう」

 「かしこまりました」

 何か大事になってきたけど、大丈夫だろうか?
 ある程度手先が器用な人が居れば作れると思うけど。

 「これに関しては失敗したくないのでな。最初から全力で行く」

 あ、そうですか。

 父サイモンは本気である。
 それまで何かを考え込むように図面をじっと見ていたグレイが口を開いた。

 「ふうん、クランク機構か。仕組み自体は昔からあるものだけど、運動の方向性を変える別の仕掛けがあれば別の事にも応用できそうだね」

 流石は大商会を切り盛りする我が夫である。
 利益を出す事を考えれば自然と利用方法に思考が働くのだろう。
 紅茶を淹れてくれたサリーナにお礼を言って、私はにっこりと微笑んだ。

 「そうよ、グレイ。鉱山の排水をする装置や鋼のロープを作って巻き上げる事で重い物を運ぶ装置」

 「なにっ!」

 「マリー様、排水の装置について詳しくお教えください!」

 「それがあれば随分鉱山夫が助かりますわ!」

 父サイモンとジェロック・シャトゥートゥン、ついでにエロイーズにまで凄い形相で詰め寄られ、私はジェームズ・ワットの蒸気機関――排水装置の映像を見せ、設計図まで描く羽目になった。
 銀鉱山の排水にはかなり頭を悩ませていたらしい。
 これも、獅子ノ庄で小さな模型を作らせてみるとの事である。
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