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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】
グレイ・ダージリン(39)
騎士達の試合の次の日。
城に滞在している客人達は旅支度をすべく市街地へと降りていた。
王都へ向かうリュサイ女王ご一行に聖地へ戻るエトムント枢機卿ご一行、そして神聖アレマニア帝国帰る寛容派貴族ご一行の大所帯である。
特にリュサイ女王ご一行に関しては、サイモン様が資金的な援助を申し出られていた。僕もヤンとシャルマンを付けてキーマン商会で便宜を取り計らうよう命じている。
僕達夫婦が明日から山の方へ旅に出るということを聞いたアレマニアの寛容派貴族達は、当初旅について来たがっていた。しかしサイモン様が「身の安全を保証しかねる故、ご遠慮願いたい」と断った。
マリーも「カレドニアの女王リュサイ様はこれより王都へ赴き、アーダム皇子を留め置く協力をして下さいますの。エトムント枢機卿も聖地へお戻りになり、不寛容派を牽制すべく動かれる予定ですわ。寛容派の勢力を広げるのは、今が好機と思われませんこと?」と言うと、彼らは確かに! と帰る気になってくれたようだった。
「ああ、ただし。レーツェルさんは別にやって頂く事がありますので、ここへ残ります。ヴァッガー家――彼のお父様とは、私とグレイが直々にお話したいと思っておりますの」
ディックゴルトの手紙だけ届けて欲しいとマリーが微笑むと、彼らは分かりましたと請け負う。彼が父親に宛てて書いた手紙はサイモン様、マリー、僕、エトムント枢機卿の四人の親書と共に託されることとなった。
「馬ノ庄にはもう行ったとして。次は鳥ノ庄だな。鳥ノ庄には私も共に行こう。金鉱山とダイヤモンド鉱山の具体的な状況を把握して一日でも早く採掘を始めたいところだからな」
城の執務室で山地全体の地図を前にそう言われるサイモン様。指差した先は、山地の中央に位置している場所だった。『鳥』と書かれてある。
隠密騎士の里や道の情報が事細かに描かれているそれは、門外不出の機密だそうだ。
「鳥ノ庄を出た後は――狼、山羊、猿、熊、龍、蛇、獅子、牛、鹿と巡って行くが良い。そのように手配しておこう」
地図を追っていくと、丁度ぐるりと鳥ノ庄を中心に回るように旅をする事になる。最後の鹿ノ庄を出た後は山地を降りて街道伝いに領都へ戻ってくる。
「ねぇ、父。兄様達も隠密騎士の里へは行ったことがあるの?」
「勿論だ。十五の年にな」
イサークもいずれは回ることになるだろう、というサイモン様。マリーが「姉様達やメリーは?」と首を傾げると、他所へ嫁ぐ女子には必要ないとの事。
「アンは嫁いだ身だが、お前やアナベラは身内に取り込んだようなものだからな。いずれアールとアナベラも回らせる事になるだろう」
「仲間外れになっちゃったアン姉がちょっと可哀想な気もするけど仕方ないわね。ダージリン伯爵領は隣だし、これからは気兼ねなく道を整備することが出来るわ」
「無論、そうするつもりだ。グレイよ、各庄巡りではお前という人物を見極められる事になるやも知れぬ。心しておくがいい」
ニヤリと笑ったサイモン様に、僕は頂いた隠密騎士達のリストを思い出した。
ダージリン領へ出立する前には顔合わせが出来ると以前仰っていたけれど、きっとその事だろう。
――これは気を抜けないな。
僕は心を引き締めた。
***
僕とマリーが城のテラスでお茶を楽しんでいると、女王リュサイ達が高地の騎士ドナルドを従えて現れた。
買い物から帰ってきたのだろう。
「まあ、リュサイ様。お帰りなさい」
マリーが微笑んで椅子を勧める。騎士ドナルドはその背後に控えた。
サリーナが女王リュサイにお茶を給仕する。彼女は恐縮しながら軽く頭を下げた。
「聖女様には、何から何までお世話になりまして……」
「いいえ、リュサイ様にも助けて頂くのですし、お気になさらず。それより、十分なお買い物は出来まして?」
「グレイ猊下の計らいで十分過ぎる程です。感謝致します」
答えたのは騎士ドナルド。僕はヤンとシャルマンはお役に立てたようですね、と頷く。
マリーが何かを思い出したようにそうですわ、と口を開いた。
「リュサイ様にはお伝えしないといけない事がありましたの」
それは、カレドニア王国にいる摂政――女王リュサイの叔父にあたるリーアム・ネイル・オーエン伯に聖女の力で連絡を取った事だった。
最初は驚かれ、信じて貰うのに苦労したが、女王リュサイの状況と聖女・教会の保護を受ける事になった事、そして対アルビオン王国の方策について話し合ったのだと。
「……ということですわ。カレドニア王国に眠る資源についても幾つかお伝えしております。しばらくはオーエン伯に頑張って頂いて、カレドニア王内の親アルビオン勢力を追い出した後で国にお戻りになれば宜しいわ」
女王リュサイに随行する者の内、数人の修道士を残す事が決まっていた。
サングマ教皇猊下が選抜した聖職者達と共に、カレドニア王国へ案内役として戻る予定である。
聖地よりカレドニア王国へ向かう聖職者達は、この城で改めて聖女から辞令を受けることになる。
「おお……聖女様、感謝致します!」
聖職者達によってまとめられ、強固なものに組み上げられるカレドニア王国の教会組織――きっと冬までには、秋に収穫されたビートで作られた砂糖をアルビオン王国へ売り始める態勢が整うことだろう。
城に滞在している客人達は旅支度をすべく市街地へと降りていた。
王都へ向かうリュサイ女王ご一行に聖地へ戻るエトムント枢機卿ご一行、そして神聖アレマニア帝国帰る寛容派貴族ご一行の大所帯である。
特にリュサイ女王ご一行に関しては、サイモン様が資金的な援助を申し出られていた。僕もヤンとシャルマンを付けてキーマン商会で便宜を取り計らうよう命じている。
僕達夫婦が明日から山の方へ旅に出るということを聞いたアレマニアの寛容派貴族達は、当初旅について来たがっていた。しかしサイモン様が「身の安全を保証しかねる故、ご遠慮願いたい」と断った。
マリーも「カレドニアの女王リュサイ様はこれより王都へ赴き、アーダム皇子を留め置く協力をして下さいますの。エトムント枢機卿も聖地へお戻りになり、不寛容派を牽制すべく動かれる予定ですわ。寛容派の勢力を広げるのは、今が好機と思われませんこと?」と言うと、彼らは確かに! と帰る気になってくれたようだった。
「ああ、ただし。レーツェルさんは別にやって頂く事がありますので、ここへ残ります。ヴァッガー家――彼のお父様とは、私とグレイが直々にお話したいと思っておりますの」
ディックゴルトの手紙だけ届けて欲しいとマリーが微笑むと、彼らは分かりましたと請け負う。彼が父親に宛てて書いた手紙はサイモン様、マリー、僕、エトムント枢機卿の四人の親書と共に託されることとなった。
「馬ノ庄にはもう行ったとして。次は鳥ノ庄だな。鳥ノ庄には私も共に行こう。金鉱山とダイヤモンド鉱山の具体的な状況を把握して一日でも早く採掘を始めたいところだからな」
城の執務室で山地全体の地図を前にそう言われるサイモン様。指差した先は、山地の中央に位置している場所だった。『鳥』と書かれてある。
隠密騎士の里や道の情報が事細かに描かれているそれは、門外不出の機密だそうだ。
「鳥ノ庄を出た後は――狼、山羊、猿、熊、龍、蛇、獅子、牛、鹿と巡って行くが良い。そのように手配しておこう」
地図を追っていくと、丁度ぐるりと鳥ノ庄を中心に回るように旅をする事になる。最後の鹿ノ庄を出た後は山地を降りて街道伝いに領都へ戻ってくる。
「ねぇ、父。兄様達も隠密騎士の里へは行ったことがあるの?」
「勿論だ。十五の年にな」
イサークもいずれは回ることになるだろう、というサイモン様。マリーが「姉様達やメリーは?」と首を傾げると、他所へ嫁ぐ女子には必要ないとの事。
「アンは嫁いだ身だが、お前やアナベラは身内に取り込んだようなものだからな。いずれアールとアナベラも回らせる事になるだろう」
「仲間外れになっちゃったアン姉がちょっと可哀想な気もするけど仕方ないわね。ダージリン伯爵領は隣だし、これからは気兼ねなく道を整備することが出来るわ」
「無論、そうするつもりだ。グレイよ、各庄巡りではお前という人物を見極められる事になるやも知れぬ。心しておくがいい」
ニヤリと笑ったサイモン様に、僕は頂いた隠密騎士達のリストを思い出した。
ダージリン領へ出立する前には顔合わせが出来ると以前仰っていたけれど、きっとその事だろう。
――これは気を抜けないな。
僕は心を引き締めた。
***
僕とマリーが城のテラスでお茶を楽しんでいると、女王リュサイ達が高地の騎士ドナルドを従えて現れた。
買い物から帰ってきたのだろう。
「まあ、リュサイ様。お帰りなさい」
マリーが微笑んで椅子を勧める。騎士ドナルドはその背後に控えた。
サリーナが女王リュサイにお茶を給仕する。彼女は恐縮しながら軽く頭を下げた。
「聖女様には、何から何までお世話になりまして……」
「いいえ、リュサイ様にも助けて頂くのですし、お気になさらず。それより、十分なお買い物は出来まして?」
「グレイ猊下の計らいで十分過ぎる程です。感謝致します」
答えたのは騎士ドナルド。僕はヤンとシャルマンはお役に立てたようですね、と頷く。
マリーが何かを思い出したようにそうですわ、と口を開いた。
「リュサイ様にはお伝えしないといけない事がありましたの」
それは、カレドニア王国にいる摂政――女王リュサイの叔父にあたるリーアム・ネイル・オーエン伯に聖女の力で連絡を取った事だった。
最初は驚かれ、信じて貰うのに苦労したが、女王リュサイの状況と聖女・教会の保護を受ける事になった事、そして対アルビオン王国の方策について話し合ったのだと。
「……ということですわ。カレドニア王国に眠る資源についても幾つかお伝えしております。しばらくはオーエン伯に頑張って頂いて、カレドニア王内の親アルビオン勢力を追い出した後で国にお戻りになれば宜しいわ」
女王リュサイに随行する者の内、数人の修道士を残す事が決まっていた。
サングマ教皇猊下が選抜した聖職者達と共に、カレドニア王国へ案内役として戻る予定である。
聖地よりカレドニア王国へ向かう聖職者達は、この城で改めて聖女から辞令を受けることになる。
「おお……聖女様、感謝致します!」
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