貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

グレイ・ダージリン(40)

 「グレイ様、只今戻りました」

 そこへ、ヤンとシャルマンが現れた。

 「ご歓談中でしたか。実は、ベリエ商会のアンディ・チェスター様が是非ともお会いしたいという事でしたので連れて来ております。旅支度の買い物について尋ねられたので、グレイ様達も旅に出られる旨をお伝えしたところ、それならばと差し上げたいものがあるとかで」

 同席させて頂いても? というシャルマン。
 マリーが「まあ、何かしら?」と首を傾げた。
 女王リュサイと高地の騎士ドナルドにここに呼んでも構わないか、と尋ねる。快く同席の許可を得たので呼んで貰った。
 やってきたアンディ・チェスターは同席する事に非常に恐縮していたが、わざわざ贈り物を持って来てくれた相手に対してお茶の一杯も出さずに帰す訳にはいかない。

 「数日ぶりですわね、アンディさん。私達の為にわざわざ贈り物を持って来て下さるなんて、感謝致しますわ」

 挨拶を交わした後、マリーが微笑む。
 アンディ・チェスターは緊張しきりで頭を下げた。

 「いえ、このような栄えある席に同席を許される程の大した品ではなく……申し訳ありません、献上しようと持参致しましたのはこの羊の毛織物なのでございます」

 アンディは言って立ち上がり、男――恐らくはベリエ商会の従業員だろう――に近づくと、その緊張に震える腕から畳まれた布を受け取った。

 「山で敷物にでも使って頂けましたら、と。宜しければ旅にこれをお持ち下さいませ」

 僕達に向かって跪いて、恭しく差し出された布。
 サリーナが失礼いたします、と断って布を受け取って改める。ナーテがアンディを立たせ椅子に座らせてやっていた。
 布の一部を摘まんで質を見る。先程アンディは敷物にでも、と言っていたけれど、マントや防寒着、冬の寝床にも使えそうな薄手で目の詰まった上等なものだった。
 興味を引かれたのだろう、騎士ドナルドも毛織物を触ってみている。そして感心したように短く口笛を吹いた。

 「っと、失礼を致しました。これはかなり良い生地ですね。カレドニア王国の貴族が身に纏うフェーリアのようだ」

 「まあ、そんなに良い物なら敷物になんて勿体なくて使えないわ」

 困ったように眉を下げるマリー。しかし騎士ドナルドは笑って首を横に振った。

 「いえ、そうでもありませんよ聖女様。寧ろどんどんお使いになるべきかと。フェーリアはただ着る為だけのものではございません」

 少々お待ちください、と席を外したドナルド。やがて戻って来た彼は、カレドニア王国の衣装フェーリアを身に纏っていた。

 「ご覧ください、寒い時はこのようにマントのように出来ます。目が詰まっているので温かいですよ。こうしてフードやポケットをつくることも可能です。野営する時は毛布代わりにもなりますし、雨が降ってもこうしてしのげます。特に野外活動において実用的なのです」

 騎士ドナルドはフェーリアを結んだり変形させたりして次々に実演していく。一枚の布からよくぞここまで色々と考え付くものだ、と僕は内心感心した。

 「でも、雨水を吸ったら重たくなったりしそうだけれど」

 疑問を呈するマリー。僕もそう思って首を傾げる。
 女王リュサイは紅茶を飲みながら静かに微笑んでいた。

 「ふふふ、少し水を頂きます。ご覧ください」

 そんな僕達にドナルドは笑って、水差しを手にするとそれを傾けて自分のフェーリアに水を零す。

 「「あっ!?」」

 僕達は同時に驚愕の声を上げた。
 直後、ドナルドのフェーリアの表面を滑り落ちていく水滴。

 「水を、弾いた?」

 瞠目するマリー。僕も目を離せないでいた。

 「はい。豪雨では流石に難しいですが、少し位の雨は大丈夫です」

 得意気に言うドナルド。マリーが感動したように両手を頬に当てる。

 「まああ、凄いのね! 確かにこれなら山でも役に立ちそうだわ。アンディさん、素敵な贈り物をありがとう、大事に使わせて頂きますわね!」

 喜んだ彼女はにこやかにアンディに両手を差し出し握手をした。僕も礼を述べるが、アンディは聖女と握手をして貰えた事で舞い上がったのか、どこか上の空。
 挨拶もそこそこに、まるで夢でも見ているようなふわふわとした足取りで帰って行った。

 「……あの人大丈夫かしら?」

 心配そうに見送るマリー。
 まあ、従業員もいたし、ヤンとシャルマンも見送りに行ったから大丈夫だろうと思う。
 冷めた紅茶が淹れ直されるのを見ていると、

 「あっ、そうでしたわ! リュサイ様、一つお願いがありますの!」

 マリーが何かを思い出したように手を打った。唐突に話を振られて居住まいを正す女王リュサイ。

 「私に出来ることでしたら、何なりと」

 「あ、いえ。あの……私事で申し訳ないのですが。私、カレドニア王国の衣装が欲しくて……」

 もじもじと恥ずかしそうに切り出す彼女に、女王は目をぱちくりとさせている。

 「我が国の衣装……フェーリアでしょうか」

 「はい。可能なら、私とグレイだけの新しい格子模様――ブレアカンを考えて、それで作れたら……と考えておりますの。それで職人なりとも紹介して頂けたら、と。難しいでしょうか?」

 「えっ、ちょっとマリー?」

 まさかそれを僕に着せるつもり!?
 初耳だ。いきなり何を言いだすんだと文句を言おうとした矢先、マリーがこちらに懇願するような眼差しを向けてきた。

 「ブレアカン、グレイに似合いそうって思って欲しくなってしまったの! お願いグレイ。将来的にカレドニアとの羊毛製品の取引も増えるだろうし、ブレアカンの服がトラス王国で流行ればという目論見もあるわ」

 僕が考えて返事するよりも先に、女王リュサイがぱっと喜色を浮かべた。

 「まあ素敵! それでしたら是非とも私から贈らせて頂けませんこと?」

 「えっ、宜しいの?」

 目を輝かせるマリー。高地の騎士ドナルドが自らの着ているフェーリアをひらひらと動かした。

 「勿論ですよ、聖女様と猊下が我が国の衣装を身に着けて下さることは喜ばしいことですから」

 この時、僕は避けられない運命に観念せざるを得なかった。
 まあ、いいけどさ。外国の衣装を着ることぐらい……ただ、人前に出るのはちょっと勘弁してほしい。

 「その事も叔父への手紙に書いておきますわ。色などのご希望はございますの?」

 「ああ、私とグレイの色を取り入れて――」

 和気藹々と話に花を咲かせる女性達。
 高地の騎士ドナルドに、「きっとお似合いになりますよ」と言われ、僕は苦笑いをしたのだった。
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