貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

グレイ・ダージリン(47)

 「マリー様、グレイ様、そして皆様も。お気を付けて」

 「これまで――全ての犬が牧羊犬や猟犬としての適性がある訳ではないように、そこからあぶれた他の犬も全てがキノコ探しの仕事を得られる訳ではありませんでした。新たな可能性を示して頂き、感謝致します」

 真摯な目で見詰めて来るリュシール。背後には昨日の犬の訓練をしていた面々の姿もある。キノコ探しの仕事すら得られなかった犬は……まあ、そう言う事なのだろう。野に放てば野犬となって狼と同じようになってしまうのだから。
 だからと言って、彼らが犬を愛していない訳じゃない。

 「まあ、それなら良かったわ。くれぐれも病気――恐水病を患った犬に嚙まれないように気を付けて下さいね。私も対処法を確立させる為に尽力は致しますけれど、まだまだ時間が掛かるでしょうから」

 「キノコのシチュー、美味しかったです。温かいおもてなし、ありがとうございました」

 マリーに続いて感謝を伝える僕。
 夕べ御馳走になったのは数種のキノコたっぷりのシチュー。こんなものしかございませんが、と出されたそれに含まれる香りに身に覚えがあった。間違いない、高級キノコ――黒トリュフを使ったものだ。深みのある味で十分過ぎる程に美味しい。マリーなんか、一口食べるなり天を仰いでうっとりしていたっけ。
 キーマン商会と専属契約を交わして貰えないかな。後日、サイモン様にお伺いを立ててみよう。

 「雪山に来られる方が決まれば城へお知らせを。サイモン閣下には我輩からご報告申し上げます故、宜しくお願い致しますぞ」

 「こちらこそ。雪山救助の犬やそりを牽いて走る犬の育成――山の民同士の友誼に貢献できることはこちらとしても喜ばしい事ですからな」

 隣ではルブレヒト卿とアルトガルが握手をしている。
 アルトガルはある程度の裁量をサイモン様から与えられているようだ。

 「では、参りましょうか」

 次に向かう山羊ノ庄から迎えに来てくれた侍女ヴェローナ・バラスンが声を掛け、僕達は手厚く見送られながら彼女の先導で狼ノ庄を後にした。


***


 狼ノ庄を出て二日。

 森や谷間を抜けた後、起伏のある丘の上に広がっている草原へ出た。
 羊が群れを成して草原に散らばっている。
 草原を囲むようにぐるりと聳える断崖の山々。草原と森の境目に人家が立ち並んでいるのが見えた。ヴェローナによれば、あれが山羊ノ庄だそうだ。

 案内された先は、要塞のような武骨な城。その一室で侍女ヴェローナと同じ、金髪に青い瞳の整った顔立ちをした壮年の男は、キビキビとした動作でマリーに向かって膝をつき手を胸に当てて騎士の礼を取った。

 「お初にお目にかかりまする。某は山羊ノ庄当主、メルヒオール・バラスン。マリアージュ姫様、夫君のグレイ・ダージリン伯爵閣下、そして皆様方を歓迎致しまする」

 「メルヒオール卿、お立ち下さいまし。こちらこそお初にお目にかかりますわ。私はマリアージュ、ここではキャンディ伯爵サイモンの三女に過ぎません」

 マリーが彼に立つよう促しながら名乗る。僕達も続いた。
 来られたばかりでお疲れでしょう、とお茶とお菓子が供される。
 サリーナとヴェローナが給仕を買って出てくれた。

 「山羊の乳を練り込んだ生地で焼いた、イチゴとリンゴジャムのパイでございます」

 「まあ、綺麗で美味しそう! これは、生クリーム? それにしてはカスタードクリームみたいだけど……」

 出されたそれは、パイの上に白いクリームと鮮やかなイチゴが乗っているものだった。

 「実は、ヤギミルクのクリームですわ。以前マリー様に教えて頂いた、カスタードクリームの応用で作りましたの」

 嬉しそうにはにかむ侍女ヴェローナ。フォークで切って一口食べてみると、イチゴの酸味とリンゴジャムの甘さがクリームのまろやかさで調和して非常に美味しい。
 お茶を飲みがてら、メルヒオール卿から色々な話を聞いた。
 ここ山羊ノ庄は昔の戦乱の時期に西と北を守るための要塞として始まったそうだ。西と北の山々の間や道の要所には防衛拠点があるという。

 「草原では羊、山の方では山羊を飼育しておりまする」

 僕達がお茶とお菓子をすっかり食べ終わった頃、早速お目にかけましょう、とメルヒオール卿は立ち上がった。


***


 山羊の庄の近くの草原では、狼ノ庄からの牧羊犬が活躍していた。羊飼いなのだろう、少年の合図ではぐれかけた羊を見事に群れに戻すように追い込む犬。
 その時、僕は羊の群れに違和感を感じる。

 「一頭だけ、何か違うような――ああ、『先頭の山羊』か」

 「『先頭の山羊』?」

 僕の呟きに、マリーが振り返った。

 「あれ、マリーは知らなかったのか。大人しい性格の羊の群れに気性の激しい山羊を一頭紛れ込ませると、それが群れの頭――『先頭の山羊』になるんだ。羊の群れは皆で行動するから、その山羊の後についていくようになる。
だから、羊飼いはその山羊を押さえさえしておけば、羊の群れを簡単に御する事が出来るんだよ」

 「へえ、面白いわね!」

 感心したように羊の群れに視線を戻すマリー。

 「ふふふ、元の群れの頭争いで敗北した二番手を放り込んでありまする。そうそう、晩餐には羊肉料理を饗しましょう」

 「それは楽しみですね」

 そんな会話をしながら一番近いという山地へと向かう。
 半時程馬を走らせると、山羊の群れが草を食んでいた。時折メエエエ……という鳴き声や、カランカランと鈴の音が聞こえてきて、実に牧歌的な光景だ。
 「雪山でも山羊を飼っておりますが、ここの風景は雪山に似ておりますな」とアルトガルが目を細めている。
 山羊飼いなのだろう、一人の男が遠くから頭を下げていた。それに手を振って仕事に戻るようにと合図した後、メルヒオール卿は「あれを」と岩山の崖を指差した。見ると、ぽつりぽつりと白い何かが見えている。

 「あんなところに……!」

 目を凝らして見ると、山羊達だった。凄い所にいるなぁ。よくも落ちないものだ。

 「あそこにいる山羊達は逃げてしまわないのですか?」

 ふと疑問に思って訪ねると、メルヒオール卿は「たまにはぐれる事はございます」と言う。

 「しかし山羊もまた群れで行動しまする。生まれた頃より飼育しておりますれば、山羊小屋が家だと思っており、時間がくればあのもの達も下へ降りて参ります」

 次は山羊のチーズ工房へご案内しましょう、とメルヒオール卿は馬首を返した。
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