貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

文字の大きさ
382 / 758
うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

グレイ・ダージリン(50)

 熊ノ庄の町から少し馬を走らせると、川沿いに建物が集まっている場所が見えた。
 水力を利用した製材所、そして工房群だそうだ。

 「切り出して来た木を水運で運び、乾燥させて製材し、直ぐに工房で加工するのでございます」

 と、説明を聞いていたマリーが声を上げて山の方を指差す。
 僕もつられて彼女の指の先を見ると、何か丸い物が浮かんでいるのが見えた。

 「あれ……もしかして、気球?」

 「はい。そちらを先にご案内致しましょう」

 山と山の間をすり抜けるようにして向かった先には、平らな草原が広がっていた。そう大きいものではないけれど、周囲をぐるりと山で囲まれているような地形だ。その中に見える建物、そして何人かの人の姿。

 「光栄な事に実験場に選んで頂きました。あちらの奥まった山に囲まれている狭い土地は風も穏やか。余人の目も届きにくいので実験には打ってつけなのですわ」

 ナーテによると山の向こうには龍ノ庄があり、気球に使う材料物資はジュリヴァ経由でそこから調達しているという。
 建物に近付くと、男達がヘルベルト卿とナーテの姿を認めたのか会釈してくる。訝し気に僕達を見て来る彼らにそれぞれ自己紹介と挨拶をした後、気球を降下させる実験を見学した。
 気球が地上に到着すると、一人の若い男が降りて来てこちらに一礼する。僕も何となくそれに返礼した。

 「結婚式で見た時よりも随分大きくなっているのね!」

 マリーが気球を見上げ、驚きと感心の声を上げている。ナーテがはい、と嬉しそうに微笑んだ。

 「日々、工夫に工夫を重ねておりますの。絹――タフタ生地に一手間加えて強化しているのですわ。あの通りロープ付きではございますが、最初は鶏や羊に始まり、今ではこのように人を乗せて飛ぶにまで至っております」

 「熊ノ庄の皆様の努力の賜物ね。ありがたい事だわ。でも、くれぐれも命を落とすような無茶はしないで」

 「もう上昇や降下は自由自在に操れる段階だったり?」

 「はい、火の勢いを調節する事で何とか……しかしロープ無しではまだまだ厳しゅうございますので試行錯誤中ですわ」

 「それならいいんだけれど。万が一の場合の事も考えておかなくちゃ」

 マリーは『パラシュート』なるものの話をした。薄く風を通しにくい絹で風受けを作り、それで速度を緩めて落ちる仕掛けだそうだ。
 聖女の能力で実際それが使われている幻影を見せて貰ったけれど、キノコの傘のように膨らんだ布が風を受けて人がゆっくりと下降して行っている。
 マリーは絹地を手に入れてイサーク様達と遊びがてら実験してみるとの事。それが上手く行けば『パラシュート』に関する資料を作成して熊ノ庄に話が行くように取り計らうそうだ。


 気球の実験場の男達に別れを告げた後、案内された先の工房にて。

 「あ」

 僕は見てしまった……アルジャヴリヨンのキーマン商会に持ち込まれた、かの天馬仕様の木馬を。

 「あれって……」

 僕の小さな声にそちらを向いたマリーもそれを見るなり絶句している。
 それもその筈、一つや二つではない。ずらり翼の生えた木馬が並んでいるからだ。
 工房の責任者だという、恰幅のいい中年の職人が「ああ、こちらですか」とにこやかに説明を始める。

 「何でも、子供達に非常に人気が出ているようで。工房を挙げての増産体制に入っております。親も聖女様にあやかろうと買い求めているようで。これほどの売れ行きは滅多に無く、皆喜んでおりますよ」

 僕の視界の隅で、ヘルベルト卿と工房責任者、ヨハン・シュテファン兄弟がこっそり親指を立て合っているのが見えた。
 その事に僕はマリーに少し同情を覚える。
 笑顔でこぞって木馬の事をマリーに説明する職人達。女の子も男の子も一緒に仲良く遊べる画期的なものなのだと。

 「マリー様、ご覧ください! 翼が外れてこのように!」

 「女の子が木馬に乗り聖女ごっこを、男の子は玩具の盾と剣で聖騎士ごっこが出来るのでございます!」

 「おお、素晴らしい! 子供の内から聖女様に親しみを覚える事が出来る玩具なのですね!」

 「ほう、よく出来ておるわ」

 子供のように嬉しそうにはしゃいで、マリーに木馬の仕掛けを見せているヨハンとシュテファン。
 エヴァン修道士が感動したようにそれを見つめ、アルトガルは感心している。

 「……貴方達、随分楽しそうね」

 低く抑えられたマリーの声。どうやらご機嫌は斜めのようだ。

 これは……売り上げの一割を彼女に行くようにしているとはいえ、キーマン商会で販売されている事は言わない方がいいな。

 そんな事を考えていると、

 「……元になった本体を作る時も、ナシアダン・マカイバリを始めとする熊ノ庄の手が入ったと聞いておりますわ」

 サリーナがぼそりと僕の耳元で呟いた。ああ、そういう関係だったのか。
 マリーは長い事黙って木馬を見つめていたが、やがて諦めたように大きく息を吐いた。

 「ふぅ……仕事が増えて皆が喜んでいるのなら良かったわ。売り上げでご家族に良い物を食べさせてあげて頂戴ね」

 「おお、ありがとうございます!」

 「仕方が無いわ、彼らだって食べて行かなきゃ……」

 自分に言い聞かせているようなマリーの背中がどことなく煤けている。
 販売元がバレた時どうしようと思いながら、僕は彼女の肩を慰めるようにポン、と叩いたのだった。
感想 1,014

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。

しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

転生皇女セラフィナ

秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。 目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。 赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。 皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。 前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。 しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。 一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。 「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」 そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。 言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。 それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。 転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。 ※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」