貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

文字の大きさ
385 / 758
うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

グレイ・ダージリン(53)

 「はぁ、参ったな……」

 見つかっていたのなら仕方が無い。僕は降参して二人の前に出て行った。

 「でも、僕で良いの? マリーじゃなくて」

 折角なら聖女である彼女の立会の方が良いんじゃないだろうか。
 そう思って訊くと、カールは口の端を上げた。

 「こういうのは僕、運命の巡り合わせだって思うんですー。たまたまグレイ様がそこに居たっていうのが運命ですよねー」

 言って、カールはサリーナを見る。彼女は少しはにかむと、スカートの端を摘まんで淑女の礼を取った。

 「カールの主はグレイ様ですから、よろしくお願いします」

 二人共異論がないというのなら。

 「分かったよ。僭越ながら、僕が見届け人になろう」

 「感謝します―」

 「……ありがとうございます」

 幸い、名ばかりとはいえ僕も枢機卿には違いない。
 婚約と婚姻の聖句と祈りは覚えている。
 婚約のそれで良いのかと訊くと、求婚をしたという証人という意味での立会人になって貰えれば、との事だった。

 「まだ気が早いですよー。婚約の儀式はきちんと獅子ノ庄の了解を得てからお願いしますー」

 「そう言う事なら」

 カールは跪くと、目の前のサリーナを真っ直ぐに見据えた。

 「蛇ノ庄の次期当主の座よりも、サリーナと共に人生を歩む方が価値がある。だから、僕と結婚して下さい、サリーナ」

 「……はい」

 サリーナは今度は異論を唱えなかった。承諾の言葉を述べると、余程恥ずかしかったのか顔を真っ赤にして両掌で覆ってしまう。
 いつもは冷静な彼女のそんな様子が面白くて、僕は何だかおかしくなった。

 「隠密騎士、そして我が友人でもある鶏蛇竜コカトリスのカール・リザヒルがサリーナ・コジーに求婚した事。そしてサリーナがそれに承諾をした事。ダージリン伯爵そして名誉枢機卿である僕、グレイ・ダージリンが立会人となり。また必要とあらば証を立てん事を、我が名誉と神の御名において約束しよう」

 僕がそう言葉を紡ぐと、カールは少し目を見開く。
 そして照れ臭そうに「ありがとうございますー」と笑った。

 「サリーナ、おめでとう!」

 「わっ!?」

 いきなり声がしたかと思うと、誰かがサリーナに抱き着く。見ると、それは侍女のナーテだった。突然目の前に現れたかのような彼女に僕は心臓が飛び出る程驚いた。

 と。

 「ふむ、目出度い。とうとうくっついたか。我らも立会人に加えて貰おうか」

 「山猫娘も年貢の納め時よ」

 背後からも降って湧いたようなヨハン・シュテファンの声。カールは「先輩達ー、ありがとうございますー!」といつもの調子で手を振っている。

 「グレイ様は分かってたけど! まさか、貴方達にも……み、見られて!」

 サリーナは混乱している模様。
 そこへ、どこからかちりんとかすかな鈴の音が。

 「む……マリー様はそろそろ終えられた頃か。サリーナも報告せねばなるまい。場所を移動するとしよう」

 ヨハンの言葉に、僕達はマリーの下へ向かう事に。
 今宵は幸せな夜になりそうだ。


***


 マリーは令嬢らしからぬ絶叫を上げる程二人の報告に驚いたが、直ぐに気を取り直して祝福した。結婚にあたり、サリーナの両親に許しを得なければいけない等と和気藹々と話していると、そこへ先程の大声に異変を感じたイーヴォ卿が姿を現す。スヴェン卿も一緒だ。
 彼らに二人の事を話したのかとマリーが問うと、カールは自分は蛇ノ庄と半分縁を切っているようなものだし、マリーの話が済んでからで構わないと言った。

 それなら、とマリーが語ったのは恐ろしい流行病、疱瘡の話だった。罹れば致死率の高い病気だ。治ったとしても顔に醜い痘痕が残ったりする。
 何とも恐ろしい話だけれど、それを防ぐ『ワクチン』という薬!? それも、牛のできものの膿を塗ったものを使うだって!?
 それがかの疱瘡を防ぐ効果があるなんて俄かには真実だとは思えなかった。
 しかしマリーは自信があるのか、何なら自分がその被験者になっても良いとさえ言う始末。
 必死に止める周囲、その役を買って出たのは何とスヴェン卿だった。
 もしかして。彼女がこう言いだすという事は、近い将来疱瘡が流行するのだろうか。
 不穏なものを感じる。
 けれど、異世界の記憶を持ち、利用出来る彼女なら。
 きっと、恐ろしい流行病の中でも何でもない顔をして奇跡を起こし、乗り越えて行くのだろう。

 話が一段落すると、イーヴォ卿はカールの方を見つめた。

 「ところでカール。先程、私に話があるようだったが」

 「ああ、僕ー。先刻彼女――サリーナ・コジーに求婚して承諾を貰ったんです」

 まあ、マリー様の話の方が衝撃が強かったせいで、僕達の事なんて霞んじゃいますけどねー。
 そうあっけらかんと言い放つカールに、蛇ノ庄の当主とその兄はぽかんと呆けた顔になった。

 「は?」

 「待てカール。私に相談も無しに……!」

 我に返ったイーヴォ卿が椅子から腰を浮かせるが、煩わしそうに手をひらひらと振るカール。

 「相談する必要はないよー。獅子ノ庄に結婚の許しを得に行く前に縁を切るって話をしようとしてたんだしー。サリーナのご両親にも一人の隠密騎士として挨拶をするつもりー」

 しかしイーヴォ卿は納得いかないのだろう、首をぶんぶんと横に振った。

 「いやいやいや、そういう訳には行くまい! お前が縁を切っても私はお前の親をやめた訳では無いぞ、サリーナ殿の親御殿にもご挨拶をしない訳には」

 「獅子ノ庄、コジー……ああ、獅子ノ庄の山猫娘か」

 スヴェン卿が独り言ちる。
 さっき確かシュテファンが言っていたけど、『山猫娘』がサリーナの二つ名なのだろう。
 その傍らで、蛇ノ庄の親子の言い争いは激しさを増していった。

 「私は反対している訳では無い。カール、お前には散々辛い思いをさせてしまった。せめて、何か親として出来る事をさせて貰えないか」

 「お断りしますー」

 「そう言わずに!」

 そんなすったもんだのやり取りの末。
 カールはサリーナや僕達の口添えもあり。不承不承、結納金を用意させる事に同意したのだった。


***


 次の日の朝。

 出立の支度を終えた僕達は、森の中の花畑にひっそりと佇む墓石の前に立っていた。
 墓石に刻まれているのは『ロザリー・リザヒル、ここに眠る。彼女に安らかな眠りを』という文言、そして享年。亡くなったのは、数年前のようだ。

 先ず、イーヴォ卿が。そして続いてカールとサリーナが祈りを捧げる。
 イーヴォ卿に促され、僕達もめいめい続いて祈りを捧げたけれど、スヴェン卿は何故か立ち尽くしたままだ。
 「貴方は祈らないのですか?」と訊ねると、「……その資格がないのでな」という返答。
 そこへ、カールが近付いて来た。

 「……いいですよー、今の僕は機嫌が良いので特別に祈らせてあげますー」

 「よいのか? 私はお前の母を死なせたも同然の男なのだぞ」

 「あんたを殺したって、母は戻って来ませんしー。それに今となっては復讐する価値もないですからー」

 その言葉に、スヴェン卿は顔を歪めた。逆にカールは晴れ晴れとした笑みを浮かべる。
 最後に祈りを捧げる事になったスヴェン卿は、驚いた事に静かに墓石に額づいた。何事かを口にしているようだったが、僕の耳には聞こえない。

 不意に、優しい朝風が森を吹き抜けた。

 どこからか飛んで来たアゲハ蝶が、カールとサリーナ、イーヴォ卿、僕達の間をすり抜けるように飛び回る。
 最後にスヴェン卿の上をひらひらと飛んでから、墓の向こうに消えて行った。
 その瞬間、ガバリと顔を上げるスヴェン卿。

 「どうした?」

 「いや……何でもない」

 スヴェン卿は空耳だったか、と立ち上がる。そしてカールの方を向くと、「感謝する。私が言うのも何だが、幸せになるがいい」と軽く頭を下げたのだった。
感想 1,014

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。

しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

転生皇女セラフィナ

秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。 目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。 赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。 皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。 前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。 しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。 一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。 「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」 そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。 言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。 それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。 転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。 ※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」