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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】
似たもの親子。
サリーナの案内で向かった獅子ノ庄は、森に囲まれた美しく大きな泉の畔にあった。
横目に見る底まで見通す事が出来る程の透明度。目を凝らすと所々の底の砂が吹きあがるように動いている。
恐らくは山々からの伏流水がここでこんこんと湧き出ているのだろうと思う。現代だったら汲み上げて天然水として売ってたところだ。
と、向こうから近付いて来る騎馬の一団。
サリーナが手を振ると、向こうも手を振り返してくる。近付くにつれ、父サイモンの姿も。
「お初にお目にかかります、私は獅子ノ庄はシンブリ家の当主ハンスと申します」
父の隣に居た焦げ茶の髪と瞳をした中年の男が下馬して騎士の礼を取った。何となくサリーナに似ているから、きっと彼女の父親に違いない。
「ご丁寧な挨拶、痛み入ります。私はグレイ・ダージリン。サリーナには僕もお世話になっております」
「うふふ、初めましてハンス卿。私はマリアージュ・ダージリン。サリーナには十一歳の頃からずっと何かと助けられておりますわ。彼女は優秀で有能なんですの」
本当に、サリーナには世話になりっぱなしである。掛値無しに彼女を褒めると、ハンス卿は目を細めた。
「それは何よりでございました。サリーナ、お前の事は一時はどうなる事かと心配していたが……お前はよくよくマリー様にお仕えしているようだな。安心したぞ」
「お父様、お久しぶりでございます。その節はご心配をお掛け致しました。今では侍女として励み、マリー様を始め皆様にはとても良くして頂いております」
父娘が手を取り合う。並んでいるのをこうして見ると、そっくりだ。
「お前達、やっと来たか。待ちかねたぞ」
父サイモンが声をかけて来る。何だかそわそわしているので、きっと蒸気エンジンの実験をしたくてしたくて堪らないのだろう。
曇り空の元、ひゅうと風が吹く。先程よりも大きな雷鳴。暗い灰色のどんよりとした雨雲が近付いて来るのが見える。
ハンス卿が慌てて父を振り返った。
「おお、そうでございました。雲行きも怪しくなって参りました故、外へ長居するべきではございませんな。屋敷へとご案内致しましょう」
獅子ノ庄領主の住まいは、熊ノ庄や竜ノ庄とは違って要塞ではなく大きな屋敷だった。
下馬をして馬が連れて行かれると、一人の中年の女性がサリーナの名を呼びながら近付いて来る。
「あの方は?」
「母でございます。マリー様、少々失礼致します。お母様!」
サリーナは断りを入れると、女性に小走りに駆け寄った。手と手を取り合って何事か話している。それが終わると、二人はこちらを見た。
女性はサリーナを背後にこちらへゆっくり近付いてくると、淑女の礼を取る。
「遠路遥々ようこそ獅子ノ庄へおいで下さいました。お初にお目にかかります。私はサリーナの母、ジュリーヌ・シンブリと申します」
「マリー様、母のジュリーヌは祖母カメリア・コジーの娘に当たります」
「まあ、ばあやの!」
考えてみればそうだった。確かにジュリーヌ夫人はばあやを若くしたような感じである。
思わず手を口に当てた私に、ジュリーヌ夫人は柔和な顔で頷いた。
「はい。コジー男爵家の出でございます。母と娘がお世話になっておりますわ」
「あ、あの……私こそ、初めまして。サリーナにはお世話になっておりますわ。後、ばあやのぎっくり腰の事はごめんなさい」
「いえいえ、もう過ぎた事ですわ。お気になさらず」
動揺しつつ挨拶をする私に、おほほほと上品に微笑むジュリーヌ夫人。父が向けて来る視線が非常に痛い。
うむ……負い目のある獅子ノ庄では大人しくしていた方が良さそうだな。
***
屋敷の広い一室。石造りの壁の重々しい空気の中、皆でテーブルを囲む。
父サイモンに急かされる形で体をさらっと拭いて着替えた後、私達はそこに集まっていた。
ザアザアという音が耳を打つ。換気の為なのか、窓は僅かに開けられている。外では雨が降り出していた。
部屋が暗くなったので、サリーナとナーテが燭台に火を点す。しかし部屋の隅の方は暗い事には変わりはない。
まるで秘密結社の集まりの如き雰囲気だ。
テーブルの中央に鎮座するそれを見つめる。
私が図面を描いた蒸気エンジン模型は、すっかり再現されていた。
「……では、始めさせて頂きます」
ボイラーにお湯が入れられ、代表してハンス卿が太い蝋燭を持って燭台から貰い火をし、ボイラーの下へ置く。
暫く経って車輪の所をそっと動かすと、ピストン部分から湯気を漏らしながらクランク機構がカタカタと鳴って車輪が回り出した。
「おお……これが蒸気エンジンというものか!」
父サイモンが嬉しそうに声を上げる。他の面々もどよめいていた。
一方、獅子ノ庄の金属細工職人や猿ノ庄の鍛冶師達は安堵や達成した、とでもいうような表情を浮かべている。やつれている印象を受ける事から、きっと彼らは寝る間も惜しんで何度か試行錯誤して仕上げたのだろう。技術者の鑑だ。
「一先ず蒸気エンジン模型は大成功ね。これからは小型の蒸気機関車を作って走らせてみて、そこから巨大化させる方向で開発するといいわ。猿ノ庄に行った時の事なんだけど――」
「反射炉……それを使って作った鋳鉄で蒸気機関車を?」
「ええ、そうなの。優良な鋳鉄を製錬すれば実用に耐えうるわ」
「ふむ……」
「後、石炭も押さえた方がいいわね。鉄の生産能力を上げるのに必要だし、蒸気機関で需要が激増するから富を生む資源として黒いダイヤと呼ばれるようになるわよ。値段も高騰するでしょうね」
「ほう……石炭が産出する場所はどこにある?」
「ああ、近場ではダージリン領に炭鉱を見つけてあるわ――それなりの量はあるけど、需要が高まって来たら間に合わないかも。結構大規模なものは神聖アレマニア帝国にあるのよねぇ」
「ふむ……あの豪商の息子を使うか」
「それがいいわね。私も投資したいわ」
私もそれを考えていた。金太を巻き込んで炭鉱を確保する。
ヴァッガー家からの使いはもうそろそろ来ても良い頃なのだと思うが。
後で能力使って状況を確かめるとしよう。
「石炭は材木の乏しい地域で使われる程度だからな。交渉は有利に運べそうだ」
ニヤリとする父サイモン。
ああ、DSへの夢がどんどん広がって行く!
私の安穏で優雅なニート生活も実現に近付いた!
表情筋が緩みっぱなしである。笑いが止まらない。
外では雨が大降りになったらしく、激しい雨音。風が窓の隙間から入って来て、灯りの一部を吹き消した。
カカッと雷光が窓から差し込み、大きな雷鳴が轟く。
「楽しみね、父。うふふふふ……」
「本当にな、ふはーっはっはっは……!」
「……」
グレイの呆れるような視線を受けながら、私達親子は悪役さながらに笑いあった。
主だった炭鉱資源を確保すれば勝ち確だ。
横目に見る底まで見通す事が出来る程の透明度。目を凝らすと所々の底の砂が吹きあがるように動いている。
恐らくは山々からの伏流水がここでこんこんと湧き出ているのだろうと思う。現代だったら汲み上げて天然水として売ってたところだ。
と、向こうから近付いて来る騎馬の一団。
サリーナが手を振ると、向こうも手を振り返してくる。近付くにつれ、父サイモンの姿も。
「お初にお目にかかります、私は獅子ノ庄はシンブリ家の当主ハンスと申します」
父の隣に居た焦げ茶の髪と瞳をした中年の男が下馬して騎士の礼を取った。何となくサリーナに似ているから、きっと彼女の父親に違いない。
「ご丁寧な挨拶、痛み入ります。私はグレイ・ダージリン。サリーナには僕もお世話になっております」
「うふふ、初めましてハンス卿。私はマリアージュ・ダージリン。サリーナには十一歳の頃からずっと何かと助けられておりますわ。彼女は優秀で有能なんですの」
本当に、サリーナには世話になりっぱなしである。掛値無しに彼女を褒めると、ハンス卿は目を細めた。
「それは何よりでございました。サリーナ、お前の事は一時はどうなる事かと心配していたが……お前はよくよくマリー様にお仕えしているようだな。安心したぞ」
「お父様、お久しぶりでございます。その節はご心配をお掛け致しました。今では侍女として励み、マリー様を始め皆様にはとても良くして頂いております」
父娘が手を取り合う。並んでいるのをこうして見ると、そっくりだ。
「お前達、やっと来たか。待ちかねたぞ」
父サイモンが声をかけて来る。何だかそわそわしているので、きっと蒸気エンジンの実験をしたくてしたくて堪らないのだろう。
曇り空の元、ひゅうと風が吹く。先程よりも大きな雷鳴。暗い灰色のどんよりとした雨雲が近付いて来るのが見える。
ハンス卿が慌てて父を振り返った。
「おお、そうでございました。雲行きも怪しくなって参りました故、外へ長居するべきではございませんな。屋敷へとご案内致しましょう」
獅子ノ庄領主の住まいは、熊ノ庄や竜ノ庄とは違って要塞ではなく大きな屋敷だった。
下馬をして馬が連れて行かれると、一人の中年の女性がサリーナの名を呼びながら近付いて来る。
「あの方は?」
「母でございます。マリー様、少々失礼致します。お母様!」
サリーナは断りを入れると、女性に小走りに駆け寄った。手と手を取り合って何事か話している。それが終わると、二人はこちらを見た。
女性はサリーナを背後にこちらへゆっくり近付いてくると、淑女の礼を取る。
「遠路遥々ようこそ獅子ノ庄へおいで下さいました。お初にお目にかかります。私はサリーナの母、ジュリーヌ・シンブリと申します」
「マリー様、母のジュリーヌは祖母カメリア・コジーの娘に当たります」
「まあ、ばあやの!」
考えてみればそうだった。確かにジュリーヌ夫人はばあやを若くしたような感じである。
思わず手を口に当てた私に、ジュリーヌ夫人は柔和な顔で頷いた。
「はい。コジー男爵家の出でございます。母と娘がお世話になっておりますわ」
「あ、あの……私こそ、初めまして。サリーナにはお世話になっておりますわ。後、ばあやのぎっくり腰の事はごめんなさい」
「いえいえ、もう過ぎた事ですわ。お気になさらず」
動揺しつつ挨拶をする私に、おほほほと上品に微笑むジュリーヌ夫人。父が向けて来る視線が非常に痛い。
うむ……負い目のある獅子ノ庄では大人しくしていた方が良さそうだな。
***
屋敷の広い一室。石造りの壁の重々しい空気の中、皆でテーブルを囲む。
父サイモンに急かされる形で体をさらっと拭いて着替えた後、私達はそこに集まっていた。
ザアザアという音が耳を打つ。換気の為なのか、窓は僅かに開けられている。外では雨が降り出していた。
部屋が暗くなったので、サリーナとナーテが燭台に火を点す。しかし部屋の隅の方は暗い事には変わりはない。
まるで秘密結社の集まりの如き雰囲気だ。
テーブルの中央に鎮座するそれを見つめる。
私が図面を描いた蒸気エンジン模型は、すっかり再現されていた。
「……では、始めさせて頂きます」
ボイラーにお湯が入れられ、代表してハンス卿が太い蝋燭を持って燭台から貰い火をし、ボイラーの下へ置く。
暫く経って車輪の所をそっと動かすと、ピストン部分から湯気を漏らしながらクランク機構がカタカタと鳴って車輪が回り出した。
「おお……これが蒸気エンジンというものか!」
父サイモンが嬉しそうに声を上げる。他の面々もどよめいていた。
一方、獅子ノ庄の金属細工職人や猿ノ庄の鍛冶師達は安堵や達成した、とでもいうような表情を浮かべている。やつれている印象を受ける事から、きっと彼らは寝る間も惜しんで何度か試行錯誤して仕上げたのだろう。技術者の鑑だ。
「一先ず蒸気エンジン模型は大成功ね。これからは小型の蒸気機関車を作って走らせてみて、そこから巨大化させる方向で開発するといいわ。猿ノ庄に行った時の事なんだけど――」
「反射炉……それを使って作った鋳鉄で蒸気機関車を?」
「ええ、そうなの。優良な鋳鉄を製錬すれば実用に耐えうるわ」
「ふむ……」
「後、石炭も押さえた方がいいわね。鉄の生産能力を上げるのに必要だし、蒸気機関で需要が激増するから富を生む資源として黒いダイヤと呼ばれるようになるわよ。値段も高騰するでしょうね」
「ほう……石炭が産出する場所はどこにある?」
「ああ、近場ではダージリン領に炭鉱を見つけてあるわ――それなりの量はあるけど、需要が高まって来たら間に合わないかも。結構大規模なものは神聖アレマニア帝国にあるのよねぇ」
「ふむ……あの豪商の息子を使うか」
「それがいいわね。私も投資したいわ」
私もそれを考えていた。金太を巻き込んで炭鉱を確保する。
ヴァッガー家からの使いはもうそろそろ来ても良い頃なのだと思うが。
後で能力使って状況を確かめるとしよう。
「石炭は材木の乏しい地域で使われる程度だからな。交渉は有利に運べそうだ」
ニヤリとする父サイモン。
ああ、DSへの夢がどんどん広がって行く!
私の安穏で優雅なニート生活も実現に近付いた!
表情筋が緩みっぱなしである。笑いが止まらない。
外では雨が大降りになったらしく、激しい雨音。風が窓の隙間から入って来て、灯りの一部を吹き消した。
カカッと雷光が窓から差し込み、大きな雷鳴が轟く。
「楽しみね、父。うふふふふ……」
「本当にな、ふはーっはっはっは……!」
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