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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】
愛され山猫娘。
食堂がしん……と静まり返る。
そんな中、「サリーナ……報告とは?」と、迫力を込めた低い静かに問いかけるハンス卿。
サリーナがちらりと隣を見る。カールは微笑んで、小さく頷いた。
「お父様、実は……」
サリーナは蛇ノ庄で、カールに告白されて承諾したと話した。カールも続けて、グレイに立会人になって貰い、またサリーナの主である私にも報告した事、そして結婚の許しを得たいという旨を口にする。
「彼となら、マリー様とグレイ様に共にお仕えする仲ですし。何より蛇ノ庄の次期当主の座を蹴ってまでも私と共に居る事を選んでくれましたから……」
「まあまあ、素敵で喜ばしい事! 花嫁支度をしなくてはいけませんわね!」
頬を染めて少し恥ずかしそうに語るサリーナ。サリーナの母ジュリーヌ夫人一人が喜びの声を上げているが、それとは対照的にハンス卿の眉間には深い皺が寄っていた。近くに座っている従兄弟のオーギーも同様である。
「ほう……わざわざ名誉枢機卿猊下であらせられるグレイ様に立会人になって頂いて、な」
「あの……ハンス卿? お気を悪くされたのでしょうか」
顔を引き攣らせているグレイの言葉に、ハンス卿は怒りに満ちた笑顔を向けた。
「いいえ、グレイ様。そんな事は決してございませんとも。ただ、鶏蛇竜の小僧が我が愛娘の相手として相応しいのかどうかを父親としてその腕っぷしを見極めねばと思っているのですよ!」
「まあ、貴方。そんな事をせずとも……」
「そうですよ、父上。姉上の幸せを第一にお考えを!」
「サリーナの気持ちは既にカールにありますのに、ハンス卿。腕っぷしを見極める事に意味がありますの?」
ジュリーヌ夫人、クルト君と共に私も慌てて口添えをする。しかしハンス卿は「娘を守れるかどうかを見極めるのでございます」と譲らない。やすやすと娶らせるつもりは毛頭無いがな! と精神感応を使わずとも顔にでかでかと書いてあった。
「我ら獅子ノ庄の大事な大事な山猫娘を娶る以上は、多少の試練は覚悟して貰わねば。なあ、鶏蛇竜よ」
「勿論ですよー」
カールの飄々とした返事にハンス卿の眉間の皺が深くなる。
オーギーも、「この期に及んでそのような返答……ふざけているのか」と額に青筋を立てていた。
サリーナ、愛されているな。当人は珍しく戸惑いの表情を浮かべている。
私はどうしたものかと視線を動かし、ちらりと父サイモンを見た。
「ふむ……獅子ノ庄には練武場があったな。望むならば鶏蛇竜と獅子ノ庄の者達との試合を行い、花婿候補の見極めをするのが良いと思うがどうだ、ハンスよ。立会人ならば、この私が勤めよう」
……あかん。寧ろ面白そうな顔で逆に煽ってる。
というか、カールは大丈夫だろうか。表向き平気そうではあるんだけど。
グレイはハラハラとした様子で成り行きを見ている。
「殿、ありがたき幸せ! 食後の腹ごなしで一つ遊んでやろうぞ鶏蛇竜」
父サイモンに頭を垂れた後、ハンス卿はきっとカールを睨みつけた。
「お手柔らかにお願いしますー」とにこやかにしているカール。隣のサリーナはじっとカールを心配そうに見ている。
こうして、食事の後にサリーナの婚約を懸けた試合が行われる事が決定したのだった。
***
「あの……一つ宜しいかしら。蛇ノ庄での報告がまだあるのだけれど」
ピリピリとした空気に責任を感じた私は、勇気を出しておずおずと挙手。食堂中の視線が私一人に全集中である。頑張れ、私。
「何だ?」
深呼吸一つ。
「実は、疱瘡を防ぐ薬の事を託してきましたの。前蛇ノ庄当主のスヴェン卿がその薬の被験者に立候補して下さいましたわ」
「疱瘡を防ぐ!? それは真実か!」
私の報告に、父サイモンがガタリと音を立てて椅子から腰を浮かせる程驚愕している。その他の面々も同様だ。
うむ、ピリピリした空気が和らいで来たな。
私は『ワクチン』について説明を始めた。
「……という事で、まとめると人が罹っても大した問題はない牛馬の疱瘡をわざと人に罹らせる事で、人の疱瘡に罹った時に症状が出ないか軽く済むようになる仕組みなんですの。そしてそれは馬ノ庄の牛の疱瘡が適している事が分かっており――接種が進めば、疱瘡はほぼ事実上撲滅出来ると思いますわ」
「何と……それが本当であれば人類にとってどれほどの救いとなる事か」
「スヴェン卿や子供達に接種して問題ない場合、私達も可及的速やかに接種を受ける事を推奨します。というか、寧ろ私、真っ先に受けたいと思っておりますの」
ヨハンやシュテファンは既に接種されているようなものだから不要だけど、と言うと、サリーナが慌てて「マリー様、その前に私が受けますから!」声を上げた。
忠義者の彼女にありがとうと礼を言ってから、私は父に視線を向ける。
父サイモンは流石に慎重なようで、スヴェン卿の働きで安全性が確立され次第という条件で接種する事を約束してくれた。その為の計画も予算も人をやって詰めてくれるという。
先ずは一安心である。
そんな中、「サリーナ……報告とは?」と、迫力を込めた低い静かに問いかけるハンス卿。
サリーナがちらりと隣を見る。カールは微笑んで、小さく頷いた。
「お父様、実は……」
サリーナは蛇ノ庄で、カールに告白されて承諾したと話した。カールも続けて、グレイに立会人になって貰い、またサリーナの主である私にも報告した事、そして結婚の許しを得たいという旨を口にする。
「彼となら、マリー様とグレイ様に共にお仕えする仲ですし。何より蛇ノ庄の次期当主の座を蹴ってまでも私と共に居る事を選んでくれましたから……」
「まあまあ、素敵で喜ばしい事! 花嫁支度をしなくてはいけませんわね!」
頬を染めて少し恥ずかしそうに語るサリーナ。サリーナの母ジュリーヌ夫人一人が喜びの声を上げているが、それとは対照的にハンス卿の眉間には深い皺が寄っていた。近くに座っている従兄弟のオーギーも同様である。
「ほう……わざわざ名誉枢機卿猊下であらせられるグレイ様に立会人になって頂いて、な」
「あの……ハンス卿? お気を悪くされたのでしょうか」
顔を引き攣らせているグレイの言葉に、ハンス卿は怒りに満ちた笑顔を向けた。
「いいえ、グレイ様。そんな事は決してございませんとも。ただ、鶏蛇竜の小僧が我が愛娘の相手として相応しいのかどうかを父親としてその腕っぷしを見極めねばと思っているのですよ!」
「まあ、貴方。そんな事をせずとも……」
「そうですよ、父上。姉上の幸せを第一にお考えを!」
「サリーナの気持ちは既にカールにありますのに、ハンス卿。腕っぷしを見極める事に意味がありますの?」
ジュリーヌ夫人、クルト君と共に私も慌てて口添えをする。しかしハンス卿は「娘を守れるかどうかを見極めるのでございます」と譲らない。やすやすと娶らせるつもりは毛頭無いがな! と精神感応を使わずとも顔にでかでかと書いてあった。
「我ら獅子ノ庄の大事な大事な山猫娘を娶る以上は、多少の試練は覚悟して貰わねば。なあ、鶏蛇竜よ」
「勿論ですよー」
カールの飄々とした返事にハンス卿の眉間の皺が深くなる。
オーギーも、「この期に及んでそのような返答……ふざけているのか」と額に青筋を立てていた。
サリーナ、愛されているな。当人は珍しく戸惑いの表情を浮かべている。
私はどうしたものかと視線を動かし、ちらりと父サイモンを見た。
「ふむ……獅子ノ庄には練武場があったな。望むならば鶏蛇竜と獅子ノ庄の者達との試合を行い、花婿候補の見極めをするのが良いと思うがどうだ、ハンスよ。立会人ならば、この私が勤めよう」
……あかん。寧ろ面白そうな顔で逆に煽ってる。
というか、カールは大丈夫だろうか。表向き平気そうではあるんだけど。
グレイはハラハラとした様子で成り行きを見ている。
「殿、ありがたき幸せ! 食後の腹ごなしで一つ遊んでやろうぞ鶏蛇竜」
父サイモンに頭を垂れた後、ハンス卿はきっとカールを睨みつけた。
「お手柔らかにお願いしますー」とにこやかにしているカール。隣のサリーナはじっとカールを心配そうに見ている。
こうして、食事の後にサリーナの婚約を懸けた試合が行われる事が決定したのだった。
***
「あの……一つ宜しいかしら。蛇ノ庄での報告がまだあるのだけれど」
ピリピリとした空気に責任を感じた私は、勇気を出しておずおずと挙手。食堂中の視線が私一人に全集中である。頑張れ、私。
「何だ?」
深呼吸一つ。
「実は、疱瘡を防ぐ薬の事を託してきましたの。前蛇ノ庄当主のスヴェン卿がその薬の被験者に立候補して下さいましたわ」
「疱瘡を防ぐ!? それは真実か!」
私の報告に、父サイモンがガタリと音を立てて椅子から腰を浮かせる程驚愕している。その他の面々も同様だ。
うむ、ピリピリした空気が和らいで来たな。
私は『ワクチン』について説明を始めた。
「……という事で、まとめると人が罹っても大した問題はない牛馬の疱瘡をわざと人に罹らせる事で、人の疱瘡に罹った時に症状が出ないか軽く済むようになる仕組みなんですの。そしてそれは馬ノ庄の牛の疱瘡が適している事が分かっており――接種が進めば、疱瘡はほぼ事実上撲滅出来ると思いますわ」
「何と……それが本当であれば人類にとってどれほどの救いとなる事か」
「スヴェン卿や子供達に接種して問題ない場合、私達も可及的速やかに接種を受ける事を推奨します。というか、寧ろ私、真っ先に受けたいと思っておりますの」
ヨハンやシュテファンは既に接種されているようなものだから不要だけど、と言うと、サリーナが慌てて「マリー様、その前に私が受けますから!」声を上げた。
忠義者の彼女にありがとうと礼を言ってから、私は父に視線を向ける。
父サイモンは流石に慎重なようで、スヴェン卿の働きで安全性が確立され次第という条件で接種する事を約束してくれた。その為の計画も予算も人をやって詰めてくれるという。
先ずは一安心である。
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