392 / 758
うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】
猛牛の料理人。
「牛ノ庄、猛牛のウルリアン・ナグリ。お迎えに上がりました」
次の日の朝、迎えに来たのは牛ノ庄出身だという隠密騎士ウルリアン・ナグリ。
しかし夕べは夜遅くまで酒宴だったのだ。
獅子ノ庄の男達は悉く二日酔いに倒れていた。
父やハンス卿、アルトガルやエヴァン修道士は程々に呑んでいたようで平気そうである。私とグレイも然り。
ただ、カールはしこたま飲まされたようである。
ウルリアンには申し訳ないが、事情を話して皆が動けるようになるまで待ってもらう事に。
「何と、山猫娘が鶏蛇竜と!? そう言う事ならば仕方があるまい。おめでとう、二人共」
「ありがとうございますー。うぅ……流石にここまでお酒を呑んだのは初めてかなー」
「私の分まで呑まなくても良かったのに。ウルリアン、ありがとう。貴方も疲れているでしょうからゆっくりして行って頂戴」
「ああ、そうさせて貰おう」
時間が出来た私はグレイ、父サイモン、ハンス卿に職人達を巻き込んで、蒸気機関車と鉄道レール、反射炉の図面を描く事にした。
精神感応で元の図面を共有し、手分けして描いていくのである。流石人海戦術、午前中いっぱいで何とか仕上がった。
今後は獅子ノ庄でミニ蒸気機関車の開発が行われ、ダージリン領で猿ノ庄の鍛冶師や技術者の協力の下、大型反射炉が作られる事になるだろう。
獅子ノ庄を出立したのは昼過ぎだった。
次の牛ノ庄へは少し遠まわりに川沿いに下って迂回する形になる。
ちなみに城へ戻る父と途中までは一緒だ。
父達一行と別れる二つの川の合流地点での休憩時間。
私はヴァッガー家の動向を探るべく、精神統一をして透視能力を使った。
***
しまった。ヴァッガー家の当主の名が分からない。能力を切るのも面倒なので、一先ず城に何らかのコンタクトがあるのかどうかを探ってみる事に。
すると、
『……聖女様がいらっしゃらない!? では、せめてキャンディ伯爵閣下にはお目通り叶いましょうか』
丁度、訪問者の一団の姿を見た。
代表者して執事に問いかけているのはどことなく金太に似ているナイスミドルのおじ様である。更に精神感応を使うと、執事には偽名を名乗っていたが、ヴァッガー家当主――名はアントン――である事が分かった。息子を人質に取られている事に流石に焦って息子と同じように単身乗り込んで来たようだ。
執事が慇懃に礼を取る。
『申し訳ございません。旦那様は後数日程で戻られるはずでございます。聖女マリアージュ様は二週間程かかるかと』
『そんな……』
『旦那様にはヴァッガー家の方がいらしたら丁重にもてなすように仰せつかっております。当家にてどうかゆるりとお過ごし下さいませ』
『あの、坊ちゃまがこちらでお世話になっているとお聞きしましたが……会わせて頂けるのでしょうか?』
『ええ、勿論でございます。ただ、警備には重々気を付けておりますが、豪商ヴァッガー家のご子息でいらっしゃいますので、万が一があっては、と屋敷内でお過ごし頂いております』
執事の言葉の真意を悟ったのだろう、
『……いえ、無事で過ごしておるのならば良いのです。私めは城下に宿を取っておりますし、このような立派なお城は私には身分不相応にございますので、また後日出直そうかと……』
『いえいえ、そんな。既にディックゴルト様が滞在されていらっしゃるのです。ヴァッガー家からの使いの方であれば尚更、万が一があっては私が旦那様に叱られてしまいます』
言って、パンパンと手を叩く執事。
『お客様をご案内して差し上げて下さい』
侍女が待ち構えていたとばかりにわらわらと出て来て、ヴァッガー家当主一行を取り囲む。
隠密騎士達も遠巻きにして逃がさないように見張っていた。
アントン・ヴァッガーは観念したらしく、力無く礼を述べると連行されるように連れて行かれてしまったのだった。
***
「……という光景が見えたんだけど。父、私が戻るまで宜しくね」
「ふふふ、当主が自ら来たとは。任せておくが良い。では、ここでお別れだな。気を付けて行くが良い」
父サイモンと別れた後、私達は東へと流れる川を下り、一路牛ノ庄を目指した。
夜には蛍を楽しみつつ、牛ノ庄には獅子ノ庄から出発して三日目に辿り着く。
牛ノ庄は大きな湖の傍にある素朴な田舎町だった。ウルリアン曰く、文字通り牛を飼って暮らしているという。牛乳でチーズやヨーグルトを、牛肉で干し肉や腸詰を作ったりしているそうだ。その他、湖の水を頼りにした大規模の畑があったり。
そう言えば牛の糞はいい堆肥になる。その有効活用なのだろう。
馬の脚共によれば、馬ノ庄で飼っている牛も元を辿れば牛ノ庄から融通して貰ったものだという。
晩餐では牛肉ステーキ、牛乳で作られたチーズ、ヨーグルトが出た。何故か料理を運んで来たのは侍女ではなくウルリアンである。
牛肉ステーキの焼き加減が絶妙で滅茶苦茶美味しかったので褒めると、牛ノ庄当主ウルリッヒ・ナグリ卿が嬉しそうにステーキの焼き方には一家言あるのです、と言う。
そこへ「お気に召したのなら、」とウルリアンがダージリン伯爵家の料理人に立候補してきた。彼は庭師が肌に合わないそうで、料理好きらしい。
私が齎したレシピに感動していたそうで、出来る事なら料理人になりたいそうだ。
「実はこのステーキもウルリアンが焼いたのです」とウルリッヒ卿も推薦したので、その場で採用が決定。
新たな牛肉料理があるかと訊かれたので、しばし思案する。
そう言えばこの世界には薄切り肉がない。牛肉の薄切り肉があればすき焼きが出来る。
薄切り肉は、肉を凍らせてスライサーで削り取るやり方で出来る。
考え始めるとどうしてもすき焼きが食べたくなったので、レシピと共に伝えると、冬に作らせてみましょうと言ってくれた。寒く晴れた冬の日を選んで凍らせた薄切り牛肉を王都の屋敷にも早馬で送ってくれるそうだ。
ふと思いついて、牛タンは食べないのかと訊くと、何故か言葉を濁された。グレイがそれは貧しい人が食べる安い肉だよと教えてくれる。
シチューとかにすると美味しいのに、と言うと次の日に作って貰えた。我儘を聞いてくれて感謝である。
次の日の朝、迎えに来たのは牛ノ庄出身だという隠密騎士ウルリアン・ナグリ。
しかし夕べは夜遅くまで酒宴だったのだ。
獅子ノ庄の男達は悉く二日酔いに倒れていた。
父やハンス卿、アルトガルやエヴァン修道士は程々に呑んでいたようで平気そうである。私とグレイも然り。
ただ、カールはしこたま飲まされたようである。
ウルリアンには申し訳ないが、事情を話して皆が動けるようになるまで待ってもらう事に。
「何と、山猫娘が鶏蛇竜と!? そう言う事ならば仕方があるまい。おめでとう、二人共」
「ありがとうございますー。うぅ……流石にここまでお酒を呑んだのは初めてかなー」
「私の分まで呑まなくても良かったのに。ウルリアン、ありがとう。貴方も疲れているでしょうからゆっくりして行って頂戴」
「ああ、そうさせて貰おう」
時間が出来た私はグレイ、父サイモン、ハンス卿に職人達を巻き込んで、蒸気機関車と鉄道レール、反射炉の図面を描く事にした。
精神感応で元の図面を共有し、手分けして描いていくのである。流石人海戦術、午前中いっぱいで何とか仕上がった。
今後は獅子ノ庄でミニ蒸気機関車の開発が行われ、ダージリン領で猿ノ庄の鍛冶師や技術者の協力の下、大型反射炉が作られる事になるだろう。
獅子ノ庄を出立したのは昼過ぎだった。
次の牛ノ庄へは少し遠まわりに川沿いに下って迂回する形になる。
ちなみに城へ戻る父と途中までは一緒だ。
父達一行と別れる二つの川の合流地点での休憩時間。
私はヴァッガー家の動向を探るべく、精神統一をして透視能力を使った。
***
しまった。ヴァッガー家の当主の名が分からない。能力を切るのも面倒なので、一先ず城に何らかのコンタクトがあるのかどうかを探ってみる事に。
すると、
『……聖女様がいらっしゃらない!? では、せめてキャンディ伯爵閣下にはお目通り叶いましょうか』
丁度、訪問者の一団の姿を見た。
代表者して執事に問いかけているのはどことなく金太に似ているナイスミドルのおじ様である。更に精神感応を使うと、執事には偽名を名乗っていたが、ヴァッガー家当主――名はアントン――である事が分かった。息子を人質に取られている事に流石に焦って息子と同じように単身乗り込んで来たようだ。
執事が慇懃に礼を取る。
『申し訳ございません。旦那様は後数日程で戻られるはずでございます。聖女マリアージュ様は二週間程かかるかと』
『そんな……』
『旦那様にはヴァッガー家の方がいらしたら丁重にもてなすように仰せつかっております。当家にてどうかゆるりとお過ごし下さいませ』
『あの、坊ちゃまがこちらでお世話になっているとお聞きしましたが……会わせて頂けるのでしょうか?』
『ええ、勿論でございます。ただ、警備には重々気を付けておりますが、豪商ヴァッガー家のご子息でいらっしゃいますので、万が一があっては、と屋敷内でお過ごし頂いております』
執事の言葉の真意を悟ったのだろう、
『……いえ、無事で過ごしておるのならば良いのです。私めは城下に宿を取っておりますし、このような立派なお城は私には身分不相応にございますので、また後日出直そうかと……』
『いえいえ、そんな。既にディックゴルト様が滞在されていらっしゃるのです。ヴァッガー家からの使いの方であれば尚更、万が一があっては私が旦那様に叱られてしまいます』
言って、パンパンと手を叩く執事。
『お客様をご案内して差し上げて下さい』
侍女が待ち構えていたとばかりにわらわらと出て来て、ヴァッガー家当主一行を取り囲む。
隠密騎士達も遠巻きにして逃がさないように見張っていた。
アントン・ヴァッガーは観念したらしく、力無く礼を述べると連行されるように連れて行かれてしまったのだった。
***
「……という光景が見えたんだけど。父、私が戻るまで宜しくね」
「ふふふ、当主が自ら来たとは。任せておくが良い。では、ここでお別れだな。気を付けて行くが良い」
父サイモンと別れた後、私達は東へと流れる川を下り、一路牛ノ庄を目指した。
夜には蛍を楽しみつつ、牛ノ庄には獅子ノ庄から出発して三日目に辿り着く。
牛ノ庄は大きな湖の傍にある素朴な田舎町だった。ウルリアン曰く、文字通り牛を飼って暮らしているという。牛乳でチーズやヨーグルトを、牛肉で干し肉や腸詰を作ったりしているそうだ。その他、湖の水を頼りにした大規模の畑があったり。
そう言えば牛の糞はいい堆肥になる。その有効活用なのだろう。
馬の脚共によれば、馬ノ庄で飼っている牛も元を辿れば牛ノ庄から融通して貰ったものだという。
晩餐では牛肉ステーキ、牛乳で作られたチーズ、ヨーグルトが出た。何故か料理を運んで来たのは侍女ではなくウルリアンである。
牛肉ステーキの焼き加減が絶妙で滅茶苦茶美味しかったので褒めると、牛ノ庄当主ウルリッヒ・ナグリ卿が嬉しそうにステーキの焼き方には一家言あるのです、と言う。
そこへ「お気に召したのなら、」とウルリアンがダージリン伯爵家の料理人に立候補してきた。彼は庭師が肌に合わないそうで、料理好きらしい。
私が齎したレシピに感動していたそうで、出来る事なら料理人になりたいそうだ。
「実はこのステーキもウルリアンが焼いたのです」とウルリッヒ卿も推薦したので、その場で採用が決定。
新たな牛肉料理があるかと訊かれたので、しばし思案する。
そう言えばこの世界には薄切り肉がない。牛肉の薄切り肉があればすき焼きが出来る。
薄切り肉は、肉を凍らせてスライサーで削り取るやり方で出来る。
考え始めるとどうしてもすき焼きが食べたくなったので、レシピと共に伝えると、冬に作らせてみましょうと言ってくれた。寒く晴れた冬の日を選んで凍らせた薄切り牛肉を王都の屋敷にも早馬で送ってくれるそうだ。
ふと思いついて、牛タンは食べないのかと訊くと、何故か言葉を濁された。グレイがそれは貧しい人が食べる安い肉だよと教えてくれる。
シチューとかにすると美味しいのに、と言うと次の日に作って貰えた。我儘を聞いてくれて感謝である。
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。
しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。
転生皇女セラフィナ
秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。
目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。
赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。
皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。
前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。
しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。
一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。
「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」
そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。
言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。
それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。
転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。
※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。