貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

神の刻印。

 「お初にお目にかかります、グレイ・ダージリン名誉枢機卿猊下、聖女様。私は神聖アレマニア帝国のヴァッガー家にお仕えするオットーと申す者でございます。当家の坊ちゃんが大変お世話になっておりまして……」

 呼ばれた先にグレイと向かう。アントン・ヴァッガーはこちらの姿を見るなり椅子から立ち上がると、緊張した面持ちで慇懃に礼を取って挨拶をしてきた。金太もそれに倣う。
 父サイモンはと言えば、ゆったりとソファーに座って面白そうに眺めている。私はお座りください、とにこやかに微笑んだ。

 「グレイ・ダージリンです。こちらこそ初めまして。私もキーマン商会で商売をする身ですので、よろしくお願いします」

 「グレイの言う通りですわ。ご丁寧にありがとうございます、こちらこそ初めましてアントン・ヴァッガーさん。私はマリアージュ・ダージリン。お楽になさってね、わざわざ偽名を名乗られずとも宜しいですわ」

 「手紙にも書いたし、言っただろう親父。聖女マリアージュ様は本物だ。太陽神の娘の前では嘘偽りは無駄だって……」

 初っ端にかましたジャブ。
 アントン・ヴァッガーは私の顔を呆けた顔で見詰めた後、金太の言葉に我に返るなり慌てて這いつくばった。文字通り土下座である。

 「せっ、聖女様方に対し、姑息にも、小賢しくも、大変な失礼を致しました! 私の本当の名は仰る通りアントン・ヴァッガー、このディックゴルトの父親にございます。卑賎の身ながらお目通り叶いまして身に余る光栄に存じまする!」

 床に額を擦りつけんばかりである。よく見ると手がブルブル震えていた。
 そこまで怯えているのは――最初から偽名がバレていた事で親子共々身の安全が保障されなくなったと考えているのだろう。
 アントンに頭を押さえられる形で土下座の巻き添え食らっている金太が「違う、レーツェル!」と平常運転な抗議の声を上げている。

 精神感応をアントンに使うと、内心信じていなかったのが本物だと確定した事で、神罰が下るのではないかと怯えまくっていた。しかも他国の貴族家の城で身バレした上孤立無援。
 加えてアントンの中で聖女は神聖アレマニア帝国皇帝と同じくらい偉い位置付けだったので無理もない。
 アントンの記憶の中のアレマニア皇帝は息子と同じく厳しく苛烈な人物のようである。

 「どうか、どうか! 不遜にも名を偽っていた責めは私一人に! ディックゴルトの、倅の命だけはお助けを……!」

 身分を偽っていた事で無礼打ちされても文句は言えない状況。文字通り詰みだ。
 死さえ覚悟し始めたアントン。私は場の空気を和らげるべくクスクスと笑う。

 「まあまあ、お気になさらず。レーツェルさんも最初は偽名でしたし、それぐらいの事で責めたりはしませんわ。アントンさんとは一度良くお話してみたいと思っておりましたの」

 「娘の言う通りだ。座るが良い」

 父サイモンも助け舟を出し、何とか二人を席に着かせる。サリーナとナーテによって流れるように紅茶とお菓子が給仕された。
 神妙な顔で並ぶ父と息子。私とグレイもゆったりとソファーに腰を下ろした。


***


 「さて……」

 アレマニア帝国の方々は回りくどい言い方を好まれないようですし、と私は単刀直入に話す事にした。

 「先ず、不寛容派が取り仕切っている、『太陽神の恩赦状』。あれは良くありませんわ。
 太陽神を冒涜する『悪銭』というやつですわね。しかし止めさせれば長きに渡り結託して来たヴァッガー家は貸した金の回収の当てが潰れて大損」

 精神感応で読み取ったのだが、そもそも皇帝選挙や大司教に貸した莫大な金の回収装置としてヴァッガー家が入れ知恵をした立場であった模様。

 「口では神を讃えながら神に成り代わり、罪を許すなど。薄汚い欲望に汚れた人間達のその不遜、その傲慢――太陽神はお怒りですわ。悔い改め、償って貰わねば不寛容派に未来はないでしょう」

 虚仮脅しだが、精神感応能力で隕石衝突のCG映像を見せつつ『太陽神の恩赦状』にダメ出しをすると、アントンの顔が強張って真っ青になる。

 『目の前の聖女様はディッキーの言う通り本物に違いない。神は存在しえないと思っていたが、確かに存在していたのだ! 何としてでも許しを乞わねば、神聖アレマニア帝国は先程の幻影の如く天の火によって滅んでしまう!』

 伝わって来る切羽詰まったアントンの心中。私はパラリと扇を広げた。

 「さて、どうしたものでしょう?」

 「聖女様! 許されるならば幾らでも金を差し出します。ヴァッガー家の身代の半分、いや全てを差し出しても――」

 「私に財を差し出して何の意味があるのです? 償いは私ではなく貴方自身がしなければなりませんわ」

 「償い……私は一体何をすれば」

 「ただでさえ金持ちというのは人に恨まれやすい。ヴァッガー家は人々の恨みを買い過ぎたのです。だからこそ、金持ち程慈善事業を行い、社会貢献をする事が大事なのですわ。
 そこで提案ですが、アントンさん。償いとして神の御心に叶う人々の為の慈善事業をしてみませんこと?」

 その条件ならば、ヴァッガー家に『悪銭』によらぬ、神の御心に叶った利益を与える事もやぶさかではありませんわ。
 そう言うと、恐る恐る顔を上げるアントン。

 「慈善事業……と申されますと?」

 「今年の冬、疱瘡の災いがやってきます。本来ならば教会主導で、と行きたいところですが、神聖アレマニア帝国は不寛容派が強く、寛容派の手だけでは足りない可能性がありますわ。
 人々を救う為、寛容派を助け、『神の刻印』を人々に刻む手伝って頂きたいんですの」

 「神の、刻印……?」

 「ええ。その刻印を刻まれた者は疱瘡の病に罹り難くなります。また、罹ったとしても軽く済むのです」

 人々の命を救う事で贖罪となりましょう、とじっと見つめると、アントンは深々と頭を垂れた。

 「是非やらせて下さい! 不寛容派とは金輪際手を切ります!」
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