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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】
ダージリン伯爵領へ!
それから、アントン達と今後の事を話し合った結果――
皇帝選挙の事はさておき、寛容派に味方すること。
神聖アレマニア帝国内で種痘を広める協力をすること。
大陸銀の脅威の事で手を組むこと。
神聖アレマニア帝国内の炭鉱と鉄鉱を確保して、石炭と鉄をこちらへ売ること。
聖女に従うならば、ヴァッガー家の栄光が約束されること。
以上の事を納得・承諾して貰った。
ちなみに牢獄に放り込んでおいた男達は釈放の上、アントンに連れて帰って貰う事に。
「裏切る事無く、忠実であれば太陽神は貴方がたを顧み、救いを与えて下さるでしょう」
私の締めの言葉に、アントンは内心ちらりと
『忠実であれば救いが与えられる。しかし……もし、途中で裏切ったらどうなるのか』
と考えていた。神の怒りに怯えながらも状況がどう転ぶか分からない以上は想定はするのだろう。
私は扇を動かし、サリーナに精神感応で窓を開けるように指示した。
窓が開けられると、私は烏達を呼ぶ。
すぐに飛んできて私の腕に止まる烏のリーダー。外の木々には他の烏達が集まり、しわがれた鳴き声を上げていた。
「烏……?」
「アントンさん、太陽神は常に見ておられますわ。この意味はお分かりですわね」
『もし裏切れば、相応の報いを受けて頂く事になりますわ。アブラーモ大司教のように、神の怒りの炎に全てを焼かれるかも知れませんわね』
精神感応でも語り掛けると、アントンは青褪めて飛び上がった。
「! ――私めは決して、決して裏切りませぬ!」
私に向かって跪き、祈りを捧げ始める。
二心を抱くリスクを嫌というほど理解して貰えたようだ。
「ふふふ、そうでしょうとも。期待しておりますわ」
裏切りを考えることすらしないように――芽は僅かなものでも摘みきってしまわねば。
「倅や、お前はこの国に残り、父に代わって心を込めて聖女様にお仕えするのだ。出家して修道士になっても構わない。ヴァッガー家と聖女様の繋ぎとしての仕事に励むようにな」
「親父……」
アントン・ヴァッガーは、裏切らぬ証として金太を人質に置いていくらしい。金太は『がーん!』と効果音が聞こえそうな絶望の表情を浮かべたものの、最後には承諾した。
ふむ……
私は思いついた事を実行する事にした。
何時までもレーツェル呼びだと違和感があるのである。
「うふふ、レーツェルさん。修道士にはならずとも、私に仕えるという事で心機一転、貴方には新たな名を与えましょう。そう、今日よりこう名乗りなさい――『キンター』と」
そう、私は内心の呼び名と現実のそれを一致させる事にしたのである。
洗礼名的な感じで名を与えればタイミング的に違和感は無いだろう。
私の一方的な名付けに、金太は怪訝そうにこちらを振り返った。
「キンター……それはいかなる意味でしょうか?」
「貴方の元の名を神の国の言葉に直すとそうなるのです。貴方のお父様であるアントンさんが折角付けて下さった、大事な大事な名前だと思いましたから。不満でしたか?」
心配そうな顔で小首を傾げると、金太は目を輝かせた。
「いえっ、素晴らしくカッコいい響きの名前です! 要は意味を知られさえしなければ良いのですから! 私は今日より『キンター』と名乗りましょう!」
父親として自分が付けた名前を否定されて来た事に心を痛めていたのだろう、アントンが涙ぐみ始める。
「おお……聖女様は何と慈悲深い。良い名前をありがとうございます!」
……そこまで感動されるとは思ってなかったので若干良心が痛まなくもないが、喜んで貰えて何よりである。
次の日、アントンは釈放された男達を引き連れ、使命を帯びたような表情でアレマニア帝国へと戻って行った。
さて、私達もダージリン伯爵領へと向かう準備をせねばなるまい。
***
『ダージリン伯爵領は現在、収城使であるギャヴィン・ウエッジウッド子爵が代理統治に当たっておられます。
元の統治者である貴族達は改易の上小領へ寄子貴族を引き連れて出て行きましたが、それに従わぬ者や雇いきれぬ者――領地の騎士爵以下軍属の者はそのままグレイ閣下への士官を希望とのこと。
他、同じく解雇となった使用人もそのまま働きたいとの事で、ウエッジウッド卿の采配により城の維持に臨時で雇用されております。
ウエッジウッド卿はよく治めておられるようですが、残念ながら領政官が横領を。ウエッジウッド卿も薄々は疑っているようですが、確たる証拠を掴めておらぬご様子。
その証拠となる裏帳簿の在処は既にこちらで探り出しております。その罪は別の者に着せて追い出したようですな。冤罪を着せられた者はこちらの手の者が匿っており、人質となっているその者の家族の居場所も判明しておりまする。
また、領政官の手の者がこそこそと調度品を売り払っており、その行方も既に把握、泳がせております。
それから、グレイ猊下にお仕えしたいという者達の中で、他国や他の貴族の息が掛かっていると思われる人物も粗方洗い出しておきました』
その名簿と詳しい報告書をお納めください、と紙束をグレイに差し出すアルトガル。
父サイモンも横から内容を見て、感心したような声を上げている。
ヘルヴェティアの傭兵は非常に優秀なようだ。
「まあ、アルトガル。そこまで調べてくれていたら十分ですわ」
というか、そうしたよからぬ人間は精神感応を使って一次審査で落とすつもりである。
出来れば隠密騎士やヘルヴェティアの傭兵達で身辺は固めたい。
アルトガルの報告後、私達は数日かけて準備を整えていった。
余談だがその間――蛇ノ庄と獅子ノ庄との間で結納が交わされたり、グレイが人材募集をかける使いを出したり、サングマ教皇やスヴェン卿に天然痘の事で連絡を取ったりと色々充実した日々を過ごす。
ダージリン領行きメンバーは家族では祖父母以外。祖父母はこのまま領地に残って領政に携わる事になる。
その他は、賢者イドゥリースにスレイマン、ヴェスカル、金太、修道士達といった顔ぶれと、選抜された騎士団、私達に仕えてくれる事になった隠密騎士達や侍女達。
彼ら全員を引き連れ、私達一行は意気揚々とダージリン領へと向かう。
全ては順調だと思っていた。
「申し訳ございません、我が主の力及ばず――神聖アレマニア帝国、アーダム第一皇子がこちらへ向かっているとの知らせが入っております」
対面したギャヴィン・ウエッジウッド子爵が曇った表情で頭を垂れるまでは。
皇帝選挙の事はさておき、寛容派に味方すること。
神聖アレマニア帝国内で種痘を広める協力をすること。
大陸銀の脅威の事で手を組むこと。
神聖アレマニア帝国内の炭鉱と鉄鉱を確保して、石炭と鉄をこちらへ売ること。
聖女に従うならば、ヴァッガー家の栄光が約束されること。
以上の事を納得・承諾して貰った。
ちなみに牢獄に放り込んでおいた男達は釈放の上、アントンに連れて帰って貰う事に。
「裏切る事無く、忠実であれば太陽神は貴方がたを顧み、救いを与えて下さるでしょう」
私の締めの言葉に、アントンは内心ちらりと
『忠実であれば救いが与えられる。しかし……もし、途中で裏切ったらどうなるのか』
と考えていた。神の怒りに怯えながらも状況がどう転ぶか分からない以上は想定はするのだろう。
私は扇を動かし、サリーナに精神感応で窓を開けるように指示した。
窓が開けられると、私は烏達を呼ぶ。
すぐに飛んできて私の腕に止まる烏のリーダー。外の木々には他の烏達が集まり、しわがれた鳴き声を上げていた。
「烏……?」
「アントンさん、太陽神は常に見ておられますわ。この意味はお分かりですわね」
『もし裏切れば、相応の報いを受けて頂く事になりますわ。アブラーモ大司教のように、神の怒りの炎に全てを焼かれるかも知れませんわね』
精神感応でも語り掛けると、アントンは青褪めて飛び上がった。
「! ――私めは決して、決して裏切りませぬ!」
私に向かって跪き、祈りを捧げ始める。
二心を抱くリスクを嫌というほど理解して貰えたようだ。
「ふふふ、そうでしょうとも。期待しておりますわ」
裏切りを考えることすらしないように――芽は僅かなものでも摘みきってしまわねば。
「倅や、お前はこの国に残り、父に代わって心を込めて聖女様にお仕えするのだ。出家して修道士になっても構わない。ヴァッガー家と聖女様の繋ぎとしての仕事に励むようにな」
「親父……」
アントン・ヴァッガーは、裏切らぬ証として金太を人質に置いていくらしい。金太は『がーん!』と効果音が聞こえそうな絶望の表情を浮かべたものの、最後には承諾した。
ふむ……
私は思いついた事を実行する事にした。
何時までもレーツェル呼びだと違和感があるのである。
「うふふ、レーツェルさん。修道士にはならずとも、私に仕えるという事で心機一転、貴方には新たな名を与えましょう。そう、今日よりこう名乗りなさい――『キンター』と」
そう、私は内心の呼び名と現実のそれを一致させる事にしたのである。
洗礼名的な感じで名を与えればタイミング的に違和感は無いだろう。
私の一方的な名付けに、金太は怪訝そうにこちらを振り返った。
「キンター……それはいかなる意味でしょうか?」
「貴方の元の名を神の国の言葉に直すとそうなるのです。貴方のお父様であるアントンさんが折角付けて下さった、大事な大事な名前だと思いましたから。不満でしたか?」
心配そうな顔で小首を傾げると、金太は目を輝かせた。
「いえっ、素晴らしくカッコいい響きの名前です! 要は意味を知られさえしなければ良いのですから! 私は今日より『キンター』と名乗りましょう!」
父親として自分が付けた名前を否定されて来た事に心を痛めていたのだろう、アントンが涙ぐみ始める。
「おお……聖女様は何と慈悲深い。良い名前をありがとうございます!」
……そこまで感動されるとは思ってなかったので若干良心が痛まなくもないが、喜んで貰えて何よりである。
次の日、アントンは釈放された男達を引き連れ、使命を帯びたような表情でアレマニア帝国へと戻って行った。
さて、私達もダージリン伯爵領へと向かう準備をせねばなるまい。
***
『ダージリン伯爵領は現在、収城使であるギャヴィン・ウエッジウッド子爵が代理統治に当たっておられます。
元の統治者である貴族達は改易の上小領へ寄子貴族を引き連れて出て行きましたが、それに従わぬ者や雇いきれぬ者――領地の騎士爵以下軍属の者はそのままグレイ閣下への士官を希望とのこと。
他、同じく解雇となった使用人もそのまま働きたいとの事で、ウエッジウッド卿の采配により城の維持に臨時で雇用されております。
ウエッジウッド卿はよく治めておられるようですが、残念ながら領政官が横領を。ウエッジウッド卿も薄々は疑っているようですが、確たる証拠を掴めておらぬご様子。
その証拠となる裏帳簿の在処は既にこちらで探り出しております。その罪は別の者に着せて追い出したようですな。冤罪を着せられた者はこちらの手の者が匿っており、人質となっているその者の家族の居場所も判明しておりまする。
また、領政官の手の者がこそこそと調度品を売り払っており、その行方も既に把握、泳がせております。
それから、グレイ猊下にお仕えしたいという者達の中で、他国や他の貴族の息が掛かっていると思われる人物も粗方洗い出しておきました』
その名簿と詳しい報告書をお納めください、と紙束をグレイに差し出すアルトガル。
父サイモンも横から内容を見て、感心したような声を上げている。
ヘルヴェティアの傭兵は非常に優秀なようだ。
「まあ、アルトガル。そこまで調べてくれていたら十分ですわ」
というか、そうしたよからぬ人間は精神感応を使って一次審査で落とすつもりである。
出来れば隠密騎士やヘルヴェティアの傭兵達で身辺は固めたい。
アルトガルの報告後、私達は数日かけて準備を整えていった。
余談だがその間――蛇ノ庄と獅子ノ庄との間で結納が交わされたり、グレイが人材募集をかける使いを出したり、サングマ教皇やスヴェン卿に天然痘の事で連絡を取ったりと色々充実した日々を過ごす。
ダージリン領行きメンバーは家族では祖父母以外。祖父母はこのまま領地に残って領政に携わる事になる。
その他は、賢者イドゥリースにスレイマン、ヴェスカル、金太、修道士達といった顔ぶれと、選抜された騎士団、私達に仕えてくれる事になった隠密騎士達や侍女達。
彼ら全員を引き連れ、私達一行は意気揚々とダージリン領へと向かう。
全ては順調だと思っていた。
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