貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

『How do you do?』は実は死語だったり。

 悲鳴を上げながら、慌てて床に転げまわり消火を試みるダンカン。

 「おお、これが話に聞いていた神の怒りか!」

 アーダム皇子はそこで初めて、どこか嬉しそうな声を上げた。聖女が不思議な力を持っているという事実が知られてしまったのだ。

 ――しまった、興味を引いてしまった。逆効果だったか。

 後悔するも時すでに遅し。
 私の怒りの精神感応の影響を受けたマイティ―や烏達が、ギャアギャアと不吉な鳴き声を上げながら騒ぎ始めていた。

 「『鳥達が――先程の火、まさか聖女が』」

 「『どこにも火の気は無かったよな……確か、アブラーモ猊下も突如服が燃え上がったと』」

 アーダム皇子に随従して来た男達がアレマニア語で畏怖の声を上げている。
 漸く鎮火したダンカンは呻きながら立ち上がった。

 「うぅ……はぁはぁ。『魔女――殿下、その女は魔女です! 求婚などもっての外、今すぐ祖国にお戻りを!』」

 精神的な余裕を失っているのだろう、アレマニア語でアーダム皇子に捲し立てている。
 デブランツ大司教も動揺を隠せないまま、内心神の怒りへの恐れを誤魔化すようにダンカンの言葉に縋っていた。

 「『ダンカン殿の申す通り! 我が兄アブラーモもこのように忌まわしい悪魔の力で陥れられたに相違ありませんぞ』」

 「まあ、うふふ……ねぇ、みんな。私、魔女なんですってよ?」

 兎に角こいつらを城へ泊らせたくはない。追い出すべく、魔女呼ばわりを咎める流れに持って行く。
 私の言葉に、謁見の間のアレマニア人以外の視線全てが剣呑なものになり、彼らに突き刺さった。
 それまで成り行きを見ていたアルバート王子が冷ややかに微笑む。

 「これはこれは。我が国の聖女様が魔女などと……神聖アレマニア帝国は我が国に宣戦布告なさりに来たのでしょうか?」

 「……我が愛娘を魔女呼ばわりとは」

 父サイモンの温度の無い声。
 馬の脚共も私の前へ出て来て武器に手を当てた。何時でも刃を抜けるようにしている。

 「言うに事欠いて、聖女様に向かって――この上ない侮辱、断じて許せぬ!」

 「神聖アレマニア帝国は聖女様の敵となったと受け取った。その命、ここで落としても構わぬという事であろうな!」

 前脚ヨハン後ろ脚シュテファンの気迫に、ダンカンとデブランツ大司教は顔を歪めた。
 随従してきた男達が慌ててアーダム皇子達三人を囲むも、この部屋に入る前に武器は全て没収されている。彼らには肉壁となる以外どうしようも出来ない。

 「くっ……殿下には咎は無い! 取るのならばこのダンカンの首を!」

 「ひ、ひぃ! 私を殺せば不寛容派が黙ってはおらぬぞ!」

 悔し気に、しかし潔く首を差し出す覚悟をするダンカン。対照的にデブランツ大司教はへっぴり腰になり、怯えた顔で命を惜しんでいる。
 彼ら二人を庇うように、アーダム皇子が男達を掻き分けて前へと進み出た。

 「待たれよ、聖騎士殿。この者達の非礼、私が代わってお詫びする。この通りだ。この者達には良く言い聞かせておく。聖女よ、どうか怒りを鎮めては頂けないか」

 堂々とした振舞いで罪人のように両膝で跪いて、頭を垂れるアーダム皇子。
 ダンカンが驚愕の表情を浮かべた。

 「殿下、私の為にそのような――」

 「……あら、そのお言葉にいかほどの価値と信頼性があるのかしらぁ~?」

 私は内心舌打ちをした。
 折角良い流れになっていたのに……こう頭を下げられてはやりにくいな。
 逆に許さない訳にはいかなくなる。ここで始末すれば丸腰の相手に、とこちらが非難されるだろう。
 聖女への不信感を生んでしまう事になる。
 ダンカンやデブランツ大司教のように振舞ってくれれば楽だったのに。

 「……返す言葉もないな。この通りだ」

 さて、どう返すべきか……と悩んでいるその時だった。
 開け放たれていた謁見の間の扉の外から、「……お待ち下さい、今謁見の間では客人が!」等と慌てた声が響いて来る。
 複数人の足音が近付いてくると、扉の外に人影の一団が現れた。
 私は咄嗟に精神感応をそちらへ向ける。

 「『ふん、我が弟はここか!』」

 先頭に立つ異国の言葉で言い放った男は、かつてイドゥリースが着ていたアヤスラニ帝国の礼服のような豪華な衣装を身に纏っていた。
 その姿を見たイドゥリースは音を立てて椅子から立ち上がる。

 「『あ、兄上っ!? 何故ここに……』」

 「『おお、イドゥリース! 我が弟よ、久しいな。お前が賢者になったと聞いて、父皇は仰天していたぞ!』」

 男はイドゥリースの姿を認めると、喜色を浮かべて大げさな仕草で両手を広げた。

 「あ、兄だって!?」

 背後から上がるグレイの驚きの声。
 イドゥリースの兄だという男の横に、すっと中年の男が立った。

 「皆皆様、主が無礼をお許したもれ。こなたにおはしますはアヤスラニ帝国皇太子オスマン殿下にあらしゃいまする」

 恐らく通訳なのだろうが……言ってることは分からないでもないが、分かりにくい。
 うん、アヤスラニ帝国内のトラス王国語教本が恐ろしく古い事だけは分かった。
 視界の端では、スレイマンが頭痛を堪えるようにこめかみを押さえている。
 というか、

 「皇太子ですって!?」

 思わず声を上げた私。イドゥリースの兄はそこで初めてこちらを見た。
 イドゥリースとは違い、白い肌に黒い髪と瞳をしている。異国情緒的エキゾチックな美形である。
 見つめられて思わず心臓がときめく私。
 しかし、次の瞬間――

 「おお、聖女殿とお見受け致すでおじゃる。麿が名はオスマン。スルタン・イブラヒームリ・オスマン・シェフザーデ。よろしゅうお願い致すでおじゃる」

 ときめきも何もかも、一瞬にして全てが吹っ飛んだ。
 どうしよう、キャラが強烈過ぎるんだけど。
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