貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

某青狸ロボットは……まさか!?

 「『聖女様は月女神信仰についていかがお考えか』」

 私は大導師フゼイフェから面会を求められ、城のサロン室に居た。
 厳選した上で同席しているのはグレイ、馬の脚共、中脚、サリーナ、エヴァン修道士、賢者イドゥリース、スレイマン、フゼイフェのお付きの導師数人(※あの場には居なかったが連れて来ていたらしい)である。
 ちなみに父サイモンはギャヴィンのところだ。オス麿、外交官ブダック、修道士イエイツとメイソンは場を乱し引っ掻き回しそうだったから敢えて外している。

 訊かれたのは私の宗教観について。というのも、フゼイフェとしては私がこちらの宗教で聖女認定を受けた身である事が不安だったらしい。
 私は現教皇の寛容派であるというスタンス、そして毛色の違う馬や大樹のたとえを話して神は人を分け隔てしないし、異なる教えや神々でも元々は一つの幹や根に繋がっているものだという事を精神感応を交えて話した。
 初代賢者はその当時の教会に利用されそうだったから逃れたのだという事も。

 「太陽神の教えも、月女神の教えも、その他の神々の教えも――互いに優劣を決めたり争いあったりするような性質のものではありません。
 寒い時には火を、暑い時には水を求めるように、気候風土によって人々の求めに応じて与えられる知恵と恵みが変わるだけですわ」

 しかしそれも絶対ではない。
 時代や環境が変われば人々の意識は変化する。その意味で宗教は生き物だ。時代や状況に応じて聖典の解釈も変わるだろう。

 「教えとは、常に普遍・普通を求めるもの。遍く行き渡り、全てに共通して存在すること――普遍・普通程、神の性質に近づくのです」

 普通である事万歳。
 そして、古代の普通が現代の普通と全く同じではないように、教えが万年不変で絶対のものという訳でもないという事を伝えた。
 だからこそ、我が宗教・教えこそが正義だと振りかざしたり押し付けたりしてはいけない、と。神道のように、敢えて事挙げせぬ教えもあるのだ。
 信仰は、我こそが神に忠実な模範教徒でございとこれ見よがしに人前で祈ってみせたりするものでも、誰かに証明してみせるものでもない。あくまでも各々の内面の問題である。
 聖職者は求め来た者に寄り添い、分け隔てなく教えを与え、悩みへの救済・答えを得られる助力をするのみ。
 それを伝えると、大導師フゼイフェは安堵したのか大きく息を吐いた。

 「『それをお聞きして安心致しました……。この世に絶対不変のものはない――ならば絶対不変たる神は那辺なへんにおられる?』」

 ひた、とこちらを見据える大導師。恐らく、これが一番訊きたかった事なのだろう。
 ふむ……私は暫し考えた。

 「学問的な話になるのですが、私達の住まうこの世というものを捉えるとすれば……」

 まず、次元と次元時空の概念を説明した。
 この世――時間に逆らえない四次元時空ミンコフスキー時空においては絶対不変の物はない。それを求めるのならば更なる高次元時空に行くしかないし、四次元時空しか知覚出来ない人間に神を知覚することは不可能である。
 さながら書物の中の物語に出て来る登場人物が、書き手を知覚出来ないのと同じように。

 「このことから、この世は三次元空間と一次元時間からなる四次元時空と言うことが出来ますわ」

 しかし書き手は物語に干渉する事が出来る。神と名乗る存在を顕現させる事も世界を破壊する事も可能だ。

 「故に、絶対不変たる神がおられるのは、四次元時空以上の高次元時空という事が出来ます。勿論、あくまでもここでお話したのは先程問われた『絶対不変たる神』のことであり、『神々』であれば複数の相対的な存在ですので絶対不変とは言えません」

 まあ、絶対ではないと言っても太陽も月も存在しうる時間で言えば人間の寿命など瞬きの間しかないが。
 絶対という事は『一つ』であり『それしかない』ということだ。絶対なる神々というのは老いた若人みたいな頓珍漢な言葉である。
 誤解を招かぬように、念の為にそう言っておく。

 てっきり魂や信仰が云々、太陽神や月女神云々……という話をするものだとでも思っていたのか、物理・数学的な話をされた大導師は面食らっているようだ。

 もしかしたら、聖女や賢者は意識なり魂なり高次元時空に重なっているが故にそれを知覚出来ているのかも知れない。
 だとすれば物理法則を無視したこの超能力も説明がつく。
 過去視や未来視は、さながら私達が物語のページを捲るようなもの。前世の記憶が残っていることや前世の記録を自在に引き出せることと関係があるのだろうか。
 高次元時空を通じて、前世と今世の宇宙が繋がっているとか?
 はっ――という事は、かの四次元ポケットを所持していた青狸ロボットはまさか!?

 そんな益体も無い事を考えて愕然としていると、今度は「『では神を知覚出来ない我らはいかに神という存在を証明するのでしょう』」と問われた。

 「神という書き手がおらねば書物に書かれたこの世全てという物語は出来ませんわ。貴方が、私が、皆が、全ての生きとし生けるものが存在し――この世界が当たり前に在ること。それが私達に理解出来る、神の存在証明……」

 「『おお……神は生きておられる!』」

 大導師フゼイフェは感動したように打ち震え、立ち上がると床に膝をつきこちらに向かって礼拝する。
 宗教のトップに立つからこそ、内心誰よりも神を疑い信仰を失いかけていた、といったところか。
 お付きの導師達が「「『大導師!?』」」などと慌てている。私も立ち上がって近寄り、フゼイフェの両腕を掴んだ。

 「大導師フゼイフェ、どうかお立ち下さいまし」

 「『聖女様、この老いぼれになんと勿体なき事……愚僧は、神の愛と慈悲を今日程感じたことはございませなんだ』」

 えぇ……

 もっともらしく適当に答えた事で、逆に老人を泣かせたことに内心ビシバシ罪悪感を感じる。
 涙を流しているフゼイフェを何とか立ち上がらせ、椅子に座らせ落ち着かせたまでは良かったが――

 「『お恥ずかしい醜態を晒しました……。それにしても、先だっては何故アレマニアの皇子がここに参っていたのでございましょう? そして、聖女様はあられもない恰好の聖職者を足蹴にされておりましたが……』」

 「……」

 涙を拭いながらそれを問われた瞬間、気まずい沈黙が下りた。平常運転のエヴァン修道士がスレイマンのぼそぼそとした囁きを受けて一心不乱に筆を動かす物音だけが響いている。
 背中に冷や汗が流れ、グレイの無言の眼差しが突き刺さって痛い。

 まさかメイソンに突っ込んで来られるとは……
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