貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

グレイ・ダージリン(55)

 和やかだった食卓が静まり返り、一気に凍り付いた。

 「サリーナ、報告とは?」

 底冷えのする声で問いかけるハンス卿。
 ああ、アールがアナベラ様に婚約を申し込んだ時を思い出す。
 サリーナは身内だからか、ハンス卿の様子に気付いているのかいないのか。

 「お父様、実は……蛇ノ庄でカールからの婚約の申し出をお受けしたのです。私も彼のことを好ましく思っておりますわ。この場を借りてご報告させて頂きます」

 「グレイ様がたまたまその場に居合わせて下さったので、立会人をして頂いたんですよー。マリー様にもご報告して了承を頂いていますー。つきましては、僕達の結婚を認めて頂きたいのですがー」

 二人共……この張り詰めていく空気に気付いていないのだろうか。
 獅子ノ庄の男達がカールを見る目が危険な感じに血走ってきている気が……
 唯一僕と共感出来そうなのは、ハラハラと見守っているクルトぐらいだ。

 カールとなら僕達に共に仕える仲だし、カールが次期蛇ノ庄当主の座を蹴ってまで自分を選んでくれたのだとサリーナははにかんでいる。
 ジュリーヌ夫人もこの空気に気付かないのか、花嫁支度をしなければと一人喜んでいた。

 「ほう……わざわざ名誉枢機卿猊下であらせられるグレイ様に立会人になって頂いて、な」

 言いながら、カール一人を標的に睨み続けるハンス卿。
 自分の名前が出て来たことに、正直僕は生きた心地がしない。勇気を振り絞って気を悪くしたのかと少し震える声で問いかける。
 憤怒を感じる笑みでそんなことはないと返されたけれど、「小僧、余計な事をしおって」とでも思っているんだろうなぁ……
 ジュリーヌ夫人、クルト、マリーが取り成そうとするも、ハンス卿は引かない。
 結局サイモン様の一声で、カールがサリーナに相応しい男なのかどうかを確かめる為に試合が行われることになってしまった。


***


 「カール・リザヒル。汝はサリーナ・コジーに心を尽くし、愛を誓いますか?」

 僕は安堵しながら獅子ノ庄の家宝だという剣を跪くカールの肩に当てていた。

 結論から言うと、カールは強かった。それはもう、とんでもなく。
 そう言えば、カールと知り合って間もない頃、ルフナー子爵家の警備に穴がないか見て貰った時、熊を一人で倒していたっけ。結構大きな熊だったことを思い出す。

 カールが獅子ノ庄の男達に纏めてかかって来いと物語に出て来る英雄のような台詞を吐いた時はどうなることかと思ったけれど、サリーナがドレスを脱ぎ捨てて試合に飛び入り参加したこともあり、また二人で男達を圧倒して何とかなったので良かったと思う。

 最後一騎打ちを申し込んできたオーギー・シンブリにもカールが何とか勝利を収める。
 暫くの無言が続いた後、獅子ノ庄当主は何故かカールと戦わないと宣言したので、そこで決着ということになった。

 サリーナとの婚約が認められた後――ジュリーヌ夫人の提案で、獅子ノ庄の湧水湖の畔で、宴会という流れになった。
 ハンス卿によれば、この湧水湖は古の時代初代聖女が錫杖で突いて出来上がった謂れがあるとかなんとか。

 カールが誓います、と答えると、僕は一旦剣を鞘に納めてマリーに渡した。
 マリーは剣を再び抜くと、今度はカールの隣に跪くサリーナに対し、僕と同様に誓いの言葉を促していた。
 これはマリーが考えて心で伝えてきた儀式だ。二人共隠密騎士なので、彼女の考えているように、婚約式としては型破りでも型破りでも騎士任命の儀式の所作こそが相応しいように思う。

 『剣は切ってしまうものだけれど、剣と鞘なら』

 「この剣と鞘がぴたりと合わさるように」

 マリーの意を受け、僕は祝福の結びの言葉を告げる。

 「二人の仲がいつまでも睦まじくあらんことを」

 マリーがそれを締め括ると、不思議なことに湧水湖のそこかしこから蛍が飛び交いだす。直ぐに篝火の幾つかが消された。

 マリーが蛍も二人を祝福しているのだと乾杯を促す。
 だんだん数を増して行った膨大な蛍の大群が奇跡のように幻想的な光景を作り出す中、その場に居る全員から祝福の声が次々に上がった。

 「丸く収まって良かったね、マリー」

 僕達は蛍が良く見えるように皆から少し離れた所でワインを傾けていた。
 カールとサリーナは獅子ノ庄の男達に囲まれ、サイモン様はハンス卿と一緒に呑まれている。ヨハンとシュテファンの姿は見えないけれど、アルトガル、エヴァン修道士、ナーテはサイモン様達の近くでジュリーヌ夫人の饗応を受けていた。
 去年マリーとキャンディ伯爵邸で蛍鑑賞した時は、三魔女に邪魔されて台無しになったんだっけ。
 今年はキャンディ伯爵領に来ているから、蛍を見れないと思っていた。
 そう話すと、マリーもあの時の珍事を思い出したのかクスクスと笑っている。

 ――となれば、去年邪魔されて出来なかったことを果たせるものなら果たしたい。

 そう思った僕は、余人の目が届かないかと周囲を見渡した。
 皆、酒と話に夢中になっているけれど――
 マリーの肩を叩いて一人佇む人影を指差すと、彼女に少しの間サリーナに声をかけてくれば良いよと促す。

 「……なるほど、分かったわ」

 素直にサリーナ達の所へ行くマリー。僕も立ち上がって人影に近付く。

 「オーギー、呑まないのですか?」

 「グレイ様……いえ、お二人の護衛を、と。お邪魔でしたか?」

 「そういう訳ではありませんが、ここは獅子ノ庄ですし。身内のお祝いの席に僕達の護衛をしてくれなくとも」

 「いえ、少々身の置き場がないと申しますか……」

 そう言って、オーギーは苦笑いを浮かべている。

 「……サリーナの事、好きだったんですね」

 意を決して単刀直入に訊ねると、彼は困ったように微笑んで肩を落とした。

 「そうですね、好きだと気付かされました。小さな頃から兄様、兄様と慕ってくれて、私も可愛がってきました。妹として大切だと思っていたのですが、どうもそうではなかったようです」

 まあ、他の男に取られて気付くのが遅かったのですが、と息を吐くオーギー。
 何と声を掛けていいのか、僕は言葉を失う。これは下手な慰めは出来ないな。
 そんな僕の様子を見て取ったオーギーは、お邪魔でしたら身を隠すようにします、と踵を返した――その時。

 「オーギー兄様!」

 振り返ると、サリーナが立っていた。
 その後ろにマリーが小さく手を振り親指を立てている。

 「後は二人に任せましょ」

 僕はそのまま彼女に引っ張って連れて行かれた。確かにその方が良いだろう。
 その後、僕が去年からの望みを果たせたかどうかは――ひっそりと心の中に仕舞っておこう。
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