貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

文字の大きさ
415 / 758
うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

グレイ・ダージリン(63)

 果たせるかな、それから数日程して。
 アーダム皇子そして見送りと付き添いのアルバート殿下が領都クードルセルヴにやってきた。

 「マリーちゃん、大丈夫なの……?」

 「大丈夫よ、問題無いわママン

 心配するティヴィーナ様。自信たっぷりのマリーの返事にどことなく不安を覚える僕。
 マリーはメリー様に目配せをする。
 メリー様は「イドゥリース様、メリーはご武運をお祈りしています! これをどうぞ!」と戦に向かう夫を見送る妻さながらに決意した顔で手にしたものをイドゥリースに渡した。

 「これは……烏の羽デスか?」

 首を傾げながらそれを受け取ったイドゥリース。それは黒い羽で作られた扇だった。要部分が固定されている開閉出来ないタイプのものだ。銀細工で作られた美しいものだった。
 マリーは頷く。

 「ええそうよ。リーダー達の羽を貰って作らせたの。デザインはメリーが考えたのよ。良い出来栄えだと思うわ」

 「賢者の衣装を見た時から考えていたのよ、何か足りないと思って」というマリー。確かに黒いあの衣装に烏の羽毛扇は似合うだろう。

 「だけど、何で羽毛扇?」

 「賢者と言えばコーメイ、コーメイと言えば羽扇は付きもの♪」

 マリーによれば、異世界の有名な戦記物語に出て来るコーメイという名の大賢者がこのような羽で作られた扇を使っていたという。イサーク様が「その話凄く面白いんだよ、後で話してあげるね!」とヴェスカルの頭を撫でていた。
 ふと興味を引かれた僕は、イドゥリースに近付き、その扇を見せて貰う。

 「この要の所にある、白と黒の模様――印は何だい?」

 「ああ、それは『インヤン』というの。闇と光、その調和を意味しているのよ」

 「へぇ」

 白い部分に黒い丸があるのが太陽、黒い部分に白い丸があるのが月を意味しているそうだ。
 月が満ちれば欠けるしかなく、新月になれば満ちるしかないように。光窮まれば闇へ、闇窮まれば光へ。

 「そこから木・火・土・金・水の五行が生まれ、万物が生成と消長しながら流転する。その、世界の理。そんな意味が込められているわ」

 「おお、素晴らしい哲学でございますね、聖女様」

 羽毛扇を手帳に模写していた修道士エヴァンが上げた感心の声に、マリーはうふふと笑って頷いた。

 「ええ、だからこそ賢者イドゥリースが持つのに相応しいと思うわ。この羽毛扇があれば、舌戦において向かうところ敵なしよ、きっと」

 「……ありがとうございマス」

朝食が終わると、ウエッジウッド子爵が早速『聖女様にお目通りしたい』と先触れがあったと知らせてくれたので、こちらも迎え撃つ準備を整える。

 「ふむ……予想通りだな」

 「ええ、ダージリン伯爵である私ではなく、最初から聖女であるマリーに会いたいと言ってくるなんて。馬鹿にされたものです」

 溜息を吐く。出自が商会を経営する子爵子息だからって、そんなに僕って存在感無いんだろうか?

 「皇子ならば普通はもっと慎重になり建前を取り繕うものだと思うが。それだけお前を軽視しているのか、それとも馬鹿なのか。いつぞやの某アレマニア貴族を思い出すな」

 ……オスカー・ヴィルバッハ辺境伯のことだろうか。あの人も色んな意味で癖が強かった。捨て身同然でぶつかって来たんだから。

 「ダディ、ヴィルバッハ辺境伯のことをそんなに悪く言ったら失礼よ?」

 マリーがたしなめるように口を開く。サイモン様は呆れたような目で彼女を見て肩を竦めた。

 「別に誰とは言っていないが。お前も大概だな、マリー」


***


 先刻のそんなやりとりを思い出しながら。
 マリーのやや背後で僕は努めて無表情を作り、視線を固定するのを極力避けるようにしていた。
 うっかりそれを見てしまうと顔に出てしまいそうだからだ。

 「このような格好で失礼致しますわねぇ~」

 彼女が行儀悪く尊大にふんぞり返っている領主の椅子の下にはわざわざ台座が置かれ、高さが上げられていた。
 その理由は――

 僕はちらりとそれに視線を動かす。
 そこにはあのメイソンが目隠しと口枷をされたメイソンが息を荒くして四つん這いになり、マリーの足置きとなっていた。

 ……何だかなぁ。

 僕はそっと視線を逸らした。僕なら即回れ右する程強烈な光景だ。
 最初は「聖女様、な、何をこのメイソンになさるおつもりで……」等と怯えたような表情をしていたんだけれど、「全てはお前の働きにかかっているのよ」とマリーに持ち上げられてすっかりその気になっていたメイソン。
 怯えながらもどこか期待している風だったのは気のせいということにしておこう。
 でないと僕の精神が持たない。

 ――やっぱり存在感無くて良かったかも。

 僕は極力気配を殺して俯いた。込み上げてくるものを必死で抑える。
 筋肉隆々とした肉体、厳つい顔にあのおかっぱボブ衣装オー・ド・ショースはありえない。悪夢みたいだ。
 メイソン以上に実際に目にするアーダム皇子の姿は強烈過ぎた。

 「……いかな聖女様と言えども、先程から無礼ではありませぬか!」

 マリーがアルバート殿下にだけ挨拶をし、アーダム皇子一行が誰かと訊ねる。アーダム皇子が謁見を申し込んで来たにも関わらず、アルバート殿下のおまけのような扱いをしたのだ。
 案の定、こちらの狙い通りに相手側が怒りだした。
 確か、アーダム皇子の側近のダンカンという男にアブラーモ大司教の弟デブランツ大司教。

 こちらは神聖アレマニア帝国のアーダム第一皇子だと激昂する相手に、前脚のヨハンと後ろ脚のシュテファンが立場上神聖アレマニア帝国皇帝より聖女の方が上だと言い返す。言い返せなかった二人は、今度はサイモン様に娘にどんな教育をしているのかと矛先を向けた。
 サイモン様は娘に逆らえない気弱な父親を演じながら、相手に帰れと促した。
 それに気を良くしたのか、相手はそれ見たことかとばかりにマリーが聖女であることを否定し始める。
 寛容派のでっち上げなのだろうと。果ては賢者であるイドゥリースを指差し、アヤスラニ帝国による神聖アレマニア帝国に対する陰謀だと告発する。
 イドゥリースやスレイマンが言い返すも、ダンカンやデブランツ大司教はますます聖女や賢者が偽物であるという確信を強めたようだった。

 「――ここは敵地も同然、一刻も早くご帰国の上、偽聖女や偽賢者の正体を暴き、真の信仰、真の神の道を示されませ!」

 いい流れだと思う。僕達の策は功を奏したようだ。
 このまま決裂という事で帰ってくれれば。

 しかし僕達の願いも虚しく、アーダム皇子当人は首を横に振った。それどころか、逆に面白いと好戦的な目をマリーに向けている。
 あの手紙にマリーが仕掛けた『縦読み』にも気付いていたようだ。

 「私はまだ帰らぬぞ! 聖女を皇妃として貰い受けるまではな!」

 ちょっと。夫である僕がここに居るんだけど。

 とことん僕は馬鹿にされているんだな。存在を否定され、歯牙にもかけられていない。
 臆面も無く言い放ったアーダム皇子に、僕は内心不快感を感じていた。
感想 1,014

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。

しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

転生皇女セラフィナ

秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。 目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。 赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。 皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。 前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。 しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。 一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。 「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」 そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。 言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。 それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。 転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。 ※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」