貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

グレイ・ダージリン(73)

 あの後、僕達が視察の準備をしているのを知ると、皇太子オスマンは同行したがった。
 しかし数日後には迎えが来るので僕は丁重にそれを断る。
 すると今度はあの手この手で僕を配下に加えようと付きまとい始めた。
 保証のない口先だけの話だとは言え、だんだん馴れ馴れしくなり提示される待遇が上がっていくのが心底怖い。


 そんな勧誘地獄に耐えること数日、アヤスラニ帝国の前の大宰相サドラザムオルハン――皇太子オスマンの母方の祖父にあたる人物だった。
 大宰相サドラザムという地位は、事実上皇帝に次ぐ最高権力者。
 その外はオスマン皇子の側近と思われる人物数人、そして眼光鋭い立派な体格の男達。いずれも武人――しかも選りすぐりの精鋭なのだろう。

 「『これまでも散々やんちゃをなさって来られましたが、流石に此度のなさりようはおいたが過ぎますぞ!』」

 僕達が見守る中、元大宰相オルハンが外交官ブダックや皇太子オスマンを叱っている。
 マリーによれば、皇太子オスマンは地揺れと大波で被害を受けたアヤスラニ帝国西岸の復興の責務を放り出してこちらに来ていたとのこと。下手をすればオスマン皇子に仕える者達全員死刑になりかねない。そりゃあ怒られて当然だろう。

 「『いや、何も戻らぬと言ってる訳ではないのだ!』」

 オスマン皇子は僕やマリーのやることなすことが目新しくて面白く、また国のためにもなるだろうと反論する。

 ……自分の正当化に僕たちを使わないで欲しい。

 僕の想いが通じたのか、元大宰相は口先の言い訳に騙されなかった。それは大導師フゼイフェの仕事であり、皇太子のそれではないと断じている。

 「『ガリアの復興には聖女は知恵を授けたと聞いた! 私は復興責任者として、その知恵を聞きに参ったのだ!』」

 元大宰相オルハンはこちらを見た。僕達二人はほぼ同時に首を横に振る。
 そこへ、大導師フゼイフェが皇太子がそれを一度もマリーに質問していなかったと指摘。元々迎えが来れば帰る約束だったと言う。
 皇太子オスマンは降参した。その代わり、僕に視察に連れて行って欲しいと言う。その間にマリーに復興について色々と訊ねるから、と。
 視察が終われば大人しく帰ると皇太子本人が宣言したので、僕はあまり気が進まないながらもそれを了承したものの。

 ――何だろう、嫌な予感がする。


***


 ……視線が痛い。

 マリーがじと目でこちらを見ていた。

 「『伯爵位よりももっともっと上の地位を約束するぞ。大宰相の地位……いや、適当な小国を一つ落としてそこの王でも良いな』」

 視察へ向かう馬車の中。
 オスマン皇子は四六時中、マリーに復興のことを訊ねることもなく、僕を臣下にしようと話しかけてきていた。
 しかも、待遇が小国の王にまでなっている。ここまで来ると現実味が無さすぎて、僕は夢のような話ですねと受け流した。

 「『グレイ、俺はいずれアヤスラニ帝国の皇帝となる。その為に一人でも多く優秀な臣下を必要としているのだ。そなたが警戒していることは分かる。俺が聖女目的でそなたを臣下にしたがっているのだと疑念を抱いているのだろう? しかしそれであればアレマニアの皇子と同じように最初から強引に聖女を口説いている』」

 だが俺は奴とは違う、オスマン皇太子はそう言って、おもむろに僕の手を両手で掴んだ。

 「『真実、俺はそなたの事を気に入ったのだ。そなたの能力を買っている。どうしたら首を縦に振って我が国に来て貰えるのか』」

 さながら美女を口説くような眼差しを僕に向けてくる皇太子オスマン。圧が凄くて僕の鉄壁の愛想笑いが引きつりそうだ。

 「グレイ、私少し疲れたわ。休憩しない?」

 マリーの言葉に、僕は渡りに船とばかりに「『殿下、失礼致します』」と馬車の窓を開け、停止と休憩を命じる。
 そこへ、大導師フゼイフェがオスマン皇太子に元大宰相オルハンが呼んでいると声をかけ、皇太子と交代するかのように馬車に同乗してくれることとなった。
 マリーがぱちりとウインクしたので、僕は苦笑いしながら二人に礼を言う。ああ、やっと解放された。

 元大宰相に叱責されたのか、それからは僕は口説かれることもなく無事に目的地に着いた。
 鉄鉱山と炭鉱山の入り口に相応しい場所を特定して調査を命じた後、更に少し移動する。
 マリーが熱水脈を探し当てて掘る場所を指定した後は、報告を待つのみ。
 待っている間、オスマン皇子はマリーに復興のことについて色々と訊ねていた。
 
 待つこと暫く。
 前脚のヨハンが報告に来て、本当に熱水が湧き出てきたことを知らせると、アヤスラニ帝国人達は驚愕していた。
 特に大導師フゼイフェは賢者もまた泉を掘り当てた逸話があった、と感動している。
 
 「『この目で見るまでは奇跡など信じていなかったが……まさか、本当に』」

 元大宰相オルハンの声が、嫌に鮮明に僕の耳朶を打った。


 事件が起きたのは、その日の晩だった。
 大勢なので集落に程近い場所で野営をし、火を起こしていざ料理をしようとした時。
 僕達から少し離れた場所に陣取っていたアヤスラニ帝国人達。その起こした焚火の煙が、風に乗って届いたその直後――バタバタと護衛達が倒れ始めたのだ。
 突然僕の体が地に押さえつけられる。

 「毒です」

 カールの簡潔な言葉。風向きが変わったその時には、前脚と後ろ脚も地に伏せていた。月明りの中、意識を失ってぐったりしたマリーの首に、ぎらりと光る銀色の刃。

 「聖女の命が惜しくば動いてはならぬでおじゃ!」

 マリーの身体を片手に抱き、オスマン皇子が叫んだ。

 ――嵌められた!

 「『オスマン殿下! 聖女様に無体をなさってはなりませぬ、神の罰を受けまするぞ!』」

 大導師フゼイフェはオスマン皇子を非難している。
 大導師はマリーが賢者に等しい存在だと認めていたし、オスマン皇子達の行動を知らされていなかったのかも知れない。

 「ヨハンとシュテファンは」

 「直撃は免れてます。布で鼻と口を覆って煙を吸い込まないで下さい」 

 あの時、マリーはサリーナをお供に護衛達に声を掛けに行っていた。
 僕達やヨハン達とは少し距離があったのだ。
 一番守るべき存在が人質に取られ、更にこちら側の護衛の大半が妙な煙を吸って昏倒していてこちらは手も足も出ない。

 「『やはり僕を臣下に欲しいというのは偽りだったんですね』」

 僕の言葉に、アヤスラニ帝国の皇太子は肩をすくめた。

 「『いいや、本気だったとも。残念だ、グレイ。そなたが俺に仕えることを選択してさえいればこのようなことにはならなかったものを』」
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