貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

グレイ・ダージリン(75)

 金に糸目をつけず、馬を乗り換えて僕達はナヴィガポールへ走り続けた。
 数日かかるところを一日程で到着。そのまま真っ直ぐに港へ向かう。領主館に寄る時間すらも惜しい。
 運が良いことに、船長であるファリエロ達は港に居た。事情を話して船を出すように求めると、

 「わかった。ただ、武器と食料などを積み込む時間が欲しい」

 と言われた。

 「こうしている間にも奴らは距離を稼いでいるというのに!」

 「そのような悠長な……!」

 「お願いです、何とかなりませぬか」

 ヨハンとシュテファン、サリーナがファリエロに詰め寄る。しかし彼は頑として譲らなかった。

 「聖騎士様達、侍女殿、落ち着いて下さい。冷静さと準備を欠いた状態で海に出るのは命取りになります」

 相手方が人一人を攫って港へ逃げ、船を急かして出港させた場合――必ずどこかの港で補給が必要になる。
 というのも、船に積んである食料などの物資はいつも豊富ということはなく、急いで積んだとしてもせいぜい持って数日程度だろう――それがファリエロの意見だった。

 「港で起こったことはこのファリエロ、ほぼ把握しておりますが、昨日今日、怪しい船が出港した様子や報告はありません。
 ただ、先日のアヤスラニ人達を乗せた船の船長は、この町で交易をしてゆっくりした後、つい数日前にジュリヴァへ向かうと船を出しておりました。
 件のアヤスラニ人達も恐らくジュリヴァへと逃げたのでしょう。同じ船ならば、出航の準備が碌に整っていないと思われます。
 こちらも急いで物資を船に積み込もう。その間、皆さんは休んで英気を養った方がいい。何、俺の腕を知っているのなら多少の遅れならすぐに追いつけることは、グレイ坊ちゃんがよく知っているだろう?」

 ニヤリと笑ってウインクを飛ばされ、僕は荒れ狂う自分の心を落ち着かせようと大きく息を吐く。

 「……分かった」

 「グレイ様!?」

 ヨハンが咎めるように僕の名を叫ぶ。
 まだマリーは目覚めていないのだろう。僕だって気持ちが焦っている。しかしこの時ばかりは悔しいけれどファリエロが正しい。

 「……ヨハン、シュテファン。カール、そしてサリーナにナーテも。海をよく知るファリエロの方が正しい。マリー救出に失敗は許されない。効率的に、確実な手段を取らないとダメだ。一度冷静になって欲しい」

 諭すように言う僕に、ヨハンは項垂れた。

 「……マリー様が攫われたのは油断した我らの責です」

 「責を全う出来なかった以上、死を以って償いを――」

 「私だって油断していました。私がマリー様の一番傍に居たのに」

 「サリーナ、自分を責め過ぎないで。私だって何も出来なかったんだから」

 「……アヤスラニ帝国人達は皆殺しにするしかないですねー」

 「ちょ、ちょっと皆、冷静になって! マリーは死を以って償うことは求めてないと思うんだけど!」

 それに、皇太子オスマンを殺したとなればアヤスラニ帝国を敵に回すことになる。捕らえて交渉する方が建設的だ。
 必死に皆を宥めている間にも、ファリエロは船乗り達に次々と指示を出し始める。
 どっと疲労を感じた僕は、ファリエロの助言を受け入れ、仮眠を取ることにした。


***


 一眠りして目を覚ますと、頭がすっきりして冷静に考える余裕が出来てくる。
 ファリエロの言う通り、地上では馬に乗ってすぐさま逃げることが出来ても、船――とりわけアヤスラニ帝国まで逃げる為に船を出すとなれば十分な準備が必要になる。
 準備が足りなければ、どこか近くの港に寄って物資などを調達することが不可欠になるだろう。

 ――であれば、ガリア王国のどこの港に寄るだろうか。

 ゴルフォベッロ、その次のコスタポリ。
 後ろめたいことがあれば、船の検閲の可能性はできるだけ避けたいはず。
 となれば、今復興で船の出入りが激しい後者か。

 直感が働く。
 もし僕が相手の立場に立っていたとしたら、きっとそうする。
 それに、その勘が外れたとしても。
 コスタポリにいる、シルヴィオ・プリモ・ガリア第一王子殿下に協力を仰ぐことが出来れば。
 身体を拭いて着替えると、ノックの音が響く。

 「グレイ様。ナヴィガポールに逃げていたアヤスラニ帝国人二人を発見致しました。やはりこちらへ向かっていたのは目くらましだったようです」

 返り血を浴びて凄まじい姿をした前脚ヨハン後ろ脚シュテファンが鬼気迫る様子でそこに立っていた。
 背筋に冷たいものが走る。その姿はどうしたのかと訊くと、馬の足跡をつけて町の近くに潜んでいるところを殺したそうだ。
 恐らく惨殺したに違いない。

 「ヨハン、シュテファン……一睡もしていないのですか?」

 「……眠れませぬ」

 「何かをしていないとやり場のない怒りが収まらぬのです」

 飢えた狂犬のような雰囲気を醸し出す二人に、とりあえず身を清めて着替え休むように命じていると、サリーナが慌てた様子でこちらへ駆けてくるのが見えた。

 「アーベルト・メレンから早馬の連絡が! 大変です、マリー様の身柄はジュリヴァの港にてオスマン皇子からアーダム皇子の手に渡ったとのこと!」

 な……

 「何だってえええ――!?」
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