貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

文字の大きさ
463 / 758
うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

グレイ・ダージリン(87)

 「ただいま。あら、いい香りがするわね」

 戻って来たマリーが嬉しそうに微笑むと、ナーテが彼女の分の紅茶を淹れる。
 ソファーに座ったマリーは、嬉しそうに香りを嗅いで優雅な仕草でティーカップを傾けた。

 「先程グレイからコスタポリでのことを聞いていた」

 サイモン様が、結果的に二つの帝国の次期後継者を人質に収めた形となったと続ける。と言っても、いつまでも捕らえておく訳にもいかないだろう。
 これから人質に関してその二大国を相手に細心の注意を払った交渉をしなければならないのだ。
 サイモン様もそのことに関してマリーに問うているのだと思う。
 マリーは一つ頷くと、二つの帝国に謝罪と賠償を求める交渉について相談がある、と言った。

 「交渉事に関しては、私よりも父やグレイの方が上手く運べると思うわ」

 うん、サイモン様は兎も角、僕のことは少し買いかぶり過ぎなのでは。
 皇帝を相手取って交渉するんだよね?

 それが僕に出来るのだろうか。

 少し不安な気持ちになった僕は彼女を見つめる。
 賠償――何を求めるつもりなんだろう。

 「そうね……聖女を攫ったんだもの。馬鹿皇子二人の製造元には責任を取って貰うわ。考えれば色々あるんだろうけれど、絶対に貰いたいのは『通貨発行権』よ」

 そう言って、マリーは太陽のような笑みを浮かべる。
 話を詳しく聞いてみると、それは巧妙な要求だった。

 『通貨発行権』要求をこっそり呑ませ、銀行を置き、銀行券を発行する。
 皇帝に約束を破らせないよう、そして反発を抱かせぬよう、その国の者に利を与えて僕達の代理人に据える。
 株式の仕組みで僕達が株の大半を所有することで支配する。
 銀行券は便利なので、その国の通貨に取って代わられて行けばこちらのもの。
 更にそれぞれの帝国の関税免除権をキーマン商会が得れば、貿易で有利になる。

 そう上手く行くだろうか、と疑問を呈すれば、マリーは彼女の前世の知識を利用した画期的で便利なものや安くお得な品を買うのに銀行券での取引以外認めなければ広まるだろうと示唆した。

 代理人候補はアヤスラニ帝国が皇子で賢者のイドゥリース、ヒラール商会の息子スレイマン、大導師フゼイフェ。神聖アレマニア帝国が大富豪アントン・ヴァッガーや息子のディックゴルト改めキンター、それからアレマニアの第二皇子であるヴェスカル――彼はまだ幼いので、株主候補としてだそうだ。
 成程、人材は揃っている。

 マリーは一番支配を強めるのは『通貨発行権』だと言う。
 だからそれに気づかせないように他に大きな要求をするつもりだとも。
 その後の話し合いで、それぞれの帝国にどのように接触して要求するかが決まった。

 アヤスラニ帝国の皇帝には、マリーが先に聖女の能力で知らせるらしい。一方神聖アレマニア帝国皇帝相手は聖女の能力を使わない方が良いだろうと言う結論となった。
 その代わり、僕が神聖アレマニア帝国の皇帝宛に、手紙を書くことに。

 ……どうしよう。内容は決まっているとはいえ、皇帝に手紙を書くなんて初めてなんだけど。

 とりあえず、手紙の添削等も含めてヴァッガー家の彼を巻き込ませて貰おう。
 そう思った時、部屋の扉からノックの音が響く。

 訪ねて来たのは蛇ノ庄の元当主、スヴェン・リザヒル――カールの伯父だった。
 天然痘の予防の為の『種痘』――その安全性が確かめられたという。


***


 『種痘』は主家が受ける前に念の為、と隠密騎士や臣下達が受けることとなった。
 万が一体調不良等があって仕事が滞ってはいけないので、何人かを選抜しての交代制だ。
 今のところ、『種痘』を受けた皆の体調がおかしくなったということはない。
 そこで、『種痘』を他の者達にも広げようということで、手始めに修道士達に説明すべく会いに行ったのだけれど。

 「よくぞご無事で、聖女様あああああ――ぶべぇ!」

 修道士メイソンが泣き笑いをしながらマリーに近づこうとしたところをシュテファンによって沈められた。

 「なっ、殴ったな! 父にも殴られたことはないのに! 私はただ、忠実なる雄豚奴隷としてご主人様のご無事を喜んでいるだけだ!」

 床で身を起こし、文句を言うメイソン。マリーが「新人類……?」とよく分からない言葉を呟いている。
 腕組みをしたヨハンがメイソンを睥睨した。

 「此度のことはお前にも関係あることなのだぞ!」

 「私にも?」

 「お前の元恋人フレール・リプトンがマリー様を害そうとしたのだ!」

 シュテファンが告げると、首を傾げていたメイソンはきょとんとする。

 「へっ、フレール!?」

 「そうだ!」

 ヨハンがフレールの祖国裏切りとマリーの誘拐幇助と呪詛の犯罪をつらつらと述べていく。
 それを聞いたメイソンは「彼女がそのように激烈な女性になったのは……ある意味私のせいなのかも知れない」と真顔になって呟いた。

 「貴族籍剥奪の上、国外追放は免れないだろうな」

 「そ、そんな……ああ、何ということだ。おお、神よ――罪深き私をお許し下さい! 全て私のせいなのです!」

 修道士メイソンは悲痛な表情で全身を打ち震わせ、天を仰いで慟哭する。
 それなりにフレールに情や罪悪感はあったのか、と僕は少し彼を見直した。
 修道士になって、多少は改心し――

 「私があまりに美男子過ぎるせいで! 一人の女性の人生をかくも狂わせてしまうとは!」

 ……前言撤回。

 メイソンは自分に酔っているだけだった。
 断罪した僕が言うのもなんだけど、フレールが少し可哀想になってくる。
 マリーがゴミを見るような目で、「前脚ヨハン後ろ脚シュテファン。この寝言言ってる馬鹿を摘まみだせ」と命じた。
 直ぐに実行される命令。
 聖女様ああああ、と間抜けな叫び声を上げながら部屋から引きずり出されていくメイソン。
 マリーは「雄豚奴隷は人間ぶらないように」と扇でピシリとその尻を叩いて追い打ちを掛けている。
 僕はこめかみを押さえた。どことなく嬉しそうな悲鳴を上げているのが嫌だ。

 「……」

 黙っていれば美男子なのに天は二物を与えず、か。
 まあ、万が一があり。フレールが再び僕達の目の前に立ちはだかることがあるとすれば。
 その時は、責任を取って貰う形でメイソンをぶつけることとしよう。
感想 1,014

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。

しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

転生皇女セラフィナ

秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。 目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。 赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。 皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。 前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。 しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。 一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。 「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」 そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。 言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。 それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。 転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。 ※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」