貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

グレイ・ダージリン(94)

 王都の一番街、トワネット通り西一番地。

 トゥラントゥール宮殿を訪ねたその翌日、僕は久々に王都のキーマン商会に顔を出していた。
 ちなみにマリーはソルツァグマ修道院にヴェスカルと共に顔を出している。

「先日ぶりだね、ジャン。元気そうでなによりだよ」

 応接室でジャン・バティストに近況を訊ねる。
 最近はやっと部下が仕事を覚えて来たのか、思ったよりも顔色は良かった。

 「お陰様で。今は回して頂いた人材達の教育に悲鳴を上げております。ところで、あれから色々と、その、大変だったそうで」

 「ああ……もう一生分の冒険をしたような気がする」

 思い出しながらげんなりしていると、ジャンはくすりと笑った。

 「皆様、ご無事でようございました。二人共、生きた心地がしなかったのではないか?」

 「仰る通り……領地では多くの仕事があり、またかの連絡を受けた時は精神的に本当に大変でした。しかしその分、成長出来たと思います」

 「私もそう感じています。それに、少々の事では動じなくなったと」

 ヤンとシャルマンの答えを聞いたジャンは、肩を震わせて笑い出す。

 「ははは、それはそうだろう。これからもきっと似たような思いをすることもあるだろうな。後、こき使われるだけじゃなく無茶な命令も多いから覚悟しておいた方が良いぞ」

 「えぇ……そんな酷い主人なの、僕って」

 確かにジャンは激務だけど……ヤンとシャルマンには、こき使うとか無茶な命令とかってマリーが関わる時ぐらいしかしてなかったと思う。

 そう文句を言えば、

 「なんの、若奥様が関わらずともグレイ様も充分人をこき使ってますよ。我ながらよくお仕え出来ていると思います」

 「なっ……」

 絶句する僕に、ジャンはそれにしても、と話題を変える。

 「人材の教育で感じたのですが、若奥様は先見の明をお持ちですね、基本的な読み書きが最初から出来るというのは素晴らしい」

 教える効率が段違いらしい。それに、マリーの助言で仕事内容をまとめた『まにゅある』というものが凄く便利なのだとか。随分仕事が楽になりましたよ、だそうだ。

 「そうそう、最近アルバート殿下の教育への施策がなされましてね」

 数日前から王都近辺では子供達が学校に通い始めたそうだ。賛否両論あるらしいけれど、領地から人材を王都へ送ったことで、人々の噂になり、今はやや賛同に傾いているらしい。読み書きや計算等が出来ればキーマン商会で雇って貰えるのだと。
 恐らく、この動きは他領、やがては全国に広がって行くだろう。

 「ところで、ファスナーやスナップが出来たみたいだね」

 「はい、こちらです」

 金属の擦れる音と共に、ジャンは試作品を僕の前に並べた。

 「最初から形が分かっているとはいえ、実現するのは大変でした」

 「おお、凄いね!」

 摘まみを動かしてみると、容易に開閉する。スナップも、軽く力を込めると着脱出来て面白い。
 これは便利だ。服飾に革命が起きるだろう。

 「それはそうと、ウィッタード公爵家に嫁がれたアン姫様がもうすぐ出産なされますよね。グレイ様からは何の連絡もございませんでしたが……ちなみにアール様アナベラ様は銀の匙をお選びになりました。他は子犬や積み木などの玩具の手配を――」

 「あっ!?」

 僕は思わず声を上げた。
 すっかり忘れていた。思い返せばアン様の懐妊の話を聞いてから――計算すればもうそろそろ産み月の筈!

 「しまった、出遅れた!」

 僕は頭を抱えた。
 今から出産に間に合うような何かを用意出来るのだろうか?
 残されている時間は一月あれば良い方だ。


***


 「ああっ、アン姉の出産祝い!」

 帰ってからマリーに伝えると、案の定、彼女もすっかり忘れていた模様。

 「そうなんだよ……」

 僕は力無く溜息を吐く。マリーは唇に人差し指を当てて天井をちらりと見た。

 「うーん……多分もう必要なものはあり過ぎる程贈られるわよね。どうせ皆が寄ってたかって似たような必需品とか縁起物とか選ぶんだろうし、被るのは必須。だとすれば必要なのはオリジナリティ――そうだ!」

 マリーは言って、ポンと手を打った。
 僕は小さな希望を見出す。

 「何か良い物を思いついたの?」

 「この世には無い物語の絵本を作って贈ればいいのよ。アン姉が読み聞かせ出来るように」

 「成程、それならマリーしか用意出来ないね」

 「うふふ、全てここに詰まっているからね。何冊でも用意できるわ」

 言って、頭を指差す彼女。

 ――良かった、助かった。

 僕は胸を撫で下ろす。
 よし、そうと決まったら――僕達は目を合わせて頷き合う。

 「すぐ原稿を書いて渡すわ!」

 「ありがとう。僕は王都中の絵師を当たるよ。最高の物に仕上げなければ!」

 きっと今日は夜更かしになりそうだ。
 早速ジャンに使いを出して――と、今日こき使っているって言われたばかりだった。
 やっぱりヤンかシャルマンに頼もうかな……。

 そんな風に僕が少し反省していると、

 「そうだ、私も本を作ろうかしら。布絵本」

 と楽しそうに言うマリー。

 「何だい、それは」

 「布で作る仕掛け付きの絵本よ。ハギレにレース、刺繍、ボタン、アップリケ……あらゆる技術を込めて作り上げるの」

 へぇ、そんなものがあるのか。

 感心していると、もじもじした様子のサリーナやナーテが前へ進み出て来た。

 「あの、マリー様」

 「私共も一緒にしても宜しいですか?」

 マリーは二人を見て、勿論よと微笑む。

 「ええ、丁度一人じゃ時間が掛かるから協力をお願いするところだったの。歓迎するわサリーナ。他の皆も助けてくれると嬉しいわ。そう言えば、グレイ。以前伝えたファスナーやスナップボタンなんだけど。出来てる?」

 丁度今日試作品を見て来たばかりだ。僕は頷いた。

 「うん、出来たって。用意させるよ」

 ――こればかりは駄目だ。ジャンに頼まないと。本当にごめん、ジャン。

 流石に二度目の反省は、かなり深いものにならざるを得なかった。
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