貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

『おれの尻を舐めろ』K.231

 フソウ人の鎖を握っている『ヒゲワシ』は、去り際にグレイを一瞬睨んだように感じた。
 そこに浮かんでいたのが羨望か憎悪かは定かではない。

 ***

 エスパーニャ王国の後は教養として耳にしたことがある程度の小国家群から来た使者達が列を作っていた。
 グレイの言うところの、東方小国群――神聖アレマニア帝国、アヤスラニ帝国に挟まれた、二つの帝国の代理戦争――小競り合い勃発地域でもある。
 思えば日本や韓国も、アメリカとソ連・中国に挟まれた位置にあり、外交的舵取りが難しい国だったな。もっとも、日本は海で囲まれているだけまだましだが。
 と、何故か使者と共に皇女エリーザベトの姿が。その後ろには、イサークと同じ年齢位だろうか、少年とその親らしき人物が膝をついて頭を垂れている。

 「マリー様、彼らは神聖アレマニア帝国と縁の深い、イリリアリッヒ公国の方々なんですの。特に芸術と音楽に力を入れている国ですわ」

 「お初にお目にかかります、聖女様。この度は生誕の祝賀にお招き頂き恐悦至極に存じます。
 これなるは我が国で評判の少年音楽家でございまして、聖女様を讃えるピアノ曲を献上せんと共に参りましてございます」

 「まあ、私を音楽で祝って下さるの? はじめまして、可愛い天才音楽家さん。私はマリアージュ・ダージリン。宜しくね」

 「僕は、ヴォルフガング・テオフィルス・モッツハルドです! 何て美しい方なんだ! マリアージュ様、僕と結婚して下さい!」

 「は?」

 いきなり高らかに申し込まれた婚姻に、私の神経細胞は一瞬処理落ちした。視界の端で皇女エリーザベトが目を丸くしている。
 騒めく観衆ギャラリー

 ――ゴッ!

 父親と思われる男が後ろからその頭に拳骨を落とした。

 「これっ、ヴォルフ!」

 「痛っ!」

 申し訳ありません申し訳ありませんと壊れた玩具のように頭を下げられ、やっと思考機能回復を果たす。
 びっくりしたなぁ、もう。
 私はパラリと扇を開いた。
 
 「あらあら、困ったわね~」

 それにしても、モッツハルドか……モーツァルトだったら完璧だったのにな、惜しい。
 そう言えばモーツァルトもマリーアントワネットに求婚したというエピソードがあったっけ。
 ……私も同じマリーだな。ということは――え、自分革命起こされて断頭台に上がるの?

 不吉なものを感じて一人慄いていると、ぼそっと「このマセガキ」という低い呟きが聞こえたような気が。今の、グレイが言ったの?
 彼の方を向くと、「子供って純粋だよね」と微笑んでいる。
 周囲を見ると、エリーザベトや観衆達は微笑ましいものを見る様な眼差しで見ていたりクスクスと笑っていたり。

 ――うん、気のせいか。

 「殴るなんて酷いじゃないか、父さん!」

 「お前がいきなり変なことを聖女様に申し上げるからだ!」

 「だって、父さん。僕、お嫁さんにするなら聖女様みたいな可憐な人がいいんだもの! こんな綺麗な人、今まで見たことが無い!」

 「……」

 ――可憐、ねぇ。

 目は口程に物を言う。グサグサと突き刺さって来る身内の視線が痛いぜ。
 特に隣のグレイからはビシバシ感じるのだが。
 と、そこへ。

 「駄目だっ! グレイ義兄様がいるし、何より僕の大事なお姉様なんだぞ! ポッと出のお前の出る幕なんてないんだ!」

 イサークが私の目の前に躍り出て来た。ビシッと少年を指差して、プンスカしている。

 「わっ、何だよお前! 貴族なら結婚してたって、恋愛は別物で自由じゃないか!」

 「お姉様は普通の貴族とは違うの!」

 ギャーギャーと言い合う少年二人。
 私の弟だと知った使者と少年の父親は、もはや真っ青を通り越して気の毒な程土気色になっている。

 「せっ、聖女様! お見苦しいものをお見せして申し訳ありません!」

 「ヴォルフ、聖女様の弟君に! よしなさい!」

 私は安心させるように「大丈夫ですわ」と微笑んだ。

 「いえいえ、元気が宜しいことね。イサーク、お姉ちゃまにも話をさせて頂戴」

 後ろからイサークを抱きしめて黙らせると、私はヴォルフガングを見た。
 少年相手であっても、衆目に分かるようきちんと対応せねば。
 私がショタコンだと変な噂が立たないようにな!

 「求婚して下さったこと、お気持ちは嬉しいですわ。
 けれど、私は人々の模範たる聖女。太陽神に認められた夫以外の方と自由に恋愛するのは出来ないのです」

 きっぱりと断りの文句を言うと、ヴォルフガングは「そんなぁ」としょんぼり俯いた。私はそれを温かい眼差しで見詰める。

 少年よ、見てくれに惑わされてはならない。
 もっと世間の荒波に揉まれて色々経験して、人を見る目を養ってからちゃんと相手を探したまえ。
 私を可憐等というあたりなんかは特にフシアナ同然なのだから。
 だからと言って、純粋さを失い過ぎて『俺の尻を舐めろ』というカノンを作ったりスカトロ的な言動をするようにはならないでくれよ?
 そっちは流石の私も専門外だ。

 「貴方がもっと大きく成長して、素敵なお姫様と御縁があることを祈っておりますわ。
 さあ、曲をお聞かせ願えるかしら? 素晴らしいものだったら我が家のとっておきの甘味を差し上げましょう!」

 元気づけるように言うと、ヴォルフガングはぱっと顔を上げた。
 嬉しそうな表情――甘いものは好きらしい。
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