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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】
暗殺者のサイア。
まあ身動き取れなくする縛り方なのは認めるけれども。
まじまじと見る。
変装時はかつらをしていたのだが、本当の姿は薄い金髪に水色の瞳、厳つい顔立ちの壮年の男であった。
黙ったままこちらに鋭い視線を投げて来るヒゲワシ。私はにっこりと微笑んだ。
「初めまして、レアンドロ王子の命令を受けた暗殺者のサイアさん。私はマリアージュ・ダージリン。聖女と呼ばれている者ですわ」
淑女の礼で挨拶をすると、ヒゲワシ――暗殺者のサイアは驚愕に目を見開いた。
「『何故、俺の名を……』」
エスパーニャ語で呆然と呟くサイア。私に対する害意は無いので近付き、手を伸ばそうとした、その時。
「近付くな!」
サイアがハッとしたように叫ぶ。馬の脚共が反射的にサイアの体を床に押し付けた。
「叫ぶな!」
「マリー様に無礼は許さぬ!」
「ぐっ――聖騎士達よ、俺は『水鳥の脚』を持つ者だ。お綺麗な聖女様が俺に触れば穢れるだろうが、良いのか?」
その台詞を聞いた瞬間、馬の脚共はばっとサイアから離れた。
「何と、呪われた民か」
「マリー様、こやつは賤民、呪われた民! 御身が穢れます、近付いてはなりませぬ!」
「マリー様、いけません!」
馬の脚共だけではなく、サリーナまで止めて来た。
しかし私は首を横に振る。
「カナールの民、よね。暗殺計画も含めて、私は全てを知っていたわ。呪われた民って、誰が決めたのかしら。少なくとも、太陽神ではないことは確かよ」
そもそも、初代聖女が生きた時代、カナールの民は存在しなかったのだから。
カナールの民を作り出したのは、紛れもない人である。
そうきっぱりと断言する私。
そして、透視能力で知り得た呪いの正体を語るべく口を開く。
「エスパーニャ王国のある場所は元々、異民族によって征服された歴史があるわ。
国々の栄枯盛衰を経、他の神を信仰していた人々や流浪の民が山に集落を作っていたのが、平地の太陽神信仰の人々の目には不気味で異質な存在として見えたのでしょうね」
そして、その内――平地で不治の病を患った者や先天性の畸形の赤子を山に捨てることで社会から追い出すようになっていった。勿論姥捨て等も行われた。
捨てられた者達はカナールの民と血を交え、やがて呪われた一族と忌み嫌われるようになった、という経緯である。
日本昔話に語られる、山で出くわす怪異の鬼や山姥等もそうした人達だったのだと思う。
人々が目を背け、恐れるのは後ろめたいからだ。呪い呪いと言うが、その正体は人々の心の闇、罪そのものである。
「人は理解出来ないものを恐れるもの。理解できないからそれを呪いだの何だのと言って集団から追いやって臭いものに蓋をしている。それだけの話よ」
そう言って、私は手を伸ばしてサイアの頭を優しく撫でた。
「なっ……何故俺に触れられる!」
仰け反るサイア。心なしか、その身体が小刻みに震えている。
「サイア、あなたも、カナールの民も呪われていないし穢れてもいないわ。ただ、人々の心の闇や罪を背負わされ、理不尽な扱いをされていただけ……」
本当は、穢れ呪われた民などどこにもいない、というと、サイアの顔が歪んだ。何かを耐え忍ぶように歯を食いしばり、目が潤んでいる。
私は腰を落としてサイアの水色の瞳をじっと見つめた。
「サイア。私が全てを見通しながら貴方の命を助けたのは、その境遇に同情したから。カナールの民の境遇も何とかしたいという気持ちもあるわ。そこで提案があるの。
貴方達一族は、このまま故郷の地に居てもそういう扱いをされ続けるでしょう。レアンドロ王子が根本的解決をしてくれるとも思えない。
もし、私の為に働いてくれるのであれば一族を引き連れ故郷を捨て、ダージリン伯爵領へいらっしゃいな。ちゃんと迎えも寄越すし、土地と仕事は世話をするわ。
必要であれば私自身が祝福を与え普通の人として生きられるようにしてあげる。どう?」
レアンドロ王子への意趣返しと有能な人材の引き抜きも兼ねている。
正直なところ、砂糖製造要員も欲しい。
私の申し出に、サイアは視線を落とした。
「聖女、様……少し、考えさせてくれ、下さい」
結局、サイアは故郷に帰って一族に相談して決めたいと言った。
精神感応を使うと、既にサイアの中では答えは出ている。
私は期間を与え、それを許すことに決めた。
***
それから一ヵ月程後――
「聖女様! どうか、どうか俺の一族を助けて下さい!」
血相を変えてボロボロの姿でやってきたサイアが齎した情報に、我が家は騒然となった。
「疱瘡に罹った者が集落に出たのです! エスパーニャの王や貴族は、カナールの民を皆殺しにして病を広がらぬようにせよ、と――」
「何ですって!?」
――エスパーニャ王国に、疱瘡の病発生。
まじまじと見る。
変装時はかつらをしていたのだが、本当の姿は薄い金髪に水色の瞳、厳つい顔立ちの壮年の男であった。
黙ったままこちらに鋭い視線を投げて来るヒゲワシ。私はにっこりと微笑んだ。
「初めまして、レアンドロ王子の命令を受けた暗殺者のサイアさん。私はマリアージュ・ダージリン。聖女と呼ばれている者ですわ」
淑女の礼で挨拶をすると、ヒゲワシ――暗殺者のサイアは驚愕に目を見開いた。
「『何故、俺の名を……』」
エスパーニャ語で呆然と呟くサイア。私に対する害意は無いので近付き、手を伸ばそうとした、その時。
「近付くな!」
サイアがハッとしたように叫ぶ。馬の脚共が反射的にサイアの体を床に押し付けた。
「叫ぶな!」
「マリー様に無礼は許さぬ!」
「ぐっ――聖騎士達よ、俺は『水鳥の脚』を持つ者だ。お綺麗な聖女様が俺に触れば穢れるだろうが、良いのか?」
その台詞を聞いた瞬間、馬の脚共はばっとサイアから離れた。
「何と、呪われた民か」
「マリー様、こやつは賤民、呪われた民! 御身が穢れます、近付いてはなりませぬ!」
「マリー様、いけません!」
馬の脚共だけではなく、サリーナまで止めて来た。
しかし私は首を横に振る。
「カナールの民、よね。暗殺計画も含めて、私は全てを知っていたわ。呪われた民って、誰が決めたのかしら。少なくとも、太陽神ではないことは確かよ」
そもそも、初代聖女が生きた時代、カナールの民は存在しなかったのだから。
カナールの民を作り出したのは、紛れもない人である。
そうきっぱりと断言する私。
そして、透視能力で知り得た呪いの正体を語るべく口を開く。
「エスパーニャ王国のある場所は元々、異民族によって征服された歴史があるわ。
国々の栄枯盛衰を経、他の神を信仰していた人々や流浪の民が山に集落を作っていたのが、平地の太陽神信仰の人々の目には不気味で異質な存在として見えたのでしょうね」
そして、その内――平地で不治の病を患った者や先天性の畸形の赤子を山に捨てることで社会から追い出すようになっていった。勿論姥捨て等も行われた。
捨てられた者達はカナールの民と血を交え、やがて呪われた一族と忌み嫌われるようになった、という経緯である。
日本昔話に語られる、山で出くわす怪異の鬼や山姥等もそうした人達だったのだと思う。
人々が目を背け、恐れるのは後ろめたいからだ。呪い呪いと言うが、その正体は人々の心の闇、罪そのものである。
「人は理解出来ないものを恐れるもの。理解できないからそれを呪いだの何だのと言って集団から追いやって臭いものに蓋をしている。それだけの話よ」
そう言って、私は手を伸ばしてサイアの頭を優しく撫でた。
「なっ……何故俺に触れられる!」
仰け反るサイア。心なしか、その身体が小刻みに震えている。
「サイア、あなたも、カナールの民も呪われていないし穢れてもいないわ。ただ、人々の心の闇や罪を背負わされ、理不尽な扱いをされていただけ……」
本当は、穢れ呪われた民などどこにもいない、というと、サイアの顔が歪んだ。何かを耐え忍ぶように歯を食いしばり、目が潤んでいる。
私は腰を落としてサイアの水色の瞳をじっと見つめた。
「サイア。私が全てを見通しながら貴方の命を助けたのは、その境遇に同情したから。カナールの民の境遇も何とかしたいという気持ちもあるわ。そこで提案があるの。
貴方達一族は、このまま故郷の地に居てもそういう扱いをされ続けるでしょう。レアンドロ王子が根本的解決をしてくれるとも思えない。
もし、私の為に働いてくれるのであれば一族を引き連れ故郷を捨て、ダージリン伯爵領へいらっしゃいな。ちゃんと迎えも寄越すし、土地と仕事は世話をするわ。
必要であれば私自身が祝福を与え普通の人として生きられるようにしてあげる。どう?」
レアンドロ王子への意趣返しと有能な人材の引き抜きも兼ねている。
正直なところ、砂糖製造要員も欲しい。
私の申し出に、サイアは視線を落とした。
「聖女、様……少し、考えさせてくれ、下さい」
結局、サイアは故郷に帰って一族に相談して決めたいと言った。
精神感応を使うと、既にサイアの中では答えは出ている。
私は期間を与え、それを許すことに決めた。
***
それから一ヵ月程後――
「聖女様! どうか、どうか俺の一族を助けて下さい!」
血相を変えてボロボロの姿でやってきたサイアが齎した情報に、我が家は騒然となった。
「疱瘡に罹った者が集落に出たのです! エスパーニャの王や貴族は、カナールの民を皆殺しにして病を広がらぬようにせよ、と――」
「何ですって!?」
――エスパーニャ王国に、疱瘡の病発生。
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