貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

グレイ・ダージリン(109)

 あの後、僕は速やかにマリーの部屋へ案内され、厳重に警備されることになった。
 ここが一番安全な部屋だから、と。

 「グレイ! 無事で良かったわ」

 部屋に入るなりマリーが抱き着いて来る。僕も彼女の背中に腕を回した。
 まさか僕の命が狙われていたなんて。一歩間違えれば、彼女に二度と会えなくなるところだった。
 ぶるり、と震える。その時、部屋の扉がノックされた。

 入って来たのはサリーナとナーテだった。お茶と軽食を持ってきてくれている。
 「心を落ち着かせる為のお茶を用意して貰ったの」とマリー。
 正直、疲労感が酷いのに漠然とした不安感に苛まれている。今日は眠れないかも知れないと覚悟していたところだったのでその心遣いが嬉しい。

 マリーと二人、お茶を飲む。
 薬草を煎じてあるのか、変わった味のお茶だった。暫くすると不思議なことに強烈な眠気に襲われた。

 「一先ず心と体を落ち着けて休んでいて頂戴ね。私はちょっとやることがあるの」

 ベッドに横になった僕の頭をするりと撫でて、マリーは立ち上がる。
 相手の心を読む能力を持っているマリー。捕らえたあの男の、取り調べに同席するのだろうか?
 僕は必死に眠気に抗った。

 「それは……危ない。僕も、一緒に……」

 「狙われていたのは私ではなくグレイよ。大丈夫、皆も居るから……おやすみ、グレイ」

 それっきり、僕の意識は暗闇に落ちた。
 起きた時にはもう朝で、目の前にはマリーが眠っている。

 悪夢は見なかった。よく眠れたようで、寝覚めはすっきりしている。
 むくりと起きると、自分が寝間着であることに気付く。いつの間にか着替えさせられていたらしい。

 「してやられた……」

 片手で顔半分を覆って呻く。
 多分、暗殺者が居ることは皆分かっていたのだと思う。僕に内緒で動いていたんだろうなぁ。
 知らされていなかったのは僕が頼りないからだろうか?
 夫として妻を守る筈が、逆に守られるなんて何だか情けない。

 僕はもやもやした気持ちを抱えながら、マリーの頬を突いたのだった。


***


 「それで、全部聞かせてくれるよね?」

 朝食後。

 サイモン様も交えて、マリーに話を聞く事になった。
 案の定、僕がエスパーニャの王太子レアンドロに命を狙われていたそうだ。あの暗殺者はレアンドロ王子の手の者だったとか。
 マリーは聖女の能力を駆使して隠密騎士達やアルトガル達に指揮。内に外に曲者を無事取り押さえることが出来たと言う。
 それならそうと教えてくれればいいじゃないか、そんなに頼りない? と文句を言うと、暗殺者を捕らえる為に少しでも疑われたくなかったのよ、と苦笑い。

 「ほら、敵を欺くにはまず味方からっていうじゃない」

 「それでも知らせて欲しかったよ。演技なら自信があるし。今回は仕方ないって思うけど、今度からこういうことがあれば秘密禁止だから!」

 それだけは譲れない。
 断固として告げると、マリーは分かったわ、ごめんなさいと素直に謝った。

 「私も、グレイをよりによって誕生日に狙おうとするなんてって頭に血が上っていたのだと思うわ。一泡吹かせたかったの。頑張ったのよ、私」

 拗ねて肩を落とすマリー。
 すると、それまで黙って控えていた前脚ヨハン後ろ脚シュテファンが口を開く。

 「マリー様の采配は実に素晴らしいものでした」

 「グレイ様、マリー様はグレイ様に心配を掛けまいとして秘密にされたのです。どうか、ご容赦を」

 サリーナとカールも頷いている。
 はぁ……意地っぱりなのは僕だ、と溜息を吐いた。

 「分かってくれたならいい。その……マリーが僕を守ろうと頑張ってくれたのは嬉しかったから。ありがとう、マリー」

 でも次は僕がマリーを守るからね、と言うと、マリーは破願して頷いた。
 そこへ、サイモン様が咳払いをする。

 「まあ、マリーの能力、隠密騎士と傭兵の連携が功を奏したな。良い訓練になったと思う。グレイも実戦経験を多少積めただろう」

 ニヤリと笑ったサイモン様。僕は素直に頷く。

 「はい。しかし土壇場では狙いを外してしまいました」

 あの時は無我夢中で、慌てていたのだと思う。
 もっと場慣れと練習が必要だ。
 しかしサイモン様の評価は違ったようで、僕の方にポンと手を置く。

 「練習を初めて間もないのに、撃つ事が出来ただけでも御の字だ。さて、マリー。暗殺者を逃がして良かったのか?」

 「えっ、逃がしたの!?」

 何故!?
 仰天してマリーを見ると、彼女は神妙な面持ちで頷いた。

 「ええ、実は――」

 彼女の唇から語られたのは、あの暗殺者の来歴――呪われた民カナールの話だった。
 カナールについては僕も知っている。
 世間で彼らは蔑まれ忌み嫌われているが、僕は赤毛で理不尽な想いをする事が多かったし、他国他文化を知っていたから、同情的な感情を抱いていた。
 マリーは暗殺者を殺さず生け捕りにするように命じたのは、カナールの民に同情したからだと言った。
 ダージリン伯爵領で、普通の民として生きる道を暗殺者に提示したのだと言う。

 「――それで、どうなったの?」

 「考えさせてくれ、ですって。心を覗いても嘘偽りが無かったし、本人の気持ちは決まっていたからそのまま帰したわ」

 肩を竦めるマリー。隠密騎士達はそれでよしとしたのだろうか、と思ってちらりと見る。
 視線が合ったカールは、頬を掻いた。

 「まあ、大丈夫でしょう。それに……あー、よく考えれば僕達隠密騎士も、一歩間違えればカナールの民みたいになっていたかも知れないんですよねー」

 「初代様が配下に加え、取り立てて下さったお蔭で今があるのです」

 カールの言葉を引き継いだサリーナに、マリーは驚いたように目を瞠った。

 「まあ、そうなの?」

 「確かに。山の民はトラス王国において異質。言葉も違います故」

 「先祖が初代様にお仕えしていなければ恐らく我らもあ奴のような境遇に陥っていたかも知れませぬ」

 しんみりした様子の前脚ヨハン後ろ脚シュテファン
 僕は「そっか……」と呟いた。

 まあ、隠密騎士達がそう言うなら大丈夫だろう。
 きっと色々裏で対策もしているだろうし。
 そう思った時、マリーが何かを思い出したようにこちらを見た。

 「それはそうと! グレイがピンピンしていると、暗殺失敗だということが知られてカナールの民に害が及ぶ可能性があるわ。なのでグレイには、暫く表向き寝込んでいることにしておいて欲しいの」

 「ちょっと、マリー。僕だって色々忙しいんだけど?」

 突然何を言いだすんだマリー!
 部屋に籠りきりだと仕事が回らないじゃないか。

 「ああ、勿論行動は出来るようにするわ。ナーテ達が変装術得意なんですって。それで別人になりすましましょうってことよ」

 「……えっ!?」

 変装!? 別人になりすます?

 「うふふ。どんな風に変装して貰おうかしら?」

 理解が追い付いていない僕に、マリーは嫌な笑みを浮かべてじりじりと近付いて来る。思わず後退りすると、背後に誰かぶつかった。

 「人を変装させるのは久しぶりです。腕が鳴りますわ」

 後ろを振り向くとナーテが僕の腕をがしっと掴む。
 に、逃げられない!

 「……お手柔らかにお願いします」

 僕は情けない声で覚悟を決めた。
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