貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

グレイ・ダージリン(115)

 「リュサイ女王陛下、以前は大変申し訳ないことを致しました。血縁にありながら、トラス王国の西方を預かる辺境伯という立場上、他国のことに下手に手出しは出来ず……あのような対応しか出来ませなんだ」

 カレル卿が立ち合い、静かに見守る中で設けられた和解の席。
 招きに応じてやってきた先代と今代のラブリアン辺境伯は、女王リュサイに謝罪する。
 部屋の隅に控えながら、騎士ドナルドは思う。
 あの時は逃げることに精一杯で相手の事情を考えていなかった。確かに身内だからと下手に女王リュサイを匿えば、アルビオン王国が攻めて来る可能性もあったのだ。
 海沿いの辺境伯領ではなく内陸の王都へ向かう方が安全だった。
 それは女王リュサイとて同じように感じていたようで、「分かっています」と口にする。

 「王都への道を示して路銀を下さっただけでも有難かったですわ。病に倒れた時はどうなることかと思いましたが、幸い聖女様に救って頂いて……」

 確かに運が良かった、と騎士ドナルドは思う。
 今代ラブリアン辺境伯――女王リュサイの叔父に当たる――が、そうでしょうともと頷く。

 「国ではなく、教会――聖女様が陛下を保護されたことは、僥倖にございました。オディロン陛下としても、他ならぬ神の娘の要請にてリュサイ陛下を客分として遇するという理由付けが出来たとお考えでしょう」

 「王宮には他国の皇族王族の目もございますれば、如何なアルビオン王国とて、妙な動きは出来ますまい。私も今度こそ表立って姪を助けられるというもの」

 先代ラブリアン辺境伯、女王リュサイの母方の祖父が頷きながら指で目尻を拭い、鼻を啜り上げた。

 「感謝致しますわ、叔父様、お爺様」

 「それにしてもリュサイ陛下は姉によく似ていらっしゃる」

 「まるでエレーヌが帰ってきたように感じております」

 懐かし気に目を細め、またしみじみと語る二人に女王リュサイは静かに微笑んだ。

 「宜しければ聞かせて下さいまし、母の話を」

 双方のわだかまりは無事に解け、温かい交流が生まれる結果に終わる。
 ラブリアン辺境伯は、女王リュサイにドレス等滞在に必要なものを贈った。
 トラス王国に居る間は祖父と孫、叔父と姪の立場であり。必要であればラブリアン辺境伯令嬢と名乗っても良いと。
 女王リュサイが喜んだのは言うまでもない。


 女王リュサイが普通の令嬢のように振舞い、またカレル卿と距離を縮めて行くのと比例して。仲間内の不満は募り続ける。
 騎士ドナルドも内心焦っていた。限界が来る前に何とかしなければならない。
 リュサイ女王陛下自身、カレドニア王国をどう思っているのか――聖女の誕生の宴の日、騎士ドナルドはとうとう女王を庭に誘い出し、彼女の胸の内を問いただすこととなった。

 「『単刀直入にお伺いします。陛下は本当は女王などやめて、一令嬢としてカレル卿と共にありたいと願っているのではありませんか?』」

 眼光鋭く女王を見つめる騎士ドナルド。彼女は暫く黙っていたが、やがて溜息を吐いて頷いた。

 「『……ええ、そうよ。私に女王は務まらない――騎士達がそう言っているのも知っています。私は、カレル様が好き。女王の身分も国も何もかも捨てても構わない程に。本当は、普通の貴族令嬢としてカレル様と結ばれたい。けれど、そうなればカレドニアの王位は……』」

 「『カレル卿を王配に、とは考えておられないのですか?』」

 「『そうであれば何と嬉しいことか! けれど、無理。あの方が野心的だったら、とっくの昔にリシィ様に靡いているでしょう。アルビオンの脅威に常に晒されている片田舎の小国の王配よりも、帝国の皇女殿下の方が権力も財力も大きく強いんですものね』」

 自嘲する女王リュサイが、「『ドナルド卿には心労を掛けてしまっていますね』」と続けたその時――視界の隅に、手洗いに立ったのかグレイ猊下と護衛のカール卿の姿が見えた。騎士ドナルドは一つ深呼吸をして女王リュサイを見つめる。

 「『我が女王陛下モ・バウンリ。カレル卿のことは関係なく、もし……トラス王国の辺境伯令嬢として生きる道があるとすれば、なんとなさいます?』」

 騎士ドナルドの真剣な眼差しに、「『そんな道が……?』」と瞠目する女王リュサイ。
 「『……もしも、の話です』」と言うと、女王は困ったように肩を落とした。

 「『もしも、の話。カレル様のことが関係無くとも、もしもそれが許されるならば……でも、やっぱり現実では許されないことです』」

 「『……分かりました』」

 その返事を聞いて、騎士ドナルドは決意する。
 どんな手を使ってでも、自分の命を懸けてでも。カレドニア王国、ひいてはオブライエン王家の血筋を守り抜く。
 女王リュサイが訝し気に眉根を寄せた。

 「『ドナルド卿? 何を考えているのです』」

 「『貴女様が幸せになれる、道を。お気持ちを聞かせて下さり感謝致します。広間へ戻りましょう』」


***


 「――それで、その道が私ということですか」

 騎士ドナルドから一連の話を聞いて、僕は溜息を吐いた。
 女王リュサイがカレル様に懸想して、普通の貴族令嬢に戻りたいという願望を抱いてなければ、彼のやっている事は主君への反逆に他ならない。

 「大体、何故私なんです? 僕の兄、父、祖父も同じ血筋ですよね」

 「初代カレドニア王と同じ髪と瞳、聖女様を伴侶にされていらっしゃる点において、カレドニアの民が納得するからです」

 「それって、アレマニアの寛容派貴族と言ってること変わらないって理解しています? 私もマリーも、静かな暮らしを望んでいます。皇帝選挙に担ぎ上げられるのも煩わしいって思っているのですが」

 貴方も見たでしょう? とうんざりしたように言うと、彼は唇を噛んだ。

 「……こちらの身勝手な願いだとは存じております。しかし、カレドニアには強い王が必要なのです! 聖女マリアージュ様の夫であり、初代カレドニア王の再来の如きグレイ様を君主に頂くことが出来たならば!」

 騎士ドナルドは部屋の中が熱くなる錯覚を覚える程熱心に言い募る。
 だけどそれは甘い考えだ――僕は首を横に振った。

 「仮に私がそれを承諾したとしても、これまでリュサイ女王陛下に忠誠を誓って来た方々は納得しないでしょう。摂政をされているというオーエン伯は? それに、アルビオン王国寄りの貴族も居るんですよね。教会を排除したアルビオン王国に聖女の威光は通用しないでしょう」

 「それは……仮に彼ら全てが敵に回ったとて、お味方はそれ以上に集まるでしょう! 猊下が正当なカレドニア王だとかの印章と共に明らかにすれば!」

 「カレドニアの地を踏んだ事も、カレドニアの言葉を一言も喋れない私でも?」

 少なくともそんな奴――幾ら血筋がどうのと言ったって、僕だったら認めない。
 静かに返せば、騎士ドナルドはうっと口籠る。

 「まず、間違いなく内乱が起こります。いえ、アルビオン王国が攻めて来るでしょうね。言っておきますが、リュサイ女王陛下の王配にカレル様がなったとしても、反発は免れず同じような結果を齎すでしょう。今のカレドニア王国に、それに打ち勝つだけの兵力はありますか?」

 しばし、僕と彼は見つめ合う。いいえ、と小さく呟いて先に目を逸らしたのは騎士ドナルドの方だった。
 確かに古の王家の血が祖国へ戻る、というのは魅力的だろう。英雄譚た物語としては面白いと思う。だけど、現実にそれは無理があり過ぎた。
 もうこれ以上話すことは無い。「今の話、聞かなかったことにします」と僕は部屋を出るべく踵を返す。
 扉を出る瞬間、「それでも、私は諦めません……」と小さな声が追いかけて来た。

 まあ、奇跡でも起こらない限り無理があり過ぎる話だ。好きにするがいいさ。
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