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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】
ラグジュアリーな大司教とほんのり苦い思い出。
「……という感じでしたわ」
関所を出た後、数日。
領軍を率いて護衛に駆けつけてくれた現辺境伯、アンドレイ・ラブリアンに説明を終えると、彼は深い深い息を吐いて頭を下げた。
「はぁ……聖女様には重ね重ね、ご迷惑をお掛けして大変申し訳ございませんでした。まさか父の通行許可の手紙が功を奏さなかったとは……」
「お忍びでいらしたとはいえ、聖女様やグレイ猊下に無礼を働くとは何という事。元々あまり良い噂を聞かぬ人物でございましたが……」
そう気遣わし気に言ったのラブリアン辺境伯領で教区を統括する大司教ルネ・ヴィトン……一字違いだが、そこはかとなくラグジュアリーな響きの名前である。前世、下僕に財布を貰ったが精巧なパチモンだと判明し――「お前は所詮美豚になれない、微(妙な)豚止まりだよ! と罵って鞭打った――そんなほんのり苦い思い出。
そんなヴィトン大司教は、辺境伯からマンデーズ教会で起こっていることを聞いて、物資だの何だのと何かと世話を焼いてくれていたらしい。わざわざマンデーズ教会に出向き、「教区の長として、聖女様のご命令で動いている司祭ファブリスを支援しない訳には行かない」と。気を遣わせてしまったようだ。
まあ……私も最初にヴィトン大司教に話を通すべきだったと少し反省し、急ぎで先走ったことは謝罪しておいたが。
「関所を過ぎれば効果覿面でしたわ。恐らく関所だけが特殊な環境だったのでしょう」
女王リュサイが叔父を慰めるように言う。確かに、お忍びで急ぎではあるがそれなりの規模の一団なので、時折身分証明を求められたが――手紙は関所が何だったのかと思う位印籠の役割を果たしてくれたのである。
「そんなに気に病まれないで下さいまし。結果的に旗信号は間に合いましたし。その代わりと言っては何ですが、関所破りや領内での窃盗の件……カナールの民達が生きて逃れる為に、已む無くしでかした罪なのです。どうか許して頂けないでしょうか。勿論こちらで被害に対する相応の補償を致しますわ」
そっちの不始末は見なかったことにするから、という駆け引きだが、こうした方が辺境伯も気が楽になるだろう。
「勿論です、聖女様」
案の定、どこかホッとしたような表情になる辺境伯。
まあ、魚心に水心。結果オーライである。
同じく私を迎えに来たサイア、金角羊のアルトゥル、影熊のディートフリートの三人は、少し離れた場所で自分たちの仕出かしたことで私達に迷惑がかかったことを知って身を縮こませていた。馬の脚共が已む無いことであったとはいえ他の方法は取れなかったのかと説教をしている。
そんな光景を横目に、私はサイアの記憶を読んで(主に盗み働きをしたのはサイアだし)、盗難被害に遭った人々を透視してリストを作成して辺境伯に渡した。
請求されたらやり返す――倍返しだ!
……なんていう冗談はさておき、マンデーズ教会である。
ラブリアン辺境伯領の西方、海に近い場所にあるぽつんとその小さな教会は建っていた。
私達一行に既に気付いていたのか、教会の外に立って出迎える修道士達。
その先頭には、透視で見ていたファブリス司祭の姿。
司祭は、感極まったように小刻みに震えていた。
「伺った通りの、黄金の髪に瞳……ほ、本当に聖女様がいらっしゃった!」
「このような小さな教会に……」と何かを堪えるように聖職者の礼を取り深々と頭を垂れるファブリス司祭。他の修道士達もそれに倣う。
私は彼らの方へ歩み寄ると、司祭の手を取る。「顔を上げてください」と微笑んだ。
「ファブリス司祭、そしてマンデーズ教会の修道士の皆様がたに感謝の祝福を。よくぞ神の刻印、私を信じて疱瘡の病に立ち向かって下さいましたね。
太陽神は喜んでおられます。貴方がたの偉業は神の栄光となり、後々まで語り継がれることになるでしょう」
「せ、聖女様……!」
ファブリス司祭は勿論、感極まって涙ぐんでいたり、泣いている人もいるあたり。全員疱瘡患者の看病で、いつ自分達も発症するか不安で不安で仕方なかったのだろう。
天然痘は、二週間前後の潜伏期を経て発熱する。その数日後には発疹が出現。その発疹が水疱、膿疱へと変化し、やがて瘡蓋となって剥がれ落ちる。瘡蓋が完全に剥がれるまでは感染の可能性があるので要隔離。
不幸中の幸いか、 事前にファブリス司祭達やカナールの民の様子を透視して、疱瘡に罹った者は全員が生き残ったのは分かっていた。瘡蓋は既に剥がれており、幸いなことに痘痕も少しで済んだ。
もうそろそろ普通の生活をしても問題は無い筈である。小舟での移動で体力を温存出来た他、ファブリス司祭に蒸留を教えて作らせた濃縮アルコールでウイルスの不活性化を徹底させたり、患者に栄養のある食事をさせたりしたのが功を奏したのだろう。
何といっても、疱瘡患者を診ても感染しなかったファブリス司祭達やカナールの民という生き証人がいることで、教会関係者は勿論、庶民も神の刻印さえ受けていれば大丈夫、と安心する効果が得られる。
この功績は大きい――私は熱心に分厚い手帳に書き込んでいるエヴァン修道士を振り返った。
「エヴァン修道士、この話は急いで世に広める必要があります」
「はい、王都へ戻り次第この奇跡をすぐにでも人々に発表致しましょう」
重畳。多少の脚色は許す。
私は鷹揚に頷いて、ファブリス司祭に向き直った。
「ファブリス司祭、疱瘡の病は今現在、エスパーニャ王国で広まりつつあります。神の刻印を恐れ、受けようとしない人々が多いのです。カナールの民たちが国境を越えて逃れてきたように、疱瘡の病に罹った人々が逃げて来る可能性は高いでしょう。
そこで、貴方を『刻印の使徒』として司教位に任じます。他の皆様も同じ使徒として司祭位に。
一度、王都へ私と共に来て頂きますが、その後はトラス王国全土を回り。行き届かぬところがなきよう、神の刻印や疫病対策を広めるように努めて下さい」
階段飛びに出世はさせたが、同時に仕事も与える。
ラブリアン辺境伯や聖女である私の身辺に置かず旅に出て貰うことで、他者からのやっかみから守り、納得させることになるだろう。
その後のラブリアン辺境伯領の防疫と疫病対策はヴィトン大司教が責任者となる。
うむ、実に天才的な人事だ。
関所を出た後、数日。
領軍を率いて護衛に駆けつけてくれた現辺境伯、アンドレイ・ラブリアンに説明を終えると、彼は深い深い息を吐いて頭を下げた。
「はぁ……聖女様には重ね重ね、ご迷惑をお掛けして大変申し訳ございませんでした。まさか父の通行許可の手紙が功を奏さなかったとは……」
「お忍びでいらしたとはいえ、聖女様やグレイ猊下に無礼を働くとは何という事。元々あまり良い噂を聞かぬ人物でございましたが……」
そう気遣わし気に言ったのラブリアン辺境伯領で教区を統括する大司教ルネ・ヴィトン……一字違いだが、そこはかとなくラグジュアリーな響きの名前である。前世、下僕に財布を貰ったが精巧なパチモンだと判明し――「お前は所詮美豚になれない、微(妙な)豚止まりだよ! と罵って鞭打った――そんなほんのり苦い思い出。
そんなヴィトン大司教は、辺境伯からマンデーズ教会で起こっていることを聞いて、物資だの何だのと何かと世話を焼いてくれていたらしい。わざわざマンデーズ教会に出向き、「教区の長として、聖女様のご命令で動いている司祭ファブリスを支援しない訳には行かない」と。気を遣わせてしまったようだ。
まあ……私も最初にヴィトン大司教に話を通すべきだったと少し反省し、急ぎで先走ったことは謝罪しておいたが。
「関所を過ぎれば効果覿面でしたわ。恐らく関所だけが特殊な環境だったのでしょう」
女王リュサイが叔父を慰めるように言う。確かに、お忍びで急ぎではあるがそれなりの規模の一団なので、時折身分証明を求められたが――手紙は関所が何だったのかと思う位印籠の役割を果たしてくれたのである。
「そんなに気に病まれないで下さいまし。結果的に旗信号は間に合いましたし。その代わりと言っては何ですが、関所破りや領内での窃盗の件……カナールの民達が生きて逃れる為に、已む無くしでかした罪なのです。どうか許して頂けないでしょうか。勿論こちらで被害に対する相応の補償を致しますわ」
そっちの不始末は見なかったことにするから、という駆け引きだが、こうした方が辺境伯も気が楽になるだろう。
「勿論です、聖女様」
案の定、どこかホッとしたような表情になる辺境伯。
まあ、魚心に水心。結果オーライである。
同じく私を迎えに来たサイア、金角羊のアルトゥル、影熊のディートフリートの三人は、少し離れた場所で自分たちの仕出かしたことで私達に迷惑がかかったことを知って身を縮こませていた。馬の脚共が已む無いことであったとはいえ他の方法は取れなかったのかと説教をしている。
そんな光景を横目に、私はサイアの記憶を読んで(主に盗み働きをしたのはサイアだし)、盗難被害に遭った人々を透視してリストを作成して辺境伯に渡した。
請求されたらやり返す――倍返しだ!
……なんていう冗談はさておき、マンデーズ教会である。
ラブリアン辺境伯領の西方、海に近い場所にあるぽつんとその小さな教会は建っていた。
私達一行に既に気付いていたのか、教会の外に立って出迎える修道士達。
その先頭には、透視で見ていたファブリス司祭の姿。
司祭は、感極まったように小刻みに震えていた。
「伺った通りの、黄金の髪に瞳……ほ、本当に聖女様がいらっしゃった!」
「このような小さな教会に……」と何かを堪えるように聖職者の礼を取り深々と頭を垂れるファブリス司祭。他の修道士達もそれに倣う。
私は彼らの方へ歩み寄ると、司祭の手を取る。「顔を上げてください」と微笑んだ。
「ファブリス司祭、そしてマンデーズ教会の修道士の皆様がたに感謝の祝福を。よくぞ神の刻印、私を信じて疱瘡の病に立ち向かって下さいましたね。
太陽神は喜んでおられます。貴方がたの偉業は神の栄光となり、後々まで語り継がれることになるでしょう」
「せ、聖女様……!」
ファブリス司祭は勿論、感極まって涙ぐんでいたり、泣いている人もいるあたり。全員疱瘡患者の看病で、いつ自分達も発症するか不安で不安で仕方なかったのだろう。
天然痘は、二週間前後の潜伏期を経て発熱する。その数日後には発疹が出現。その発疹が水疱、膿疱へと変化し、やがて瘡蓋となって剥がれ落ちる。瘡蓋が完全に剥がれるまでは感染の可能性があるので要隔離。
不幸中の幸いか、 事前にファブリス司祭達やカナールの民の様子を透視して、疱瘡に罹った者は全員が生き残ったのは分かっていた。瘡蓋は既に剥がれており、幸いなことに痘痕も少しで済んだ。
もうそろそろ普通の生活をしても問題は無い筈である。小舟での移動で体力を温存出来た他、ファブリス司祭に蒸留を教えて作らせた濃縮アルコールでウイルスの不活性化を徹底させたり、患者に栄養のある食事をさせたりしたのが功を奏したのだろう。
何といっても、疱瘡患者を診ても感染しなかったファブリス司祭達やカナールの民という生き証人がいることで、教会関係者は勿論、庶民も神の刻印さえ受けていれば大丈夫、と安心する効果が得られる。
この功績は大きい――私は熱心に分厚い手帳に書き込んでいるエヴァン修道士を振り返った。
「エヴァン修道士、この話は急いで世に広める必要があります」
「はい、王都へ戻り次第この奇跡をすぐにでも人々に発表致しましょう」
重畳。多少の脚色は許す。
私は鷹揚に頷いて、ファブリス司祭に向き直った。
「ファブリス司祭、疱瘡の病は今現在、エスパーニャ王国で広まりつつあります。神の刻印を恐れ、受けようとしない人々が多いのです。カナールの民たちが国境を越えて逃れてきたように、疱瘡の病に罹った人々が逃げて来る可能性は高いでしょう。
そこで、貴方を『刻印の使徒』として司教位に任じます。他の皆様も同じ使徒として司祭位に。
一度、王都へ私と共に来て頂きますが、その後はトラス王国全土を回り。行き届かぬところがなきよう、神の刻印や疫病対策を広めるように努めて下さい」
階段飛びに出世はさせたが、同時に仕事も与える。
ラブリアン辺境伯や聖女である私の身辺に置かず旅に出て貰うことで、他者からのやっかみから守り、納得させることになるだろう。
その後のラブリアン辺境伯領の防疫と疫病対策はヴィトン大司教が責任者となる。
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