貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【1】

グレイ・ダージリン(129)

 「カーフィよ。私にも温情がない訳ではない。二つの道を提示しよう」

 苦労の末ようやっと娶った自分の妻フレールが、まさか聖女様を魔女と罵った挙句殺害教唆をしでかすとは。
 新婚生活は上手く言っていると思っていた。フレールは自分に大人しく体を許したし、そのうち子供が出来て時が経てば情に絆されてくれるだろうと。
 それなのに、彼女は何時の間にか屋敷を出て行ってしまっていた。使用人から旅支度をしていたとは聞き、息抜きに数日程度の旅行へ行ったのかも知れないと思っていたカーフィ。しかし待てど暮らせど妻は戻って来ない。慌てて方々捜索をしたが――それが 何故こうなったのか。
 同じ伯爵家であれど、明らかに格上であるサイモン・キャンディ伯爵は、全てを捨ててフレールを追うか、罪を減じる程の功を立ててフレールを取り戻すかを選べと言う。表向き行方不明ということにして、フレールには貴族籍剥奪と国外追放という厳しい処分が下されてしまった。

 フレールを救う算段を考えて悶々と過ごして幾日か経過した後――カーフィの元に釈放されたフレールは神聖アレマニア帝国にいるのだという情報が入って来た。
 頼る者も居ない土地で、さぞかし辛い思いをしていることだろう。
 居ても立っても居られなくなったカーフィは、娘が罪人になったことで憔悴している舅――先代リプトン伯爵を呼び出した。そしてキャンディ伯爵に告げられた条件を伝え、自分はフレールを取り戻すつもりだ、と告げる。

 一先ず神聖アレマニア帝国へ行って、フレールと会うことに決めた。キャンディ伯爵には旅行を禁じられていないので、会いに行くぐらいは構わないだろう。何せ彼女には、異国の地で頼る者もいないのだから。

 舅の瞳に僅かな光が灯る。涙ぐみながらこれまで蔑んだ態度を取ったことを詫び、娘のことで苦労をかけると頭を下げる先代リプトン伯爵。カーフィも込み上げて来るものに目頭を熱くしながら、不在時の領政を頼んで旅立った。

 神聖アレマニア帝国に辿り着き、少なくない金子を費やして何とかアーダム皇子と面会にこぎつける。フレールの事について訊ねると、正しくアーダム皇子が保護しているとのことだった。

 「カーフィ。貴方、何故……」

 呼ばれて来たフレールは、カーフィの姿を見るなり驚いたように絶句している。
 
 「夫が妻に会いに来るのに理由が要らないだろう、フレール……」

 優しく穏やかな言葉に、フレールは下唇を噛んだ。

 「私はもう、トラス王国では大罪人……身分も何もかも失いましたわ。私と貴方の婚姻関係など、もうとっくになくなっているとばかり」

 カーフィは首を横に振る。「キャンディ伯爵家からフレールによく似た女性を妻にと紹介されたけれど、全てお断りした。私が愛したのはフレール只一人なのだから」

 その言葉に、フレールは頬を紅潮させて俯いた。

 「……っ! 私は貴方を愛してなんていませんわ! もう貴族でもなく財も無いというのに、馬鹿じゃありませんの!?」

 愛してなんていない、という言葉に今更のように傷つきながらも、カーフィは自嘲する。

 「ああ、馬鹿かも知れないな。そんなお前を愛する私は」

 ――フレール様、そのような者に近付いてはなりません!
 ――でも、怪我していて可哀想よばあや。お腹が空いてるの? なら、フレールのお菓子あげる。

 カーフィの胸の中に燻る、小さな光の思い出が去来する。

 ――痛いの痛いの飛んでいけ! これで大丈夫よ!

 そう言って微笑んだかつての少女は欠片も覚えていなかったけれど――薄汚い世界に生きて来たカーフィにとって、それは生きる寄す処よすがであった。
 縋るように見つめるカーフィに、フレールはくしゃりを顔を歪めた。

 「……それだけのことを言いに来ましたの?」

 「お前が異国の地で不便を感じているのでは、と思うたのだ。せめて金子を渡しに来たのだ。それ以上に――会いたかった、フレール」

 「……」

 フレールは黙っていた。
 何を企んでいるのか――そう思っているのが如実に伝わって来て、カーフィは僅かに苦笑する。確かにフレールから見れば自分は地位と金に固執する俗物だ。それが何故ここまでするのかと疑っているのだろう。

 「フレール、私がフレールの罪を減じるだけの功績を立てれば、フレールを迎えに行っても良いと言われている。だから――」

 「私は会いたくありませんでしたわ。こちらのアーダム皇子殿下は、私の身の上に責任を感じて下さって、結婚相手を探す手伝いをして下さっておりますの。大司教様方にも、良くして頂いておりますわ! 心配して頂くことなど一つもありませんの!」

 「何故だ、フレール? 舅殿もフレールのことを心配している、変な意地を張らずに共に帰ろう」

 流石に父親のことには申し訳ないと思っているのか、フレールの瞳が潤む。
 泣きそうになるのを堪えるように、フレールは首を横にぶるりと振ると、今度は柳眉を逆立てた。

 「私は! この神聖アレマニア帝国で素敵な方と結婚して幸せになりますの! 貴方よりもずっとずっと素敵な方と! ――もう私のことは離縁した者として、忘れて放っておいて下さらない?」

 「フレール……」

 「もう話すなどありませんわっ! 貴方もさっさとトラス王国へ帰って別の方と結婚なされば宜しいのよ!」

 フレールは叫ぶだけ叫ぶと憤然と部屋を出て行く。それを追おうとするカーフィだが、太い腕の制止が入った。

 「待て。一人で泣かせてやるのも男の甲斐性、追わないでやって貰えまいか」

 それまで黙って成り行きを見ていたアーダム皇子だった。
 カーフィの視線に、皇子は獅子の如く不敵な笑みを浮かべる。

 「すまないな、リプトン卿。フレール嬢の事に関してはここまでだ。それよりも、話がある」
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