貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】

皇女エリーザベトの心痛。

 「何ですって!? 今、何と言ったのですヴィルバッハ!」

 「かような事、冗談では済まされませんわよ!?」

 「ですから、アブラーモ大司教が教皇を僭称し、聖地へ謀反を起こしたのです。これは大事件ですぞ!」

 神聖アレマニア帝国における教皇僭称事件は、トゥラントゥール宮殿に滞在中の皇女エリーザベトの耳にも入っていた。
 雷に打たれたような衝撃を受けて愕然とするエリーザベトや侍女ヘルミーネとは裏腹に、ヴィルバッハ辺境伯は興奮気味である。

 これで政情ががらりと変わった。もはや皇帝選挙どころではない。
 恐らく偽教皇は次の一手として不寛容派の貴族を選帝侯に任じることだろう。寛容派の選帝侯位を無理やり剥奪するかも知れない。
 いずれにせよ、不寛容派が先走ってくれたお陰で寛容派に大義名分が出来た。皇帝は今の所沈黙を守っているが、それはアブラーモ大司教を教皇として認めたようなものだ。

 ヴィルバッハ辺境伯がズィクセン公爵から受け取った火急の手紙には、エトムント枢機卿や豪商アントン・ヴァッガーと相談した結果、寛容派は神の刻印を進めつつ中央を離れ守りを固める方針を取る事に決まったとあった。
 そう見せかけた裏で不寛容派の分裂を促しその足元を崩して行く。疱瘡の病がアレマニアに入ってくれば、不寛容派は一気に自滅する――来るべき好機まで力を蓄え、剣を磨いておくのだ。

 その好機を想像するだに血が騒ぐヴィルバッハ辺境伯。しかしそれを現実に引き戻したのは皇女エリーザベトの叫びだった。

 「父皇様、アーダム兄上様は何をなさっているのです! 兄上様や大司教様達を解放するのに私がどれだけ心を削ったことか。それなのに!」

 「陛下は一体何をお考えなのでしょう。リシィ様、おいたわしや……」

 大司教含む兄達の所業を本人達に代わって頭を下げ、必死に詫びた。それなのにアブラーモ大司教はエリーザベトの顔に泥を塗り、踏みにじったのだ。
 怒りに打ち震える皇女、侍女ヘルミーネがそれを慰めている。ヴィルバッハ辺境伯は咳払いをした。

 「陛下もアーダム殿下も、教皇僭称を黙認されたということでしょうな」

 「何と愚かなことを……!」

 父皇は自分に聖女に取り入れと命じたのではなかったか。こうなってはもう、その命令も意味を成さない。

 「それで、エリーザベト殿下は如何なさいますか? 今の皇宮は、不寛容派達に占拠されたも同然の状況のようですが」

 「……私は、戻りませんわ」

 今の皇宮は危険だと心が警鐘を慣らしている。
 皇女エリーザベトの宣言に、ヴィルバッハ辺境伯も「それが宜しかろうと存じますな」と頷いた。

 「刻印を受けられている以上、殿下はこちら側だと思われるでしょうから。しかし私めは領地が心配ですし、一旦戻ることと致しましょうぞ」

 ヴィルバッハ辺境伯が辞して部屋を出て行った後、エリーザベトはソファに倒れ込んだ。
 どっと体に押し寄せる疲労感。

 「……ヘルミーネ、お茶を淹れて頂戴」

 「はい、只今」

 準備をするべく慌てて部屋を出て行く侍女ヘルミーネ。
 一人になったエリーザベトは大変なことになった、と溜息を吐く。教皇僭称の件は聖女様の耳にも入っている事だろう。

 侍女ヘルミーネが戻って来て、お茶と菓子で疲れを癒している所に扉がノックされた。ヘルミーネが誰何する。ヴィルバッハ辺境伯が戻って来たのだろうか?

 「リシィ様、陛下からお手紙が!」

 父皇様から?

 差し出されたそれを震える手で受け取り封を切る。
 その中身を読み終わったエリーザベトの手から、乾いた音を立てて数枚の便箋が床に滑り落ちた。
 尋常ではないエリーザベトの様子に、それらを拾い集めながら素早く目を通すヘルミーネ。

 「な……このような! 陛下のなさりようはあんまりではありませんか!」

 そこに記されてあった内容。
 それは情勢の変化により諸事情を鑑みた結果、皇女エリーザベトを東北の雄――雪と氷の大帝国ルーシの皇太子に嫁がせる事が決まった、というものだった。かくなる上は一刻も早くアレマニアに戻るように、との命令である。
 逆らえば、エリーザベトは反逆者となるだろう。

 エリーザベトは天を仰ぎ瞼を閉じる。その裏に映った人物の名を、神に縋るように呟いた。

 ――カレル様。
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