貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】

メイソンてんてー(笑)。

 教室となっている部屋は、隣の部屋から覗けるらしい。
 そのような構造になっているのは、試験の不正を見張ったりする為なのだそう。
 そっと隣の部屋に入り、べリーチェ修道女が無言で示した穴を覗くと丁度黒板が正面に見えた。

 「『アリスが市場でリンゴを42個買いました。途中、お腹を空かせたエンゾに6個あげました』――ニナ、答えは?」

 当てられたニナという天使のような愛らしい幼女は、くりくりした目を落ち着かなさげに動かしながら、頬を真っ赤に染めて考え込み始める。算数はあまり得意ではないらしい。

 「え、えーっと、うーんと……わかんない」

 「答えは34個だ。42引く6、昨日教えた引き算を使うんだぞ」

 メイソンが答えを言うと、ニナは尊崇の眼差しを向けた。

 「メイソン先生すごーい!」

 いや、その計算間違ってるから!
 正しい答え36個だから!

 内心で突っ込む私。
 グレイが頭痛を堪えるようにこめかみを押さえる。
 べリーチェ修道女がアルカイックスマイルになっていた。目だけが笑っていなくて非常に怖い。

 「ふふん、私程の者となればこれしきの問題はお茶の子さいさい! お前もしっかり私に学んで精進するがいい」

 「はーい!」

 ふふん、と得意気なメイソン。鼻柱がピノッキオのように長くなっている幻影が見える。
 おうおう、随分と偉くなったもんだなぁ、メイソン風情が。
 ニナが着席した後、一人の子が元気よく手を挙げた。

 「はい! メイソン先生、それ36個の間違いだよ?」

 指摘されたメイソンは「何だと!?」と声を上げ、黒板に向かって小さく筆算を始める。

 暫くの後。

 「…………ふっ、良くぞ気付いたなアーテュール。私はわざと間違ったのだ。お前達が気付くかどうか試す為にな」

 ……今、「何だと!?」と言ったよなお前。
 グレイが呆れたように「苦しい言い訳だよね……」と呻いた。
 べリーチェ修道女は無言だが、体感温度が何度か下がっているのは多分気のせいじゃない。

 凍り付く私達を他所に、授業は進んで行く。一人の男の子が立ち上がっって黒板を指差した。

 「メイソンてんてー、『算数』の綴りスペル間違ってるよー? そこはLじゃなくてRだよー」

 ぷっ、確かに間違ってる。
 しかし今度は先程のように動揺を見せないメイソン。

 「洟垂はなたれリュカ。お前も良くぞ気付いた。これも試していたのだ」

 どうも間違いを指摘される度、この設定を貫くらしい。
 リュカはえへへと得意気に笑いながら鼻をすすって着席する。他の子ども達がリュカと呼ばれた子を褒めたたえ始めた。
 そんな子供達に尊大に頷きながら授業を再開するメイソン。
 『算数』という単語を普段から書き慣れていないから間違えたんだろうな、多分。

 教室全体を見渡すと、教えている子供達は6、7歳位だろうか。日本で言うなら小学校一年生である。
 そんな小さな子供達にマウント取って偉ぶっているメイソンって……。

 どうしよう……ぶん殴りてぇ。

 べリーチェ修道女は「メイソン修道士には子供達に教える前にしっかり勉強させたつもりだったのですが……この分だとまだ怪しい所があるようですわね」と温度の無い目で微笑んでいる。

 「後でみっちり復習を命じましょう」

 うん、それが良いな。一単語につき最低100回だ。

 その後も子供達はメイソンてんてー(笑)の間違いをちょくちょく正し続けた。メイソンが教えている割には出来が良いなと思っていたら、べリーチェ修道女曰く「別の者も教えているのですわ」だそう。
 成程、だから子供達は利発でメイソンの間違いに良く気付くのだなぁ、と感心する。

 教師は教師でも反面教師。
 教師が駄目な分、子供達の方がしっかりしてくる効果があったのだろう。メイソンェ……。


***


 「「「メイソン先生、ありがとうございましたー!」」」

 子供達が元気に挨拶をする。
 授業が終わったところで、一番後ろの席に座っていたリュカがふとこちら側を振り向いた。ばっちり目が合ってしまう。

 「! ――だ、誰!?」

 リュカの異変に、子供達が集まって来た。
 私達は慌ててのぞき穴から遠ざかる。

 「どうしたのだ?」

 「メイソン先生、あの穴から誰かがこっちを見てたの」

 「何!? 何者――って、聖女様!」

 部屋を出る前に、向こう側から覗いたメイソンに見つかってしまった。
 直ぐに扉を開ける音がして、どたどたと走って来る音が近付く。

 「聖女様ああああ――! 何故私を置いて行かれたのですかあああ――――ぶべっ!?」

 蛙の潰れたような声。
 聖騎士たる馬の脚共が容赦なくメイソンを床に叩き落としたところに、私の振り上げた足がその背中を踏みつけてこうなった。
 足が出たのは涙と鼻水まみれの顔で腰に縋り付こうとしてきたからであり、不可抗力だ。

 「メイソン先生を虐めないで!」

 非難の眼差しで悲痛な声を上げたのはニナだった。
 教室から出て来た他の子達からの視線も一身に浴びることとなった私は慌てて足を退ける。

 「い、虐めているのではないのよこれは!」

 「嘘よ! メイソン先生、大丈夫?」

 気遣わし気なニナの声に、メイソンはゆっくりと身を起こした。

 「ニナ……聖女様の仰っている事は本当だ。これは私の至らなさを正される為に振るわれた、聖女様の愛ある鞭であり、私の至上の喜びでもあるのだから……聖女様、さあ、もっとこのメイソンを踏んで虐めてください……!」

 恍惚とした表情でこちらを見上げるメイソン。
 ちょっと、子供達の目の前ではやめろ。馬の脚共、お前達も「大分仕上がって来たな」等と言うんじゃない!
 グレイは三猿――見ざる・言わざる・聞かざるのスタンスのようで、耳に指を突っ込んで目を閉じている。

 「メイソン先生……?」

 ほら、ニナがドン引きしているではないか。

 と。

 「痛てててっ、何をするべリーチェ修道女!」

 笑顔を崩さぬべリーチェ修道女がメイソンの耳を抓り上げた。痛そう。

 「子供達の前で教育に悪いことを言ってはなりませんよ、メイソン修道士。愛の鞭ならば、後で書き取りや計算問題の復習を幾らでも差し上げましょう。良いですね?」

 「わ、分かった。分かりましたから耳を抓るのは止めて下さいいい!」

 悲鳴を上げるメイソンに、べリーチェ修道女は「素直で宜しい」と耳を離す。そしてこちらを振り向いた。

 「聖女様も、お気を付けくださいね?」

 「そうね、ごめんなさい……」

 私は素直に謝る。
 視界の隅に、ショックを受けたようなニナの肩に、アーテュールがしたり顔で手を置いているのが見えた。

 「ニナ、言ったろ。メイソン先生はどうしようもないヘンタイなんだって。顔は良いのに残念ねって母ちゃんが言ってたもん!」

 「……でも、でも。ニナは将来メイソン先生とケッコンするの! メイソン先生、ニナが幾らでも踏んであげるから、ニナが大きくなったらケッコンしよう?」

 ニナ、そいつだけは止めとけ。いばらの道だ。
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