貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】

人間の能力の可能性と宇宙猫。

 「実に有意義なお話が出来たと感じております。百数十年の昔までは我が領は鉄で大層儲けたそうですが、最近は大砲にしろ大部分が青銅に取って代わられてしまっておりますので……」

 「技術は日々進歩しているものです。これからは鉄が盛り返してくると僕は信じています。私もまた、神のお導きで良い出会いをしたと思っています。これからはお互い共存共栄といきましょう」

 グレイとルードヴィッヒ卿を引き合わせる場を喫茶室で設けたその後――私の目の前ではグレイとルードヴィッヒ卿ががっちり握手をしていた。

 ちらり、と意味ありげな二人からの目配せを受け、私はティーカップを持ち上げて小首を傾げながら微笑み返す。
 最初は戸惑いと少々の難色を示していたが、グレイの巧みな話術と交渉に次第に耳を傾けるようになっていった。
 はっきりとは言わぬまでも、グレイの匂わせでルードヴィッヒ卿は鉄を主役にする技術がこちらにあると確信したことだろうと思う。

 反射炉を作るプロジェクトは既に猿ノ庄を中心に始まっている。
 父の執務室のソファで駄弁りながら小耳に挟んだのだが、耐火煉瓦を焼く為の窯(高温過ぎて耐えられなくなるので焼いたら壊す)を作りつつ、最近では鳥ノ庄の鉱山やその近くを流れる川等を調査して珪砂シリカを多く含む粘土――所謂『白土』を見つけた、と報告が上がっていたっけ。

 耐火煉瓦になり得る別の素材として提示していた『ろう石』もまた見つかったという。
 リゾート開発を進めている温泉地の近くで僅かに掘り出されただけだったが、アルトガル曰くヘルヴェティアで見た事があるとのこと。どれだけ確保出来るかは、ヘルヴェティア側に委託調査中である。

 ちなみに耐火セメントに必要なパーライトの原料の黒曜石は元からまとまった量が採れていたらしいので問題無し。他にも南の海に面している国々でも産出しているらしいからそこまで珍しくはないのだそうだ。火山活動万歳。

 ……とまあ、こんな感じで反射炉の材料である耐火煉瓦を作るのには、知識があってもそれなりの苦労と試行錯誤が避けられない。
 アルトガル達や猿ノ庄の皆には是非とも頑張って欲しいところだ(丸投げ)。


***


 それから小一時間程――玄関に見送りに出た私の前で、馬車に繋がれた馬がブルル、と鼻を鳴らした。
 馬車の窓からはヴェスカルが張り切った笑顔を覗かせている。

 「それでは行って参ります!」

 「ええ、ヴェスカル。あなたのお爺様に色々ご案内して差し上げてね」

 「ルードヴィッヒ卿、修道院長には刻印の旨、先触れは通してあります。体調等問題ありませんか?」

 私とグレイがそう訊ねると、ヴェスカルの向こうからルードヴィッヒ卿が帽子を脱いで頭を下げた。

 「新年の儀に向けて教会もご多忙でしょうに、私の為にご配慮頂いた事に感謝しております、お二方」

 取引成立後、ルードヴィッヒ卿はヴェスカルと共に種痘しにソルツァグマ修道院へ出かけて行った。
 笑顔で手を振りながらそれを見送る私達。

 ――ふう、やれやれだわ。

 馬車の影が小さくなったところで肩をこきこきと鳴らして踵を返す。グレイも大きく伸びをしていた。

 「僕、睡眠が足りてないから部屋へ戻るね」

 「分かったわ。お疲れ様」

 あくびをしながらナーテを引き連れて歩いて行くグレイ。
 さて私はどうするか。疲れているが別段眠たくはない。
 本当はこれから女王リュサイのことやエスパーニャの銀行担当者のこと等の懸念事項を片付けて行かなければいけないのだが、今すぐは嫌だなぁ。

 「何だか昼まで中途半端に時間が出来てしまったわね。乗馬するには少し足りないから、釣りがてら愚民共に施しに行く事にしようかしら」

 ちらり、と隣に佇むサリーナを見る。

 「分かりました。釣りの準備もありますし、一旦庭に出られる場所へ向かいましょう」

 確かに、とそのまま何も考えずいつもの場所へ向かうと。

 「マリー様、準備は出来ております!」

 「ささ、参りましょう!」

 目の前では馬の脚共が先回りして釣り道具一式を持ってスタンバイしていたのである。

 「……サリーナ、まさか精神感応を使えたの?」

 驚いて振り向くと、くすくすと笑うサリーナ。

 「うふふ、まさか。でも似たような事ならできますわ」

 「前脚、後ろ脚、お前達もか!?」

 「窓から口の動きにて伝言頂きました!」

 「隠密騎士ならば教養のようなものにございます故」

 「あっ、そうか!」

 隠密騎士の里での事を思い出す。彼らは口パク……所謂読唇術を使えたんだった。
 声を上げた私に、サリーナはおやという表情になった。

 「まあ、マリー様は読唇術のことご存知だったのですね」

 「ごめんなさい……実は獅子ノ庄で聖女の力を使って知ったの。ほら、覚えてる? サリーナとハンス卿が口だけを動かしていた時の事。あの時に、ね」

 何だか気まずい気持ちで謝る私。そうだったんですね、と納得したものの、サリーナは再び首を傾げた。

 「でも、ご存知だったのなら何故驚かれたのですか?」

 「そうそう、それよ! サリーナ、あの時私からも窓の外見えていたけど、近くに馬の脚共居たっけ?」

 そう訊ねると、「居りましたわ」と頷く。どれだけ離れていたのか具体例を示して貰ったのだが……窓の死角に居たという私の予想に反して、サリーナが提示した「ここからあそこの木位でしょうか」という距離は、どう見ても口の動きが判別出来るようなものではなかった。
 目算、二十メートル位だろうか。私は口をあんぐりするばかりである。

 「嘘でしょ?」

 「彼らにもお尋ねになれば分かりますわ。では、私は鳥の餌を取りに行って参ります」と肩を竦めた後歩いて行くサリーナ。
 私はばっと馬の脚共を振り向いた。

 「サリーナの申した事は本当です!」

 「我らは山育ちの中でもかなり目が良いと自負しておりますので!」

 私と目があった瞬間口々に主張する彼ら。

 ほう……そこまで言うならどれだけ目が良いのか試してみようじゃないか。
 俄然興味が湧いた私は、池への道すがら馬の脚共を色々テストしてみた。

 結論……アフリカ狩猟部族並だった。

 馬の脚共こいつら、二十メートルは離れた場所に立っている人間が掌に乗せたどんぐり数えられるんだぜ(震え声)? そりゃあ、あれだけ離れていてもサリーナの口元の動き位軽く読めるわな。

 人間の能力の可能性の凄まじさに、思考放棄して猫化した意識が宇宙まで飛んでいきそうになる。
 こいつらはどんな環境でも平気で生きていけるに違いない。

 私が内心慄いていると。

 「あれは……」

 後ろ脚シュテファンが何かに気付いた。「どうした?」と前脚ヨハンもそちらを向く。

 「マリー様、あちらのテラスをご覧下さい。カレドニアの女王陛下とドナルド卿です」

 「一体何を話そうというのか……探って参りましょうか?」

 建物から目を離さぬまま、険しい表情で問いかける前脚ヨハン
 テラス、テラス……ああ、あれか。他に人も居ないのできっとあそこだろう、が……。

 「お前達……」

 お前達と違って、私には米粒のような姿しか見えないんだが?
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