貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】

グレイ・ダージリン(157)

 仕掛けるなら、ここかも知れない。

 「お気持ちは分かります。しかし、偽教皇が立ち、疱瘡の流行も起きるとなれば、先々の事を考えて少しでも金銭を貯めておいた方が良いと思いますよ」

 「それは、そうですが……」

 僕は「失礼、」と上着を脱ぎ、袖を捲った。
 露わになるそれ。

 「もうご覧になったでしょうか? これは神の刻印です。これがあれば疱瘡の病には罹りません」

 僕はカナールの民の話をした。『神の刻印があれば、疱瘡の病に罹らない』という事を証明した聖職者達が既に居るのだと。

 「ヴェスカル殿下は既に受けられました。ヴェスカル殿下への援助よりも先に、これを卿にも受けて頂くと共に密かにアレマニア南部で広めて欲しいのです。偽教皇が広めようとしている薬は疱瘡には一切効かないのですから」

 「……そ、それは」

 「中央の目を掻い潜って、それを進める――費用はそれなりに多く掛かるでしょう。中央に知られれば、下手をすれば戦いに発展するかも知れません。
 しかし偽教皇に従い続け、何の手も打たなければ苦しむのは民達なのです。疱瘡の蔓延した領地にどれ程の価値があるのでしょうか? そこまで来ると、ルハウゼン子爵家の財では流石に厳しいですよね」

 「認めたくありませんが……そうなるでしょうな」

 「そこで、ルハウゼン子爵領では鉄鉱石の採掘と加工が盛んだそうですが、その鉄鉱石を私――キーマン商会に売って頂く事は可能でしょうか? 勿論、ヴェスカル殿下の生活費も、鉄鉱石払いで構いませんよ」

 にこやかな僕の申し出に、先代ルハウゼン子爵は戸惑いと疑念の入り混じったような表情を浮かべた。

 「それは……息子と話をする必要がありますが、可能ではありますが。しかし、何故鉄鉱石を? それとも同情なのですか?」

 「いえ、勿論同情では無く。私の実利と卿の領地の安寧が両立する良い方法だと思ったのです。
 私は領地を賜って間もない身、安価で加工のしやすい鉄を多く欲しているのですよ。幾らでも、売れるだけ売って欲しいものですね」

 「話がどうも旨すぎますな……銅鉱なら兎も角、鉄鉱石でそこまで利益が出るものですか」

 鋭い目で見詰められ――しまった、と内心僕は苦笑いを浮かべる。
 幾らでも、売れるだけ売って欲しいと口走ってしまったのが不味かった。

 「利益というか、今や信仰の民となった元カナールの民を迎え入れなければなりませんし、開墾に必要な農具や馬の蹄鉄は勿論、釘などの小さい物に至るまで――幾らあっても困るものではありません。
 そうそう、名高い鍛鉄技術で作られた錠前は素晴らしいと聞き及んでいます。今、私達の住む屋敷を建てているのですが、その錠前を使いたいと思っておりまして」

 慌ててそれらしい理由を並べ立てる。
 しかし、やっぱりというか――先代ルハウゼン子爵はそれで納得してはくれなかったようだ。
 紅茶を口に含み、暫し黙った後――不意に窓の方に視線を向ける。

 「建設途中のその屋敷には……見せたいものがある、とヴェスカルに案内して貰いました。『蒸気機関車』なる馬無しで走るというカラクリを拝見致しましてな」

 「……」

 「そのカラクリの大きいものが出来たら一緒に乗せて貰おう、と孫は申しておりました。
 それが我が領で産出した鉄で作れれば嬉しいのですが、哀しいかな、鉄は錆び易いもの。鍛鉄技術は錠前のような小さなものならば兎も角、巨大なカラクリに使うのは難しい。普通は大砲と同じ青銅――『砲金』を使おうと考える筈ですな」

 流石年の功、鉄鉱石の使い道がバレてしまったようだ。
 内心がっくりとしながらも「そうですね」と同意する僕。
 窓からこちらに視線を戻した先代ルハウゼン子爵は、静かな表情をしていた。そこから察するに、鉄鉱石を売ってくれない訳ではない……?

 ただ、マリーの齎した鉄鋳造技術は実現可能だという事が分かっているだけで、実質まだ実験段階にある。
 下手な事は言えないんだよなぁ。

 僕は苦笑いを禁じ得ない。

 「『蒸気機関車』をご覧になったのですか。試験的に作られた小さなものですが、あれは最近生まれた革新的な技術です。
 実用に至るまでにはそう遠くないものの、しばし時を要します。殿下との約束を果たす為にも、卿には長生きして頂きたいものですが――実用になった暁には、世界に革命が起こるでしょう」

 そうなれば、鉄の時代が再び訪れる。
 マリー曰く「そうなったら鉄の値段が上がるから、今の内に確保しておくのよ」だと。

 「革新的な技術があれば、鉄の弱点を補えるかも知れませんな」

 「確証を持てませんが、技術は日々進歩しています。これは私の推測ですが、そう遠くない未来に鉄の大砲が主流に返り咲く――そう言う事もあるかも知れません」

 先代ルハウゼン子爵はその言葉に込められた意味を正確に読み取ったのだろう、しっかり僕に目を合わせて頷いた。

 「もし、鉄が青銅よりも便利になれば……寧ろこちらからお願いしたい位です。領地に帰って息子と話してみましょう」

 「ありがとうございます、良いお返事をお待ちしております」

 話が纏まったところで、先代ルハウゼン子爵は紅茶を一気に飲み干した。表情がどことなく柔らかい。

 「実に有意義なお話が出来たと感じております」

 大砲の原料が青銅――銅や錫に取って代わられる百数十年前までは、ルハウゼン子爵領はそれなりに潤っていたらしい。しかし今では鉄の値段は昔と比べて下落しており、建築や日用品を作って売るだけの収入だという。

 それが進歩した技術で元の栄光を取り戻せるとしたら。

 仮にヴェスカルの事が無くとも、彼は僕達につく事を決めただろう。

 僕は先代ルハウゼン子爵に手を差し出した。
 ルハウゼン子爵領で採れた鉄を使った『蒸気機関車』に、祖父と孫で乗れる日が一日でも早く来ることを願いながら。

 「技術は日々進歩しているものです。これからは鉄が盛り返してくると僕は信じています。私もまた、神のお導きで良い出会いをしたと思っています。これからはお互い共存共栄といきましょう」

 「孫共々、今後とも宜しくお願い申し上げます」

 これで良いかな、とマリーをちらりと見ると、彼女はティーカップを持ち上げて微笑みを返した。
 どうやら合格点を貰えたようだ。
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