貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】

グレイ・ダージリン(159)

 「入っても宜しいでしょうか?」

 その声は、リュサイにつけられた侍女の一人だった。
 聖女様や皇女エリーザベトでなかった事にリュサイは内心ホッとする。
 元はキャンディ伯爵夫人付きだと聞いている、細かな事に気が付き、主人の意を汲む事に長けた熟練の侍女だ。
 室内に控えていた年若い侍女がこちらを窺い見て来たので頷くと、扉が開けられる。
 侍女はカートを引いて入室してくると、優雅に完璧な所作で一礼をした。

 「失礼致します。少しでもお気持ちが解れるよう、お茶をお淹れしても宜しいでしょうか?」

 確かにお茶を飲めば多少は頭がスッキリするだろう。
 リュサイは僅かに微笑んで頷いた。

 「……お気遣い、ありがとう。頂きましょう」

 年若い侍女も手伝って、香り高い紅茶が淹れられていく。
 リュサイの目の前にティーカップが置かれ、その後騎士達に渡される、その時だった。

 「きゃっ」

 ガチャリ! と陶器がぶつかる音。

 「熱ッ! 何をする!?」

 「ごめんなさぁい! 手が滑ってぇ!」

 騎士ドナルドにティーカップを渡そうとした年若い侍女が態勢を崩し、熱い紅茶を引っ掛けてしまったのだ。

 「まあ、大変!」

 熟練の侍女が手早く布巾をドナルドの濡れた場所に当てた。
 引き換え、年若い侍女はおろおろとうろたえていた。まだ仕事に不慣れな上、そそっかしいようで、働き始めた当初から良くこうした失敗を何度もしている。更には頑張れば頑張る程、空回りするようだ。

 しかし、そんな姿が女王として全うできていない自分と重なったリュサイは、勝手にその年若の侍女親近感を抱いていた。
 熟練の侍女はドナルドを拭き終わると、今度は布巾を水で浸して搾り、「応急処置ですが、これで火傷を冷まして下さいまし」と手渡す。それが済むと、年若い侍女の頭を掴んで下げさせた。

 「ドナルド卿、この者の粗相をお許しください! ほら、貴女も謝罪なさい!」

 「も、申し訳ありません……」

 「ここは私が片付けておくわ。ララ、貴女は直ぐ薬箱を持って来なさい! ――本当に、申し訳ございません、ドナルド様」

 平身低頭で謝罪する侍女達に、騎士ドナルドは溜息を吐いた後、顔の前で手を振った。

 「いや、少しかかっただけだから薬箱は不要。不幸中の幸いか、陛下にかからなくて良かったが……その可能性もあった事を忘れないで欲しいものだ。このような事が二度と無いように」

 ――片付けるなら、移動した方が良いわね。

 そう判断したリュサイは、「肩掛けを持って来て頂戴」と声を掛けた。

 「……少し風に当たりたくなりましたの。申し訳ないのだけれど、お茶をバルコニーのテーブルに運んで下さる?」


***


 恐縮する侍女達を背にバルコニーに出ると、冷たい冬の風が肌を刺した。震える程ではないのは、快晴で太陽の光が惜しみなく降り注いでいるからだろう。

 「『全く、あのララとかいう侍女。口では謝罪しながらも、人の事を殺気立った目で睨みつけて――一体何の恨みがあるのやら。酷い目に遭った』」

 騎士ドナルドが溜息混じりにぼやきながらリュサイの傍に立つと、他の四名もぞろぞろと出て来た。

 「『ドナルド卿、火傷は本当に大丈夫なのですか? 濡れた布巾を当てて冷たい風に当たれば多少ましになるとは思いますが……』」

 「『アイ。そこまでする程酷いものではなく大した事はございません、我が女王モ・バウンリ』」

 それならば良いのです、とリュサイが頷いた時、ファーガス・マッケンジーが憤慨したように口を開いた。

 「『はぁ……あの者は新人とか。まさかとは思うが、我らは軽んじられているのではないだろうな』」

 そうだ、そうだと同意するアラン、ライアン、ジェイムズ。
 しかし、カレドニアの女王とは言っても、自分達はあくまでも聖女やこの国に保護された居候に過ぎない。
 この傾向は良くない、とリュサイは流石に口を挟む事にした。

 「『お待ちなさい、ここはカレドニアでは無いのですよ。それに、あの子は新人だからこそまだ仕事に慣れていないだけでしょう。キャンディ伯爵家には十分に良くして頂いています。感謝こそすれ、そのような事を言うものではありません』」

 「『……陛下がそう仰るならば。しかし、あまりにも目に余るようならば侍女頭殿にでも配置換えを願いますぞ』」

 仕方ないがそれで良い、とリュサイは騎士ファーガスに了承する。しばし紅茶で体を温めながら全員でバルコニーからの景色を眺めていると、騎士ドナルドが不意に「『我が女王モ・バウンリ』」と口を開いた。

 「『陛下がここに滞在している、という情報は既にアルビオンは掴んでいる筈。だというのにこれまで使者一つ来なかった――不気味に思われませんか?』」

 「『そう言えば、そうですね。だけど、何故……?』」

 「『最初は我らの油断を誘っているのかとも考えましたが……今では堂々と陛下を連れ去る状況を待っていたのではないか、とも考えられます』」

 「『どういう事です?』」

 「『諸国人の前で我が女王モ・バウンリが次期アルビオン王妃であると正当性を訴えれば、トラス国王陛下は下手に我が女王モ・バウンリをお助けする訳には行かなくなる、という事です』」

 「『!!』」

 リュサイは思わず口を覆った。戦に負けた以上、大義名分もその証拠もアルビオンが所持している。
 それを諸国人の前で喧伝されたら。

 「『その時、トラス王国が果たして本当に、アルビオンと一戦交えてでも我が女王モ・バウンリを守って下さるのか……。我が女王モ・バウンリ、アルビオンの使者がやってくる前にこちらが先手を打たねばなりませぬ』」

 青褪めたリュサイはティーカップに目を落とす。
 それを包み込むように持つ両手は、震えていた。
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