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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】
グレイ・ダージリン(161)
「はい。だって、リュサイ様は一国の女王陛下なんですよね? 国と民の為を一番に考えて行動しなければならない。女王不在の中、カレドニア王国民はアルビオンの脅威に晒されながら必死で毎日頑張っていると思うんです。
なのにあの方は安全な場所で恋に現を抜かして。叶わぬ恋に、まるで自分だけが不幸みたいにうじうじなさっているんだもの」
うーん……その言葉は確かに正しいけれど、正解じゃない。
案の定、ララ以外の侍女達の眉が顰められた。
「ララ、滅多な事を言うものではないわ。口を慎みなさい」
「私だって思うところが無い訳じゃないわ。だけど、それは侍女如きが意見したりどうこう判断したりする事ではないの」
「感情に走って仕事を疎かにするようなら、貴女は侍女に向いていないという事。場合によっては担当を外れて貰うことになりますよ」
ジャンヌ、ナーテ、マリエッテ全員に窘められ、叱られたララは少し顔を歪めた後、「……申し訳ありません、出過ぎた事を申し上げました」と下唇を噛んだ。
言葉はきついが、マリエッテの言う通りだ。
でも、納得出来ないんだろうなぁ……若い故の正義感、と言ったところか。
正義感を持つ事自体は良い事だけれど、ここでララが素直にマリエッテの言葉を受け止められなければ成長は見込めない。
僕は若い芽が萎れてしまわないよう、マリエッテの言葉を嚙み砕いてララに伝える事にした。
「ララ、君は正義感が強いんだね。気持ちは分からなくもないけれど、人は誰しも完璧じゃない。どんな立場や職業の人手も最初から何でも出来る訳じゃない。きっと、リュサイ様が女王としてしっかりされるまで、もう少し成長する時が必要なんだろうと思う」
だから、もっと心を広く持って見守ってあげてくれないかな――そう言うと、マリエッテも頷いた。
「グレイ様の仰る通りですよ、ララ。貴女も新人侍女として失敗ばかり、成長する時が必要なのは同じでしょう」
「……そう、ですね」
零すように言って、ララは何かを堪えるように俯いた。
――やんわりと言ったつもりだったけれど、何か言い過ぎただろうか?
少し心配に思った次の瞬間、
「グレイ様ってお優しいのですね!」とララはぱっと顔を上げる。
にっこにこの満面の笑顔で見詰められた僕は、その勢いに少々面食らった。
「あの、宜しければ! もし、リュサイ様がカレドニアにお帰りになったら、ダージリン伯爵家で働かせて頂けますか?」
「えっ……それは、人手もまだ足りないし、構わないけれど」
「グレイ様の仰る通り、人手は足りていないわ。でも、即戦力が求められるの。どれだけ成長出来るか、貴女の努力次第ね」
戸惑う僕の隣にナーテがすっと進み出る。
ララはナーテを見つめると、「はい! 私、頑張りますね!」とキラキラとした目で握り拳を作った。
***
喫茶室の扉をノックする。
入室の許可を得て扉を開けると、かつらを被って変装したアルバート殿下と簡素なドレスを身に纏ったメテオーラ姫の姿が目に飛び込んで来て一瞬戸惑いを覚える。
その他は、トーマス様、キャロライン様、カール様、皇女エリーザベト殿下が勢揃いしていて、侍女がお茶を淹れている真っ最中だった。
遅れた事を詫びると、メテオーラ姫に「お休みの所に先触れも無く来て、お騒がせしてしまってごめんなさいね」と謝罪される。
「姫の言う通り、寝ていて下さっても良かったのですよ」
と、優雅に紅茶の香りを嗅いでいるのはアルバート殿下。
用事があるのはマリーにですしね、と言う。
メテオーラ姫が居ても、マリーが人妻になってもちょっかいを出そうとしているのか、と俄かに警戒心が湧く。けれどそれをおくびにも出さないようにしながら僕は紳士の礼を取った。
「……そういう訳には。アルバート第一王子殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう」
「ああ、今日はそう言うのは不要です。今の私はウエッジウッド子爵なのですから」
あくまでもメテオーラ姫とその付き添いのウエッジウッド子爵として来たというアルバート殿下。メテオーラ姫が「どうしても緊急でマリーに伝えたい事がありましたの」と申し訳なさそうに言った。
ではマリーが来るまでその話は保留、という事で僕は席に着く。
「辻馬車はすっかり王都に定着しましたね。先日こっそり身分を窶して乗ってみたのですが、なかなか便利でしたよあれは」
「貴族達の中でも、領地に導入しようという動きがありましたわね」
「妻が言うには、鉄道のようにして馬に牽かせるやり方もあるとか。ただ、それには歩道と線路をきちんと分ける事や、狭い路地等不便な場所の整理も必要になって来るでしょう」
「成程、ああいう仕組みならば普通に馬車を走らせるよりも少ない力で牽けそうですわね」
「あの蒸気機関車を将来導入するならば、先に道筋を作っておくのも良いかも知れません」
「王都内では馬車の方が良いかも知れませんよ。かなり煙が出ますし、あの蒸気機関車は長距離向きかと」
等、今やすっかり王都民の足として軌道に乗った馬車事業の現況から始まり、
「私は最近、殿下からお土産で頂いたコーヒーで作ったカフェオレというものにすっかり魅入られてしまっていますの。
コーヒーがミルクを入れる事であんなに飲みやすくなるなんて思ってもおりませんでしたわ」
「実は少し前、カフェに行ってみたんです。新しもの好きの男達や王宮の文官達が集まっていましたね。
最初は私もカフェオレを飲んでいましたが……最近はミルク無しのコーヒーが人気が出ているようで……私も眠気覚ましに飲んだらよく効いて、執務量が多い時は手放せませんよ」
「妹が言っておりましたが、あまり飲み過ぎると胃に悪いそうですので程々になさった方が」
「ああ、そういう注意は受けましたよ。でも、一度効果を体験するとなかなか止められないんですよね」
と言う風に、カフェの繁盛具合等の当たり障りのない話をしていく。
そうこうしている内、また眠気が襲って来た。お茶を口にするんだけど、余り効果が無いようだ。
僕だけでもコーヒー持って来て貰おうかな、とぼんやり思ったその時。
喫茶室の扉が開かれ、マリーが姿を現した。
なのにあの方は安全な場所で恋に現を抜かして。叶わぬ恋に、まるで自分だけが不幸みたいにうじうじなさっているんだもの」
うーん……その言葉は確かに正しいけれど、正解じゃない。
案の定、ララ以外の侍女達の眉が顰められた。
「ララ、滅多な事を言うものではないわ。口を慎みなさい」
「私だって思うところが無い訳じゃないわ。だけど、それは侍女如きが意見したりどうこう判断したりする事ではないの」
「感情に走って仕事を疎かにするようなら、貴女は侍女に向いていないという事。場合によっては担当を外れて貰うことになりますよ」
ジャンヌ、ナーテ、マリエッテ全員に窘められ、叱られたララは少し顔を歪めた後、「……申し訳ありません、出過ぎた事を申し上げました」と下唇を噛んだ。
言葉はきついが、マリエッテの言う通りだ。
でも、納得出来ないんだろうなぁ……若い故の正義感、と言ったところか。
正義感を持つ事自体は良い事だけれど、ここでララが素直にマリエッテの言葉を受け止められなければ成長は見込めない。
僕は若い芽が萎れてしまわないよう、マリエッテの言葉を嚙み砕いてララに伝える事にした。
「ララ、君は正義感が強いんだね。気持ちは分からなくもないけれど、人は誰しも完璧じゃない。どんな立場や職業の人手も最初から何でも出来る訳じゃない。きっと、リュサイ様が女王としてしっかりされるまで、もう少し成長する時が必要なんだろうと思う」
だから、もっと心を広く持って見守ってあげてくれないかな――そう言うと、マリエッテも頷いた。
「グレイ様の仰る通りですよ、ララ。貴女も新人侍女として失敗ばかり、成長する時が必要なのは同じでしょう」
「……そう、ですね」
零すように言って、ララは何かを堪えるように俯いた。
――やんわりと言ったつもりだったけれど、何か言い過ぎただろうか?
少し心配に思った次の瞬間、
「グレイ様ってお優しいのですね!」とララはぱっと顔を上げる。
にっこにこの満面の笑顔で見詰められた僕は、その勢いに少々面食らった。
「あの、宜しければ! もし、リュサイ様がカレドニアにお帰りになったら、ダージリン伯爵家で働かせて頂けますか?」
「えっ……それは、人手もまだ足りないし、構わないけれど」
「グレイ様の仰る通り、人手は足りていないわ。でも、即戦力が求められるの。どれだけ成長出来るか、貴女の努力次第ね」
戸惑う僕の隣にナーテがすっと進み出る。
ララはナーテを見つめると、「はい! 私、頑張りますね!」とキラキラとした目で握り拳を作った。
***
喫茶室の扉をノックする。
入室の許可を得て扉を開けると、かつらを被って変装したアルバート殿下と簡素なドレスを身に纏ったメテオーラ姫の姿が目に飛び込んで来て一瞬戸惑いを覚える。
その他は、トーマス様、キャロライン様、カール様、皇女エリーザベト殿下が勢揃いしていて、侍女がお茶を淹れている真っ最中だった。
遅れた事を詫びると、メテオーラ姫に「お休みの所に先触れも無く来て、お騒がせしてしまってごめんなさいね」と謝罪される。
「姫の言う通り、寝ていて下さっても良かったのですよ」
と、優雅に紅茶の香りを嗅いでいるのはアルバート殿下。
用事があるのはマリーにですしね、と言う。
メテオーラ姫が居ても、マリーが人妻になってもちょっかいを出そうとしているのか、と俄かに警戒心が湧く。けれどそれをおくびにも出さないようにしながら僕は紳士の礼を取った。
「……そういう訳には。アルバート第一王子殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう」
「ああ、今日はそう言うのは不要です。今の私はウエッジウッド子爵なのですから」
あくまでもメテオーラ姫とその付き添いのウエッジウッド子爵として来たというアルバート殿下。メテオーラ姫が「どうしても緊急でマリーに伝えたい事がありましたの」と申し訳なさそうに言った。
ではマリーが来るまでその話は保留、という事で僕は席に着く。
「辻馬車はすっかり王都に定着しましたね。先日こっそり身分を窶して乗ってみたのですが、なかなか便利でしたよあれは」
「貴族達の中でも、領地に導入しようという動きがありましたわね」
「妻が言うには、鉄道のようにして馬に牽かせるやり方もあるとか。ただ、それには歩道と線路をきちんと分ける事や、狭い路地等不便な場所の整理も必要になって来るでしょう」
「成程、ああいう仕組みならば普通に馬車を走らせるよりも少ない力で牽けそうですわね」
「あの蒸気機関車を将来導入するならば、先に道筋を作っておくのも良いかも知れません」
「王都内では馬車の方が良いかも知れませんよ。かなり煙が出ますし、あの蒸気機関車は長距離向きかと」
等、今やすっかり王都民の足として軌道に乗った馬車事業の現況から始まり、
「私は最近、殿下からお土産で頂いたコーヒーで作ったカフェオレというものにすっかり魅入られてしまっていますの。
コーヒーがミルクを入れる事であんなに飲みやすくなるなんて思ってもおりませんでしたわ」
「実は少し前、カフェに行ってみたんです。新しもの好きの男達や王宮の文官達が集まっていましたね。
最初は私もカフェオレを飲んでいましたが……最近はミルク無しのコーヒーが人気が出ているようで……私も眠気覚ましに飲んだらよく効いて、執務量が多い時は手放せませんよ」
「妹が言っておりましたが、あまり飲み過ぎると胃に悪いそうですので程々になさった方が」
「ああ、そういう注意は受けましたよ。でも、一度効果を体験するとなかなか止められないんですよね」
と言う風に、カフェの繁盛具合等の当たり障りのない話をしていく。
そうこうしている内、また眠気が襲って来た。お茶を口にするんだけど、余り効果が無いようだ。
僕だけでもコーヒー持って来て貰おうかな、とぼんやり思ったその時。
喫茶室の扉が開かれ、マリーが姿を現した。
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