貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】

グレイ・ダージリン(163)

 というか、三度も読んだのか。僕はあまりの誇張された参考にならない内容と、の非現実的なモテぶりと女性達に対する不誠実さに、「死ね!」と苛立ちを感じて――結局読むに耐えなくて、一度きりしか読んでなかったっていうのに……マリー、君って女性ひとは。

 「――この本の中で高位貴族の初夜に当時のトラス王が立ち会った、は槍を一回突き終わる毎に当時の王に挨拶して、結局七回槍を折ったって記述がちゃあんとありますのよ!
 そして何よりその話の中の王の結婚の場面! 王が事が終わった後ベッドの上で、立ち合いの聖職者や高位貴族達に対して『余の槍は彼に三度及ばなかった』って嘆息したのだと――それが何よりの証拠ですわ!」

 いや、『少なくとも三度』と言ったんだっけ。
 内容を諳んじる程だ、三度では済まないな、これは。
 僕が現実逃避も手伝って絶句している間、アルバート殿下が「淑女が何て本を読んでるんですっ!」と顔を赤くしている。カレル様が「三回以上も読んだのかよ!?」と僕がさっき思った事を叫んだ。

 「後『槍』とか言うな、馬鹿マリー!」

 「仕方ないじゃない、本にそう書いてあったんだものカレル兄!」

 じゃあ槍じゃなくて何と言い換えればいい訳!? とカレル様に怒鳴り返すマリー。
 『槍』は言わずと知れた男の象徴を指す比喩だ。だけど、アレとかナニとか言い換えるのは駄目だ、一層卑猥になってしまうじゃないか!

 「そもそもその本、百数十年位前の話で閨の手解きがてら参考に男が読む艶本の一つだよ!? 何で淑女教育を受けている筈のマリーが読んでいるのさ!」

 そう、問題はそこだ。貴族の姫君が普段生活している上では、まかり間違っても目にする筈がない本。
 僕が問い質すと、本の持ち主は何とサイモン様である事が分かった。マリーはサイモン様がこっそり読んでいるのを見て、隠し場所を突き止めて読むに至ったのだそうだ。

 ――当時の隠密騎士、何やってたの!? 仕事しようよ!

 ヨハン達が働き始めた時期より前の話だとは言え、何となくちらっと視線を向けると、彼らは一旦目が合った後に壁に掛かっている絵画の方を見た。ん? ちょっと額縁が震えたような……。

 「サイモン卿……そういった本の管理はきちんとして欲しいのですが」

 アルバート殿下がここには居ないサイモン様へ恨み言を呻いた。少なくともここにいる男一同、きっと同じ気持ちだろうと思う。

 「マリーはお構いなしに勝手に部屋に入って来るから大事なものはちゃんとしまっておいた方が良いと散々忠告していたのに」

 トーマス様の言葉に、僕はマリーにバレないようこっそり秘密の隠し場所を用意する事を決意した。ちなみにマリーに部屋に入られたトーマス様は、ベッドの上にマリーが落とした髪の毛をキャロライン様に見つけられ、すわ浮気か、と修羅場になりかけたらしい。

 僕は努めて神妙な表情を作り、頬の内側を噛んだ。
 呆れ半分、おかしさ半分だけど、ここは笑っちゃいけない。悲しい記憶を思い出せ、耐えるんだ僕!

 キャロライン様にその事を咎められ、謝りながら身を小さくしているマリー。
 きっと後でサイモン様からも尻叩きの刑が執行される事だろう。でも、僕には分かる。マリーがそれしきの事で懲りないだろうって事は。

 それから。

 マリーとメテオーラ姫の間で、友情が壊れそうなやり取りがなされた後。精神的に限界が来た様子のアルバート殿下から、現代のトラス王族のしょ……婚姻についてマリーに説明がなされて誤解は解けた。

 「ああ、吃驚びっくりしたわ。勘違いだったとは言え、脅かさないで欲しいわよ、マリー!」

 「いたた、ごめんってばメティ!」

 マリーの頬を抓るメテオーラ姫の目は笑っていなかった。妻の仕出かした事だ、後でお詫びの品でも贈った方が良いかも知れない。

 話が落ち着いたところで。

 「あの……」

 それまで黙っていたエリーザベト殿下がおずおずと声を上げる。

 「あの、マリー様。トラス王国では初夜で殿方は槍を折るものなんですの……?」

 恥ずかしそうな問いかけ。
 僕は、喫茶室に流れる時が止まったような錯覚を覚えた。
 マリーが小さく咳払いをした後、ぎこちなく扇を取り出してパラリと開く。

 「……リシィ様は、初夜についてどのように学ばれましたの?」

 「お恥ずかしながら、詳しくは……ただ、ベッドの上で殿方を全て受け入れてお任せすれば良い、と」

 「そうなんですのね……先程のご質問ですが、その通りですわ。ただ、リシィ様が詳しく教わらなかった、というのはきっとアレマニア皇家の方針でいらっしゃるかと存じますので、教わった通りになさるのが宜しいかと思いますわ」

 「そ、そうですわね! 私もマリーの意見に賛成ですわ」

 キャロライン様が同意を示し、何となく全員緊張が解けてホッとした感じになって、喫茶室の時が再び流れ出す。
 どうなる事かと思ったけれど、満点に近い回答をしたマリーに僕も安堵した――のも束の間。

 「ただ一つ、リシィ様にこれだけは覚えていて頂きたいのですが……のような馬鹿な殿方程、肝心の貴婦人への奉仕もどこへやら。独りよがりの騎士道で槍を折った回数を競うものなんですの。
 紳士たる者は騎士道を守り、貴婦人への奉仕を以って本懐とする――それを忘れ、回数だけ誇っても傍から見れば滑稽なだけで意味ありませんのに……ねぇ?」

 続いた言葉に、僕はいきなり冷水をぶっかけられたような衝撃を受ける。
 ちらり、と思わせぶりに視線を僕――いや、僕達男性陣に流すマリー。
 目が合った瞬間、何だか背筋がぞくっとしたのはきっと気のせいじゃないだろう。

 ――ぼ、僕はちゃんと紳士だからね、君も知ってると思うけど!

 口をパクパクさせながら目で訴える僕に、マリーはにこりと笑って扇を閉じた。

 「勿論ここにいる殿方達は全員紳士でいらっしゃるでしょうから、このような話は無意味でしょうとも、ええ」

 そう言って彼女はティーカップを手に取り、少し冷めたであろうお茶を飲む。
 トーマス様とアルバート殿下は、それぞれの婚約者の視線に怯んだ様子で固まっていた。
 ぎこちない沈黙の中、エリーザベト殿下が小首を傾げる。

 「ええと、例えば……そう、例えばの話ですけれど。もし私がトラス王国の殿方と結婚するとしたら、折る為の槍を何本用意すればよろしいのかしら。多過ぎても、いけないのですわよね?」

 ゴフゥッ!

 マリーは盛大に紅茶を噴き出した。
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