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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】
グレイ・ダージリン(169)
サイア達を任命する際の一部の貴族達による一悶着があったものの。
大聖堂での儀式は無事終了し、僕達はようやっと宮殿の大広間に通じる扉の前に辿り着くことが出来た……天馬への強制乗馬により生じた僕達の膨大な羞恥心を犠牲にして。
同情する振りをして目元ではしっかり笑いを浮かべていたアールへの仕返しは後でするとして――僕は、ウエッジウッド子爵に名前を呼ばれたのにどこかぼんやりしているマリーを突いて「僕達の番だよ!」と注意を促した。
***
大聖堂での新年の儀に出席していたのだろう、ウエッジウッド子爵に名を読み上げられたトラス貴族達が続々と大広間に入って来る。
出来の悪い弟をこの場から排除する機を逸したルイージは、弟の付き人であるビアッジョ卿を睨みつけ無言の圧力をかけることしか出来なかった。
――もうすぐ、もうすぐ聖女様が現れる。
聖女の父と兄というキャンディ伯爵達が入場してきた時に注意を払いはしたものの、今は聖女本人が重要だと見送る。じりじりとその時を待つルイージ。
ウィッタード公爵とその令息が大広間に足を踏み入れた後――不意に楽団の奏でる曲が威容あるものに変わった。
いよいよトラス王とアルバート第一王子、続いて聖女が入場するのだろう。王族の歩みと共に、大広間の者達が一斉に礼を取って新年の寿ぎの言葉を述べていく。
――おお、神よ!
やがて目の前に現れた聖女の姿に、ルイージは己の胸を押さえて瞠目した。
聖女を乗せる天馬を模した御輿が粛々と進むにつれ、大広間の空気が明らかに変わる。
窓から差し込む午後の日差しを、その豪奢な衣装を飾る数々の宝石が次々に照り返す。
その輝きが鋭くルイージの瞳を射抜き――瞬きの間目が眩んだ後に飛び込んで来たのは、太陽の光を凝縮したような煌めく蜜色の髪と瞳。
いつかガリアの古代遺跡で見た、女神像の如き神秘的な微笑みを湛えたその顔。
未だ少女らしさも残るその美貌も相まって神々しさを感じる有り様は、正に太陽神の娘がこの世に生身を以て降臨した姿だったのだ。
辛うじて楽団だけは音楽を奏でていたが、その音も遠くに聞こえるようで。
何時の間にか人々は固唾を吞んで静まり返っていた。
恐らく、この場に居る全員が――ルイージがそうであるように――聖女の持つ神気というべきものに当てられたに違いない。
暫く畏敬の念に打ち震えていたルイージだったが。天馬の輿を担いでいる者達が身を低くした時に、初めて聖女の隣に居る男に気付く。
それは聖女の夫であるグレイ・ダージリン伯爵に違いなかった。聖女のおこぼれで子爵家の次男から伯爵当主にまで出世したと聞く、商人上がりの卑しい赤毛。
例えるなら極上のご馳走に集る蠅を見た時のような。俄かに湧き上がって来た不快感に、ルイージは眉を顰める。
――あのような男、至高なる聖女様の隣にに相応しくない。いや、居てはならない。
トラス王が挨拶をして拍手を始めても、昔から執心していた筈のメテオーラとトラス第一王子アルバートの婚約発表がなされても、ルイ―ジはある一つの考えに没頭していた。
聖女を前にすれば、メテオーラなどアルバート王子にくれてやっても惜しくはない。何より――
――あんなのが聖女様の夫として隣に立つ事を許されるのならば、俺であっても構わないではないか。
むしろそちらの方が相応しいように思えた。
聖地と隣接し、深く関わってきた歴史を持つガリア王国は、聖女の伝説が数多残る国である。
古の文献も豊富であり、神学も進んでいた。
中でもガリア王家に伝わる書の中に、ある記載があった。
当時の高名な預言者が聖女に会って祈り、そして告げたという内容――
『貴女様を妻とした者はその父たる神の加護を得、世界を統べる王となる事も可能でございましょう』
世界を統べる王以下の内容は聖典には記されていない。ガリア王家のみの言い伝えである。
当然の如く、古の時代の王達は聖女を得ようと争い合った。
その争いに勝ち抜いて、初代聖女を妻にした小国の王。血統的に今のガリア王家と直接の関係こそはないものの、当時のガリア南部にあったという。領土は小さかったが、優れた航海技術を持ち、交易が盛んであったそうだ。
その王は世界を統べる王にはならなかったが、聖女を妃に迎えた後は他のどの国よりも国は繁栄し、後の世に賢王と称えられている。
小国の王でさえそんな恩恵が与えられたのだ。ガリアという大国を担うルイージが聖女の夫であれば、神の恵みは金鉱山に止まらずきっと計り知れないものになるだろう。
あのような王族でもない下賤な男には過ぎたものだ。
「それではこれより新年を言祝ぐ宴となります。皆様、ダンスやご歓談、お料理を心行くまでお楽しみ下さい」
その声にルイージは我に返る。
新年の宴の開始が告げられたのだ。聖女を見ると、従者であろう一人に窓を開けさせている。すると、そこからカラスと――見た事の無い種類の鷲が飛んできて、聖騎士の腕に止まった。
「これは……困りましたな」
「何、ここには諸外国の客人達もおられる事です。我々はご遠慮致しましょう」
「そうですな、聖女様もお疲れかと」
「さよう、それが宜しいですな」
聖女の方を見ていたトラス貴族達が、そんな会話を交わしているのが耳に飛び込んで来る。声に混じる困惑を感じ取ったルイージはその内容と共に内心違和感を感じるも、聖女への挨拶の為にピロス公爵を探すべく広間を見渡した。
――と。
「新年の寿ぎを――あの、もしかしてガリア王国の方でいらっしゃいますか?」
振り向くと、幾人かのトラス貴族の令嬢達がルイージを熱っぽく見つめていた。
大聖堂での儀式は無事終了し、僕達はようやっと宮殿の大広間に通じる扉の前に辿り着くことが出来た……天馬への強制乗馬により生じた僕達の膨大な羞恥心を犠牲にして。
同情する振りをして目元ではしっかり笑いを浮かべていたアールへの仕返しは後でするとして――僕は、ウエッジウッド子爵に名前を呼ばれたのにどこかぼんやりしているマリーを突いて「僕達の番だよ!」と注意を促した。
***
大聖堂での新年の儀に出席していたのだろう、ウエッジウッド子爵に名を読み上げられたトラス貴族達が続々と大広間に入って来る。
出来の悪い弟をこの場から排除する機を逸したルイージは、弟の付き人であるビアッジョ卿を睨みつけ無言の圧力をかけることしか出来なかった。
――もうすぐ、もうすぐ聖女様が現れる。
聖女の父と兄というキャンディ伯爵達が入場してきた時に注意を払いはしたものの、今は聖女本人が重要だと見送る。じりじりとその時を待つルイージ。
ウィッタード公爵とその令息が大広間に足を踏み入れた後――不意に楽団の奏でる曲が威容あるものに変わった。
いよいよトラス王とアルバート第一王子、続いて聖女が入場するのだろう。王族の歩みと共に、大広間の者達が一斉に礼を取って新年の寿ぎの言葉を述べていく。
――おお、神よ!
やがて目の前に現れた聖女の姿に、ルイージは己の胸を押さえて瞠目した。
聖女を乗せる天馬を模した御輿が粛々と進むにつれ、大広間の空気が明らかに変わる。
窓から差し込む午後の日差しを、その豪奢な衣装を飾る数々の宝石が次々に照り返す。
その輝きが鋭くルイージの瞳を射抜き――瞬きの間目が眩んだ後に飛び込んで来たのは、太陽の光を凝縮したような煌めく蜜色の髪と瞳。
いつかガリアの古代遺跡で見た、女神像の如き神秘的な微笑みを湛えたその顔。
未だ少女らしさも残るその美貌も相まって神々しさを感じる有り様は、正に太陽神の娘がこの世に生身を以て降臨した姿だったのだ。
辛うじて楽団だけは音楽を奏でていたが、その音も遠くに聞こえるようで。
何時の間にか人々は固唾を吞んで静まり返っていた。
恐らく、この場に居る全員が――ルイージがそうであるように――聖女の持つ神気というべきものに当てられたに違いない。
暫く畏敬の念に打ち震えていたルイージだったが。天馬の輿を担いでいる者達が身を低くした時に、初めて聖女の隣に居る男に気付く。
それは聖女の夫であるグレイ・ダージリン伯爵に違いなかった。聖女のおこぼれで子爵家の次男から伯爵当主にまで出世したと聞く、商人上がりの卑しい赤毛。
例えるなら極上のご馳走に集る蠅を見た時のような。俄かに湧き上がって来た不快感に、ルイージは眉を顰める。
――あのような男、至高なる聖女様の隣にに相応しくない。いや、居てはならない。
トラス王が挨拶をして拍手を始めても、昔から執心していた筈のメテオーラとトラス第一王子アルバートの婚約発表がなされても、ルイ―ジはある一つの考えに没頭していた。
聖女を前にすれば、メテオーラなどアルバート王子にくれてやっても惜しくはない。何より――
――あんなのが聖女様の夫として隣に立つ事を許されるのならば、俺であっても構わないではないか。
むしろそちらの方が相応しいように思えた。
聖地と隣接し、深く関わってきた歴史を持つガリア王国は、聖女の伝説が数多残る国である。
古の文献も豊富であり、神学も進んでいた。
中でもガリア王家に伝わる書の中に、ある記載があった。
当時の高名な預言者が聖女に会って祈り、そして告げたという内容――
『貴女様を妻とした者はその父たる神の加護を得、世界を統べる王となる事も可能でございましょう』
世界を統べる王以下の内容は聖典には記されていない。ガリア王家のみの言い伝えである。
当然の如く、古の時代の王達は聖女を得ようと争い合った。
その争いに勝ち抜いて、初代聖女を妻にした小国の王。血統的に今のガリア王家と直接の関係こそはないものの、当時のガリア南部にあったという。領土は小さかったが、優れた航海技術を持ち、交易が盛んであったそうだ。
その王は世界を統べる王にはならなかったが、聖女を妃に迎えた後は他のどの国よりも国は繁栄し、後の世に賢王と称えられている。
小国の王でさえそんな恩恵が与えられたのだ。ガリアという大国を担うルイージが聖女の夫であれば、神の恵みは金鉱山に止まらずきっと計り知れないものになるだろう。
あのような王族でもない下賤な男には過ぎたものだ。
「それではこれより新年を言祝ぐ宴となります。皆様、ダンスやご歓談、お料理を心行くまでお楽しみ下さい」
その声にルイージは我に返る。
新年の宴の開始が告げられたのだ。聖女を見ると、従者であろう一人に窓を開けさせている。すると、そこからカラスと――見た事の無い種類の鷲が飛んできて、聖騎士の腕に止まった。
「これは……困りましたな」
「何、ここには諸外国の客人達もおられる事です。我々はご遠慮致しましょう」
「そうですな、聖女様もお疲れかと」
「さよう、それが宜しいですな」
聖女の方を見ていたトラス貴族達が、そんな会話を交わしているのが耳に飛び込んで来る。声に混じる困惑を感じ取ったルイージはその内容と共に内心違和感を感じるも、聖女への挨拶の為にピロス公爵を探すべく広間を見渡した。
――と。
「新年の寿ぎを――あの、もしかしてガリア王国の方でいらっしゃいますか?」
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