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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】
グレイ・ダージリン(171)
――や、やっと用意されたテーブルまで来れた……!
天馬から降りてマリーをエスコートして馬から下ろした途端、僕は思わず安堵の溜息を洩らした。
異様な雰囲気の中をずっと進んで来たからだ。
先程の事を思い出す。
案の定というか、僕達が姿を現した時、盛大に迎える筈の拍手が沸き起こったかと思うと、直ぐに尻すぼみになっていった。
大広間に戸惑いの沈黙が下りる。きっと、僕達の乗っている特殊な馬の異様な風貌に呑まれたのだろう。
ああ、人々の視線が物凄く突き刺さって来るんだけど。商売で鍛えに鍛えた顔の僕の筋肉がちゃんと仕事をしてくれている――事を願いたい。
まさか、天馬の翼が着脱式且つ聖騎士二人の盾になっているとは思いもよらなかった。
気を取り直して僕達が椅子の傍らで人々に向き直ると、マリーは笑顔を崩さぬまま、サリーナから受け取った錫杖を掲げた。
「皆様、大変お待たせいたしましたわ」
「皆、我が国の聖女様に盛大な拍手を!」
オディロン陛下が率先して拍手をし始めると、その拍手が伝播していく。それが大きくなるにつれ、数秒前まで大広間を占領していた異様な雰囲気はすっかり霧散していった。
拍手が収まると、楽団の奏でる曲が穏やかなものに変わる。貴族達はざわざわとし始めた。
「いやあ、先程はあまりの神々しさに言葉が出ませんでしたな!」
「ええ、流石は聖女様ですわね!」
「ご覧になりまして? あの天馬の御輿もなんとへn……いえ立派なこと!」
「我ら常人には理解の及ばない程の素晴らしさでしたね」
人より聞こえの良い僕の耳が、言い訳のように今更取り繕う声を拾う。
――心にもない事を。
一部取り繕い切れてない(特に最後の奴ら)けれど、不思議な力を持つ聖女の不興を買いたくないという悲しき貴族の保身なのだろうな……まあ、ちらりと見て顔はしっかり確認したし、今後接触がある場合は考慮させて貰うとしよう。
その後、アルバート殿下とメテオーラ姫の婚約が交わされ、大広間に居る全員への新年の祝福がなされた。
そして、会話や食事を楽しんだりダンスに興じたりする新年の宴が始まる。
マリーがカラスのリーダーや鷲のマイティ―を人避けの為に呼んだお陰で、僕達の元に挨拶にやって来るのは、気心の知れた貴族達や後ろめたい事のない貴族――そしてマリーの能力の事をよく知らない外国からの客人ばかりだ。
「マリーちゃんのお願い通りに、ちゃあんと言って回って置いたわよぉ~?」
三魔女の言葉に、僕は大広間を探った。
居た――目論見通り、ガリアの王太子らしき人物がトラス王国貴族の姫君達に囲まれている。左右の腕に――遠目では、ネマランシ伯爵令嬢ラヴィンヌやムーランス伯爵令嬢エリザベルらしき姿が腕を絡めて密着しているのが見えた。常識では眉を顰められる行いだろうが、既成事実さえ作ってしまえば次期ガリア王妃になれる。
特にエリザベルは必死になっていることだろう。ムーランス伯爵家の権勢を取り戻す為、そして国内で得られなくなった良縁を結ぶ為に。
そこまで考えたところで、ふとガリア王太子と思われる男がこちらを見て目が合い――一瞬だけど、凄まじい怒りの籠った眼差しで睨まれた。
――流石にそこまで馬鹿じゃないか。
内心苦笑いをする。きっと、僕の差し金だって気付いたんだろう。
極力そちらの方を見ないようにして、僕はマリーと共に挨拶や歓談に集中する。
今日はこのまま平穏無事に終わるかと思われたんだけれど――。
***
「マーリオ殿下はきのこお好きですか? そう、例えばベニテングダケ……とか」
「ベベベニテングダケは確か、食べられない毒きのこだったんだな。で、でも見た目は可愛いと、思うんだな」
……まさかガリア王国第三王子がお忍びで来ていたとは思いもよらなかった。
王族席にいるメテオーラ様を見ると、彼女もこちらが気になっているようだった。僕と目線が合うと、困ったような表情で頷く。
――うーん……悪い人じゃないけど、といった感じだろうか。
わざわざ立ち上がったり侍女に伝言を託したりしないあたり、そこまで害はない人物なのだろうと思う。
つい先程、僕達に挨拶してくれようとしたピロス公爵を押しのけて『ガリア王国を代表して聖女様に挨拶を!』と大声で叫んだその十歳位の子供は、ふくよかで凄い吃音で……何というか。良く言えばおっとり、悪く言えばあまり出来の良くなさそうな外見をしている。
想定外の事態に慌てふためくピロス公爵を後目に、その子供はお付きのガリア貴族にせっつかれてガリア第三王子マーリオと名乗った。
「では、亀を見たら踏んづけたくなったりとかは?」
「そ、そんな可哀想な事は出来ないんだな!」
「……ですわよね」
てっきり適当にあしらって帰すのかと思いきや、予想に反してマリーはマーリオ殿下の事を気に入ったようで「少しお話良いかしら?」と椅子を用意させて座らせている。
「時に、殿下は大きな穴があったら入ってみたいという衝動にかられたり?」
「そ、それはちょっと怖いんだな。でも、ちょちょちょちょっぴりだけ入ってみたい気持ちはあるんだな?」
「まあ! やはり配管工という職業にご興味はおありかしら?」
「ははは配管工って、何をする人なんだな? あ…あの、聖女様は、さっきから何で僕にそんな変な事ばかり訊くんだな?」
「あら、ごめんなさい? ちょっとした好奇心なんですの。お気になさらないで。
ところで、殿下は見た感じ……食べる事がお好き、なんですわよね?」
「何で分かったんだな? すすす凄いんだな聖女様は!」
……というか。
さっきから、僕の奥さんはマーリオ殿下に何を訳の分からない事を訊いているんだろう?
天馬から降りてマリーをエスコートして馬から下ろした途端、僕は思わず安堵の溜息を洩らした。
異様な雰囲気の中をずっと進んで来たからだ。
先程の事を思い出す。
案の定というか、僕達が姿を現した時、盛大に迎える筈の拍手が沸き起こったかと思うと、直ぐに尻すぼみになっていった。
大広間に戸惑いの沈黙が下りる。きっと、僕達の乗っている特殊な馬の異様な風貌に呑まれたのだろう。
ああ、人々の視線が物凄く突き刺さって来るんだけど。商売で鍛えに鍛えた顔の僕の筋肉がちゃんと仕事をしてくれている――事を願いたい。
まさか、天馬の翼が着脱式且つ聖騎士二人の盾になっているとは思いもよらなかった。
気を取り直して僕達が椅子の傍らで人々に向き直ると、マリーは笑顔を崩さぬまま、サリーナから受け取った錫杖を掲げた。
「皆様、大変お待たせいたしましたわ」
「皆、我が国の聖女様に盛大な拍手を!」
オディロン陛下が率先して拍手をし始めると、その拍手が伝播していく。それが大きくなるにつれ、数秒前まで大広間を占領していた異様な雰囲気はすっかり霧散していった。
拍手が収まると、楽団の奏でる曲が穏やかなものに変わる。貴族達はざわざわとし始めた。
「いやあ、先程はあまりの神々しさに言葉が出ませんでしたな!」
「ええ、流石は聖女様ですわね!」
「ご覧になりまして? あの天馬の御輿もなんとへn……いえ立派なこと!」
「我ら常人には理解の及ばない程の素晴らしさでしたね」
人より聞こえの良い僕の耳が、言い訳のように今更取り繕う声を拾う。
――心にもない事を。
一部取り繕い切れてない(特に最後の奴ら)けれど、不思議な力を持つ聖女の不興を買いたくないという悲しき貴族の保身なのだろうな……まあ、ちらりと見て顔はしっかり確認したし、今後接触がある場合は考慮させて貰うとしよう。
その後、アルバート殿下とメテオーラ姫の婚約が交わされ、大広間に居る全員への新年の祝福がなされた。
そして、会話や食事を楽しんだりダンスに興じたりする新年の宴が始まる。
マリーがカラスのリーダーや鷲のマイティ―を人避けの為に呼んだお陰で、僕達の元に挨拶にやって来るのは、気心の知れた貴族達や後ろめたい事のない貴族――そしてマリーの能力の事をよく知らない外国からの客人ばかりだ。
「マリーちゃんのお願い通りに、ちゃあんと言って回って置いたわよぉ~?」
三魔女の言葉に、僕は大広間を探った。
居た――目論見通り、ガリアの王太子らしき人物がトラス王国貴族の姫君達に囲まれている。左右の腕に――遠目では、ネマランシ伯爵令嬢ラヴィンヌやムーランス伯爵令嬢エリザベルらしき姿が腕を絡めて密着しているのが見えた。常識では眉を顰められる行いだろうが、既成事実さえ作ってしまえば次期ガリア王妃になれる。
特にエリザベルは必死になっていることだろう。ムーランス伯爵家の権勢を取り戻す為、そして国内で得られなくなった良縁を結ぶ為に。
そこまで考えたところで、ふとガリア王太子と思われる男がこちらを見て目が合い――一瞬だけど、凄まじい怒りの籠った眼差しで睨まれた。
――流石にそこまで馬鹿じゃないか。
内心苦笑いをする。きっと、僕の差し金だって気付いたんだろう。
極力そちらの方を見ないようにして、僕はマリーと共に挨拶や歓談に集中する。
今日はこのまま平穏無事に終わるかと思われたんだけれど――。
***
「マーリオ殿下はきのこお好きですか? そう、例えばベニテングダケ……とか」
「ベベベニテングダケは確か、食べられない毒きのこだったんだな。で、でも見た目は可愛いと、思うんだな」
……まさかガリア王国第三王子がお忍びで来ていたとは思いもよらなかった。
王族席にいるメテオーラ様を見ると、彼女もこちらが気になっているようだった。僕と目線が合うと、困ったような表情で頷く。
――うーん……悪い人じゃないけど、といった感じだろうか。
わざわざ立ち上がったり侍女に伝言を託したりしないあたり、そこまで害はない人物なのだろうと思う。
つい先程、僕達に挨拶してくれようとしたピロス公爵を押しのけて『ガリア王国を代表して聖女様に挨拶を!』と大声で叫んだその十歳位の子供は、ふくよかで凄い吃音で……何というか。良く言えばおっとり、悪く言えばあまり出来の良くなさそうな外見をしている。
想定外の事態に慌てふためくピロス公爵を後目に、その子供はお付きのガリア貴族にせっつかれてガリア第三王子マーリオと名乗った。
「では、亀を見たら踏んづけたくなったりとかは?」
「そ、そんな可哀想な事は出来ないんだな!」
「……ですわよね」
てっきり適当にあしらって帰すのかと思いきや、予想に反してマリーはマーリオ殿下の事を気に入ったようで「少しお話良いかしら?」と椅子を用意させて座らせている。
「時に、殿下は大きな穴があったら入ってみたいという衝動にかられたり?」
「そ、それはちょっと怖いんだな。でも、ちょちょちょちょっぴりだけ入ってみたい気持ちはあるんだな?」
「まあ! やはり配管工という職業にご興味はおありかしら?」
「ははは配管工って、何をする人なんだな? あ…あの、聖女様は、さっきから何で僕にそんな変な事ばかり訊くんだな?」
「あら、ごめんなさい? ちょっとした好奇心なんですの。お気になさらないで。
ところで、殿下は見た感じ……食べる事がお好き、なんですわよね?」
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……というか。
さっきから、僕の奥さんはマーリオ殿下に何を訳の分からない事を訊いているんだろう?
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