貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

文字の大きさ
644 / 758
うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】

グレイ・ダージリン(174)

 コロンボ子爵の声色に混じる、少し相手を小馬鹿にするかのような感情。
 そういえばこの男は教会の説くところの奇跡や伝説・迷信めいたことには懐疑的な奴だったな、とルイージは思う。
 しかしエリザベルは気を悪くした様子もなく、淡々としていた。

 「普通はそう思われますわよね。勿論、我が国の貴族達でそう考える者も少なからずおりましたわ。
 けれど、違ったのです。最近ではラブリアン辺境伯領で野生のカラスまでも意のままに操った、と。私の父が裏を取りましたが、誇張でも何でもなかったそうですわ」

 「ふむ……『マンデーズ教会の神託』にも、確かにそのように書かれておりましたなぁ。あれは真実であった、と?」

 コロンボ子爵の言葉にエリザベルは頷いた。

 「ええ、聖女の力は本物ですわ。実は……元々私は、ジェレミー様の妃になる筈でしたの」

 「彼女のムーランス伯爵家は、元々聖女のキャンディ伯爵家と敵対しておりました」

 ネマランシが続けて説明する。エリザベルは目を閉じた。

 「あの女――マリアージュ・キャンディが聖女となって王宮にやってきたあの日を忘れもしませんわ。
 あの女はジェレミー様に色目を使ったばかりか、オディロン陛下に取り入って、中立派以外の貴族達が陛下の死を願っていると言いがかりをつけたんですのよ!」

 話している内に気が昂ったのか、目を見開きわなわなと震え息を喘がせるエリザベル。その肩を抱くように「落ち着いて、」とラヴィンヌが宥めにかかった。

 「私もエリザベルも親戚同士、同じくジェレミー殿下を支持しておりました。
 あの日、聖女に無礼を働いたという罪が私達のお父様に被せられ……心優しいエリザベルは父親を庇ったばかりに共に連行されてしまいましたわ」

 それでネマランシ家が存続を危ぶまれるのは勿論、エリザベルもまたジェレミー第二王子の妃になる道が閉ざされてしまったという。ネマランシ伯爵家も領地替えとなり、元の領地は今やダージリン伯爵領となったのだ、とラヴィンヌは苦々し気に語った。

 「ジェレミー様と王妃様のお慈悲がなければ、我が家は今頃……」

 よよ、と泣き崩れるエリザベル。それに寄り添い、背を撫でるラヴィンヌ。話を聞けば聖女は随分酷い人間のようだ。
 「よもやそのような事が……」と眉を顰めるルイージに、「それだけではありませんわ」とラヴィンヌが柳眉を逆立てた。

 「ムーランス伯爵やエリザベル達が王命によって連行された後……開かれた祝宴の場で、聖女はアルバート殿下に毒が盛られたと騒ぎ立て、王妃様が真犯人だと示唆するような真似をしましたの。
 その時も、あの女の傍にはカラスが居て――あれで王妃様は蟄居を命じられ、ジェレミー殿下のお立場も悪くなってしまいましたわ!」

 その時の感情が蘇って来たのか、「私は認めませんわ!」とエリザベルが激昂し叫び出す。

 「あんな女が聖女だなんて! やっている事を見れば、魔女ではありませんの!」

 「僭越ながら私ネマランシ伯爵家ラヴィンヌがご忠告を……ガリア王国ルイージ王太子殿下、どうかゆめゆめあの魔女にはお近づきになりませんよう。本当に危険なのです」

 「しかし」

 ルイージは逡巡する。そうは言っても金鉱山の事を放置する訳にはいかないのだ。
 何としてでも聖女に近付き、兄シルヴィオから勝ち取らねばならないのに。
 そんなルイージの迷いを感じ取ったのか、ラヴィンヌは大きく溜息を吐いて続ける。

 「既に前例がございますの。エスパーニャのレアンドロ・フェリペ第一王子殿下に対しても、聖アレマニア皇女殿下という婚約者がいらっしゃるにも関わらず、あの女は恥知らずな約束をしておりましたわ」

 「……確か、条件付きでダージリン伯爵と離縁して結婚する、ということでしたな」

 「な、何だと!?」

 コロンボ子爵の言葉にルイージは仰天した。
 それが本当なら、ルイージとて聖女の夫になり代わる可能性が――。
 しかしそんなルイージに、コロンボ子爵は冷や水を浴びせる。

 「落ち着いて下さい。条件付き、でございますよ殿下。
 ダージリン伯爵以上の功績を立て、神の難問を解くことで晴れて聖女様との婚姻が太陽神に認められるとか……その内の一つが、大陸銀と砂糖の取引だそうで、しかも、相場より二割も安いと」

 「……どういうことだ? それでは功績とは言えぬ。レアンドロ・フェリペの方に利がある」

 それが条件ならガリアが取引しても良い位だ。首を傾げるルイージに、ラヴィンヌが口を開いた。

 「効率の良い常識外れな砂糖の製法、もしくは秘密の輸入経路――相場より二割安く売っても利が出る何らかのカラクリがある、と私達は見ておりますの」

 その時にはもう、落ち着きを取り戻したエリザベルが「そうですわ」と相槌を打つ。

 「その砂糖の出所が一体どこなのか。私の父も密かに探っておりますが、少なくともダージリン伯爵擁するキーマン商会の商船ではなさそうでした。
 後は、ヘルヴェティアの傭兵――彼らがキャンディ伯爵家に頻繁に出入りし始めている事に関係があるのでは、と」

 コロンボ子爵の目が鋭くなった。

 「ヘルヴェティアか。もしかして砂糖の製法は彼らからもたらされた? いや、ならば彼ら自身で作る筈ですなぁ」

 「待て、何らかの理由があれば――例えば、原材料が雪山では得られない、とか」

 そして、砂糖の秘密の製法を土産に雪山の傭兵達はキャンディ伯爵の――聖女を選び、その懐へ潜り込んだ。
 狙いは――聖女を担ぎ出しての山岳国家ヘルヴェティアの主権強化あたりか。あの国は昔から貧しく、傭兵業で成り立っている以上は周辺国家の綱引きで揺れ動く。

 ――もし、その元首が王よりも権威を持ち、また国としても傭兵以外で金を稼ぐ手段があれば?

 そう考えれば辻褄は合う。ルイージの考察を聞いたコロンボ子爵は、大きく溜息を吐いた。

 「いずれにせよ、キャンディ伯爵家や聖女様が雪山の民を傭兵として雇うではなく配下として取り込んだとなれば厄介な事です。
 今後傭兵をを使う者達の情報は、当然そちらに漏れる可能性を考えねばなりますまい」
感想 1,014

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。

しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

転生皇女セラフィナ

秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。 目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。 赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。 皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。 前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。 しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。 一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。 「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」 そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。 言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。 それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。 転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。 ※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」