貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】

……うーん、この。

 「『なんということだゴースパジ、話に聞く奇跡は真であったのか……』」

 私から目を逸らせず、ルーシ語で呆然と呟く総主教。距離的には聞こえない筈だが、精神感応を繋げたままの私には関係ない。

 『――サリーナ、今のうちにカレル兄に』

 相手の注意がおろそかになっている内に、と私は即サリーナに指示を飛ばした。
 彼らがわざわざ他者に成り代わってまでやってきた理由の一つは神聖アレマニア帝国皇女だからだ。
 有能な私の侍女は、すぐさま気配を消して移動する。それに合わせ、リーダーに再び鳴いて貰った。

 ……それにしても、こいつらは本当の名前も随分アレだな。

 『エロフェイ・フョードロヴィチ……ウンコフ……それがあなたの本名ですわね?』

 ……うーん、この。

 再度脳内に語りかけられ、更に本名も筒抜けだと悟った総主教は、そのまま膝から崩れ落ちるように私を礼拝した。その様子に広間中の視線が集中する。
 異常事態に隣で見ていたティンコフ(偽)の表情が驚愕のそれへと変化した。こちらを気にしながらも膝を折り腰を落とすと、エロフェイ総主教の肩に手を置く。

 「『総主教――お爺様、どうかなさったのか? まさか、聖女が?』」

 「『……ゲーリーよ、信じがたいことだが、聖女様は神の使いであるカラスを通じて全てを見通しておられる。今しがた、私の頭に直接語りかけてこられたのだ』」

 その言葉に、ティンコフ(偽)改めゲーリーと呼ばれた男はこちらを仰ぎ見た。私はにこりと微笑みを浮かべると、今度はゲーリーに対して能力を使う。

 『その通りですわ。ゲーリー・ミハイロヴィチ・ウンコフ皇太子殿下。太陽神の御前では、嘘も偽りも一切通用しませんのよ』

 結局のところ、ステパン・ティーノビッチ・シコルスキー及びイワン・セメノビッチ・ティンコフと名乗った両名の正体は、東方教会総主教とその孫の皇太子であった。
 宗教と皇族の深い関わりを考えると、神聖アレマニア帝国やロシアのロマノフ王朝に似ていると思う。ロマノフ王朝なんて初代皇帝の父親は総主教だったんだし。

 そこから考えると、こちらの世界の未来の歴史の教科書にはきっと『ルーシ帝国ウンコフ朝』とでも書かれるのだろう。
 そしてそれはタルタリア帝国とは違って泥の洪水マッドフラッドでも押し流してしまえない、そんなかぐわしき文明国家の歴史が――が良ければ三百年程刻まれていくのだろうな、知らんけど。

 ちなみにタルタリア帝国とは、17世紀以前に人類が巨人と共存し超文明を築いていたが、泥の洪水により滅ぼされたという大国のことである。
 以降の歴史は改ざんされ、タルタリア帝国の痕跡が徹底的に消された……とか何とか、そんな感じの陰謀論的都市伝説。

 そんなしょうもない事を考えながら彼ら二人を睥睨する私。
 ゲーリーは一瞬体が震え畏怖の表情を浮かべたものの、流石はルーシ帝国の皇太子といおうか。直ぐに表情を取り繕った。
 そして立ち上がると紳士の礼を取る。

 「……シコルスキーは生来信仰深く、聖女様の神々しいお姿を見て感極まったようです。失礼致しました」

 そう口上を述べつつも、

 『まさかこのような……真実、聖女なのか。正体を見破った今、私達をどうするつもりだ?』

 向けて来るのは挑発するような眼差し。

 『偽物よと声を上げて騒ぐか? もっともその時は、国内外から要人達が集うこの新年のめでたい場で血を流すことになると思うが』

 虚勢と本気が半々。
 大したことは出来まいという楽観的な推測と、自分達を捕らえようとするならば刺し違えてでもという悲壮な覚悟が心の中で入り乱れており――同時に国に残して来た家族の顔を思い浮かべているのが伝わって来た。

 まあ、実際トラス王国から自分達が戻らない時の保険もかけてはいるようだ。
 ゲーリーの父親であり皇帝ミハイルが国元に居る。また、大したことは出来まいという推測も間違ってはいなかった。

 「うふふ、お気になさらず。時折シコルスキー卿のような方もおられますし、信心深い事は恥じる様な事ではございませんから」

 言って、引きずる衣装の右袖で口元を覆う。

 『それと生憎、私は野蛮な事を好みませんの。流血沙汰など、考えてもみませんでしたわ』

 お前とは違ってな、という皮肉を込めたのは勿論先程の挑発への意趣返しである。
 一体私を何だと思っているのか。
 後もつかえているんだし、お前らにそう長い時間を割いてはいられないっての!
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