貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

文字の大きさ
662 / 758
うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】

グレイ・ダージリン(183)

 パチリ、と手に持った鋏が糸を断ち切った。
 まだ駆け出しの頃に海賊の帆職人から多少手解きを受けたヒューズ・ドレイクは、針仕事にそれなりの自信がある。命の水の番が一段落した後、ドレイクは修道服のほつれや穴の修繕を頼まれていた。

 「『精が出るな、ショー』」

 そう言えばそう名乗っていたな…とやや遅れて顔を上げたドレイクの目に映ったのは、アンタークと見知らぬ男の姿。
 彼らの来意を訝しんでいると、「『先日託された手紙の事なんだが』」とアンタークが口を開いた。

 「『丁度港にアルビオンからの、それも立派な船が来ていたそうだぜ。普通は正月早々船なんか来ないってのに……お前さん、運が良かったな』」

 「『本当か、アルビオンの船が?』」

 「『ああ。この男が手紙を運んでくれたんだが、そこの水夫から話を聞いて来てくれてな。その船は暫く滞在する予定なんだと。ショーの体調に問題が無ければ、その船に乗ってお国に帰ったらどうかと思って知らせに来たのさ』」

 「『それは正に渡りに船だが、この時期に何故……変だな。まさか海賊船とかじゃないのか?』」

 ただでさえ冬の海は荒れやすい。加えて年明けの時期は船の航行がぐっと減る。アルビオンの商船――立派な船であるなら尚更動いているのはおかしかった。商船を装った海賊である方がしっくりくる。ドレイク自身、無害な船を装って商船に近付き、積荷を分捕ったのは一度や二度ではないのだから。
 脳裏に近隣の海賊の顔ぶれを思い浮かべながら、水夫の中に特徴的な外見の者はいなかったのか、とドレイクが訊ねようとした時、アンタークが連れて来た男が沈黙を破った。

 「『海賊船ってことはねぇと思う。おいらの叔父貴が港で働いていてさぁ。たまたまその船がやってきたとこを見たんだと。珍しい事もあるもんだと思ってたら、身形の立派な一行がぞろぞろと降りて来て――使用人らしき者は勿論、銃や剣で武装した男達や貴族の身形の男女もいたっていうから、ありゃあアルビオンのお偉い貴族様じゃないかって言ってた』」

 「『お貴族様――その一行の中で一番偉そうな人間はいたのか? 分かるなら、どんな奴だったか教えて欲しい』」

 「うん。叔父貴が言うには、遠目に一際立派な服を着ていた随分太っちょな男がいて、周りに傅かれているようだったんだと。アルビオン王がお忍びでやってきたんじゃないかって噂が立ってたな」

 確かにアルビオン王の恰幅の良さは有名だ。ドレイクが髪の色等他の特徴を訊ねると、王の特徴と一致する。
 アルビオン王国にそのような特徴の王侯貴族は王を置いて他に居ない。高確率で、アルビオン王ゴードリク本人が単身この国へやってきたのだろうとドレイクは考えた。それならば、立派な船――きっと、商船を装わせた軍艦なのだろう――の辻褄も合う。
 だが、何故この時期にわざわざトラス王国に……と考えた直後にはっとして。件の絵画の飾ってある礼拝堂の方をちらりと見る。

 ――恐らく、カレドニア女王がこの国に居るという情報を掴んだに違いない。

 アルビオン王はカレドニア女王に執心しているのは有名な話だ。
 かつて無理やり奪って妻にしたカレドニア王妃に似ているという、年若き女王。それを妻にして、名実共にカレドニア王国を併呑するというのだろう。
 考え込むヒューズ・ドレイクの様子をどう思ったのか、アンタークは表情を変えた。

 「どうしたんだ、ショー、まさか本物の王様だってのか!?」

 「……かもしれない」

 「王様の船なら、安心だな!」

 「いや、そうでもない」

 アルビオンに帰るには、話に聞いた船とは別の船が来るのを待って交渉するか、アルビオン王一行と合流して保護を求めるかになる。
 ただ、前者を選んでアルビオンに帰ったとして、エスパーニャへ大敗を喫した自分はどうなる。王が国を出たなら、その留守を預かるのは王妃だが、実際はかの黒太子であるに違いない。黒太子はドレイクの事を嫌っている。迂闊に戻って馬鹿正直に敗戦の報告でもしようものなら、その責を問われて投獄されるかも知れない。
 後者であっても、ドレイクの敗戦を知れば、帰国した王ゴードリクがどう出るかは未知数だ。最悪、逃げ回る羽目になるだろう。

 置かれている状況は正に金槌と鉄床前門の虎、後門の狼
 ただ――とドレイクは考える。

 ここはトラス王国外国、アルビオン王は十分に権力を振るうことは出来ない。
 アルビオン王を追って接触と敗戦の報告をし、相手の出方を探る。王が怒って自分を処分しようとしても、トラス王国内であれば逃げおおせる事は十分可能な筈だ。

 そう心算を立てたドレイクは、アルビオン王一行を追いかける事に決めた。
感想 1,014

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。

しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

転生皇女セラフィナ

秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。 目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。 赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。 皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。 前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。 しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。 一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。 「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」 そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。 言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。 それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。 転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。 ※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」