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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】
グレイ・ダージリン(183)
パチリ、と手に持った鋏が糸を断ち切った。
まだ駆け出しの頃に海賊の帆職人から多少手解きを受けたヒューズ・ドレイクは、針仕事にそれなりの自信がある。命の水の番が一段落した後、ドレイクは修道服のほつれや穴の修繕を頼まれていた。
「『精が出るな、ショー』」
そう言えばそう名乗っていたな…とやや遅れて顔を上げたドレイクの目に映ったのは、アンタークと見知らぬ男の姿。
彼らの来意を訝しんでいると、「『先日託された手紙の事なんだが』」とアンタークが口を開いた。
「『丁度港にアルビオンからの、それも立派な船が来ていたそうだぜ。普通は正月早々船なんか来ないってのに……お前さん、運が良かったな』」
「『本当か、アルビオンの船が?』」
「『ああ。この男が手紙を運んでくれたんだが、そこの水夫から話を聞いて来てくれてな。その船は暫く滞在する予定なんだと。ショーの体調に問題が無ければ、その船に乗ってお国に帰ったらどうかと思って知らせに来たのさ』」
「『それは正に渡りに船だが、この時期に何故……変だな。まさか海賊船とかじゃないのか?』」
ただでさえ冬の海は荒れやすい。加えて年明けの時期は船の航行がぐっと減る。アルビオンの商船――立派な船であるなら尚更動いているのはおかしかった。商船を装った海賊である方がしっくりくる。ドレイク自身、無害な船を装って商船に近付き、積荷を分捕ったのは一度や二度ではないのだから。
脳裏に近隣の海賊の顔ぶれを思い浮かべながら、水夫の中に特徴的な外見の者はいなかったのか、とドレイクが訊ねようとした時、アンタークが連れて来た男が沈黙を破った。
「『海賊船ってことはねぇと思う。おいらの叔父貴が港で働いていてさぁ。たまたまその船がやってきたとこを見たんだと。珍しい事もあるもんだと思ってたら、身形の立派な一行がぞろぞろと降りて来て――使用人らしき者は勿論、銃や剣で武装した男達や貴族の身形の男女もいたっていうから、ありゃあアルビオンのお偉い貴族様じゃないかって言ってた』」
「『お貴族様――その一行の中で一番偉そうな人間はいたのか? 分かるなら、どんな奴だったか教えて欲しい』」
「うん。叔父貴が言うには、遠目に一際立派な服を着ていた随分太っちょな男がいて、周りに傅かれているようだったんだと。アルビオン王がお忍びでやってきたんじゃないかって噂が立ってたな」
確かにアルビオン王の恰幅の良さは有名だ。ドレイクが髪の色等他の特徴を訊ねると、王の特徴と一致する。
アルビオン王国にそのような特徴の王侯貴族は王を置いて他に居ない。高確率で、アルビオン王ゴードリク本人が単身この国へやってきたのだろうとドレイクは考えた。それならば、立派な船――きっと、商船を装わせた軍艦なのだろう――の辻褄も合う。
だが、何故この時期にわざわざトラス王国に……と考えた直後にはっとして。件の絵画の飾ってある礼拝堂の方をちらりと見る。
――恐らく、カレドニア女王がこの国に居るという情報を掴んだに違いない。
アルビオン王はカレドニア女王に執心しているのは有名な話だ。
かつて無理やり奪って妻にしたカレドニア王妃に似ているという、年若き女王。それを妻にして、名実共にカレドニア王国を併呑するというのだろう。
考え込むヒューズ・ドレイクの様子をどう思ったのか、アンタークは表情を変えた。
「どうしたんだ、ショー、まさか本物の王様だってのか!?」
「……かもしれない」
「王様の船なら、安心だな!」
「いや、そうでもない」
アルビオンに帰るには、話に聞いた船とは別の船が来るのを待って交渉するか、アルビオン王一行と合流して保護を求めるかになる。
ただ、前者を選んでアルビオンに帰ったとして、エスパーニャへ大敗を喫した自分はどうなる。王が国を出たなら、その留守を預かるのは王妃だが、実際はかの黒太子であるに違いない。黒太子はドレイクの事を嫌っている。迂闊に戻って馬鹿正直に敗戦の報告でもしようものなら、その責を問われて投獄されるかも知れない。
後者であっても、ドレイクの敗戦を知れば、帰国した王ゴードリクがどう出るかは未知数だ。最悪、逃げ回る羽目になるだろう。
置かれている状況は正に金槌と鉄床。
ただ――とドレイクは考える。
ここはトラス王国、アルビオン王は十分に権力を振るうことは出来ない。
アルビオン王を追って接触と敗戦の報告をし、相手の出方を探る。王が怒って自分を処分しようとしても、トラス王国内であれば逃げおおせる事は十分可能な筈だ。
そう心算を立てたドレイクは、アルビオン王一行を追いかける事に決めた。
まだ駆け出しの頃に海賊の帆職人から多少手解きを受けたヒューズ・ドレイクは、針仕事にそれなりの自信がある。命の水の番が一段落した後、ドレイクは修道服のほつれや穴の修繕を頼まれていた。
「『精が出るな、ショー』」
そう言えばそう名乗っていたな…とやや遅れて顔を上げたドレイクの目に映ったのは、アンタークと見知らぬ男の姿。
彼らの来意を訝しんでいると、「『先日託された手紙の事なんだが』」とアンタークが口を開いた。
「『丁度港にアルビオンからの、それも立派な船が来ていたそうだぜ。普通は正月早々船なんか来ないってのに……お前さん、運が良かったな』」
「『本当か、アルビオンの船が?』」
「『ああ。この男が手紙を運んでくれたんだが、そこの水夫から話を聞いて来てくれてな。その船は暫く滞在する予定なんだと。ショーの体調に問題が無ければ、その船に乗ってお国に帰ったらどうかと思って知らせに来たのさ』」
「『それは正に渡りに船だが、この時期に何故……変だな。まさか海賊船とかじゃないのか?』」
ただでさえ冬の海は荒れやすい。加えて年明けの時期は船の航行がぐっと減る。アルビオンの商船――立派な船であるなら尚更動いているのはおかしかった。商船を装った海賊である方がしっくりくる。ドレイク自身、無害な船を装って商船に近付き、積荷を分捕ったのは一度や二度ではないのだから。
脳裏に近隣の海賊の顔ぶれを思い浮かべながら、水夫の中に特徴的な外見の者はいなかったのか、とドレイクが訊ねようとした時、アンタークが連れて来た男が沈黙を破った。
「『海賊船ってことはねぇと思う。おいらの叔父貴が港で働いていてさぁ。たまたまその船がやってきたとこを見たんだと。珍しい事もあるもんだと思ってたら、身形の立派な一行がぞろぞろと降りて来て――使用人らしき者は勿論、銃や剣で武装した男達や貴族の身形の男女もいたっていうから、ありゃあアルビオンのお偉い貴族様じゃないかって言ってた』」
「『お貴族様――その一行の中で一番偉そうな人間はいたのか? 分かるなら、どんな奴だったか教えて欲しい』」
「うん。叔父貴が言うには、遠目に一際立派な服を着ていた随分太っちょな男がいて、周りに傅かれているようだったんだと。アルビオン王がお忍びでやってきたんじゃないかって噂が立ってたな」
確かにアルビオン王の恰幅の良さは有名だ。ドレイクが髪の色等他の特徴を訊ねると、王の特徴と一致する。
アルビオン王国にそのような特徴の王侯貴族は王を置いて他に居ない。高確率で、アルビオン王ゴードリク本人が単身この国へやってきたのだろうとドレイクは考えた。それならば、立派な船――きっと、商船を装わせた軍艦なのだろう――の辻褄も合う。
だが、何故この時期にわざわざトラス王国に……と考えた直後にはっとして。件の絵画の飾ってある礼拝堂の方をちらりと見る。
――恐らく、カレドニア女王がこの国に居るという情報を掴んだに違いない。
アルビオン王はカレドニア女王に執心しているのは有名な話だ。
かつて無理やり奪って妻にしたカレドニア王妃に似ているという、年若き女王。それを妻にして、名実共にカレドニア王国を併呑するというのだろう。
考え込むヒューズ・ドレイクの様子をどう思ったのか、アンタークは表情を変えた。
「どうしたんだ、ショー、まさか本物の王様だってのか!?」
「……かもしれない」
「王様の船なら、安心だな!」
「いや、そうでもない」
アルビオンに帰るには、話に聞いた船とは別の船が来るのを待って交渉するか、アルビオン王一行と合流して保護を求めるかになる。
ただ、前者を選んでアルビオンに帰ったとして、エスパーニャへ大敗を喫した自分はどうなる。王が国を出たなら、その留守を預かるのは王妃だが、実際はかの黒太子であるに違いない。黒太子はドレイクの事を嫌っている。迂闊に戻って馬鹿正直に敗戦の報告でもしようものなら、その責を問われて投獄されるかも知れない。
後者であっても、ドレイクの敗戦を知れば、帰国した王ゴードリクがどう出るかは未知数だ。最悪、逃げ回る羽目になるだろう。
置かれている状況は正に金槌と鉄床。
ただ――とドレイクは考える。
ここはトラス王国、アルビオン王は十分に権力を振るうことは出来ない。
アルビオン王を追って接触と敗戦の報告をし、相手の出方を探る。王が怒って自分を処分しようとしても、トラス王国内であれば逃げおおせる事は十分可能な筈だ。
そう心算を立てたドレイクは、アルビオン王一行を追いかける事に決めた。
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