貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】

グレイ・ダージリン(184)

 その宿場町の食堂は、昼時であることも手伝ってそれなりの客の入りだった。
 チーズのかかったジャガイモに肉と豆のスープに舌鼓を打ちながら、ドレイクは耳を澄ます。

 「『聞いたか、アルビオン人達の噂』」

 「『ああ、聞いた聞いた。何でも高位貴族か王族なんだろうって話だが、何故わざわざこの国に来たんだろうな?』」

 「『そりゃあ、あの国は教会に破門されてるんだもの。信心深いお人なら、何とか聖女様にお目通りして祈りを捧げたいと思うのが人情じゃないのかい』」

 「『少し前、港町で知り合いの船乗りに聞いたんだが、アルビオンでは疱瘡の病が流行り出していたんだと。破門されている国が『神の刻印』を受け入れるとは思えないから、恐らく今頃は……だからこそ、聖女様におすがりしたいのかもな』」

 その推測は当たらずとも遠からずだろう。
 最後の一口を食べてしまうと、猛烈に酒が欲しくなる。だが今は善人を装っている最中だ。同行者も居る以上、理性の箍が外れるような事は出来ない。

 酒断ちの不満を誤魔化すように、ドレイクは何となく自分の左腕にある『神の刻印』をそっと押さえる。牛や馬のできものだという刻印を受けるのは正直心底嫌だった。
 だが、マンデーズ教会を辞する時。ドレイクはアルビオン王と思われる一行を追いかける言い訳として、『信仰に目覚めた為、聖女様を一目なりとも拝みたい、聖女降誕節に向けて急ぎたい』と言ってしまった。
 すると、『信仰の為に王都へ旅するならば、その身に神の刻印を受けるべきだ』と修道士達に強く言われ、断れなかったのだ。
 幸い、刻印はチクリとしただけで後は熱が出ることもなく何ともなかったが――腕には小さな痕が出来ている。
 マンデーズ教会の連中の言う通り、これで本当に疱瘡に罹らずに済むのだろうか。

 そんな事を考えていた、その時。目の前に座っていた同行者――アンタークに一人の男が近付き、何事かを囁いた。

 『病み上がりのアルビオン人の一人旅は心許ないだろう。ヴィトン大司教様から手紙を届けて欲しいと言われているし、俺も聖女様や降誕節の賑わいは見てみたい』

 アンタークがそう言って同行を申し出て来たのは、素を出せなくなったドレイクにとって迷惑であったが――一方で土地勘や便宜的な事で助けられてもいる。
 アンタークの話では、トラス王国は最近街道や宿場町が整備されたのだという。
 聖女の夫ダージリン伯爵傘下の商会が一枚噛む形で、乗合馬車や急ぎの旅客用の替え馬商売が盛んになっており、昔と比べて随分便利になったのだそうだ。

 猫かぶりが続くのは面倒だが、利点を考えればドレイクには撒くという選択肢は無かった。
 勿論、アルビオン王一行と合流出来ればアンターク達とは別れる事になるだろう。それまでの縁だ。

 男が離れると、アンタークは手を挙げて給仕を呼び、勘定を頼んだ。こちらをちらりと見る。腕を抑えるドレイクをどう思ったのか、目に気遣わし気な色が宿った。

 「『ショー、体調は大丈夫か? 馬の用意が出来たそうだ、そろそろ出発なんだが』」

 「『ああ、問題ない』」

 言いながら、ドレイクは服に零れ落ちた食べ物の屑を払いながら立ち上がった。



***


 その後、アンタークとドレイクが出て行った宿場町。
 アンタークに替え馬の用意が出来たと告げた男が小さな手紙を脚に括りつけた鳩を大空に放っていた。

 アンタークとドレイクが乗る馬よりも早く飛ぶその優秀な伝書鳩は、帰巣本能でキャンディ伯爵家の鳩舎に帰り着く。
 その鳩に餌をやりつつその脚から手紙を抜き取った隠密騎士――中脚こと鶏蛇竜コカトリスのカール・リザヒルは、手紙の中身をさっと改めると、興味深そうに目を細める。

 「毒竜と思しき男、か……ふうん。雪山の傭兵がいると、集まる情報も増えて面白いもんだねー」

 カールは呟いて、鳩を一撫ですると足早に鳩舎を出て行ったのだった。
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