666 / 758
うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】
北方諸国からの縁談。
トラス国王一家への挨拶をしたい旨を、順番を采配する侍従に告げ、名を呼ばれるのを待つ。
リュサイの身分はカレドニアの女王であるので順番を早める事を提案されたが、あくまでもトラス王国や聖女の庇護を求める身。優遇により周囲の反感を買うのもどうかと思ったリュサイはそれを固辞することにした。
呼ばれるまで大分時間があるので、少し腹ごしらえをしても良いかも知れない。匂いの左程強くないものを求め、飲み物や料理が所狭しと並べられたテーブルへと向かう。
騎士ドナルドがそこに居た給仕に条件にあった食事を選んで渡すよう申し付けたところで、リュサイは斜め背後から誰かが近付いて来る気配に気が付いた。
振り向くと、ワイングラスを片手に紳士の礼を取っている。銀に近い金髪に加えて肌の白さ。恐らく北方諸国の人間なのだろう。
「カレドニア王国リュサイ女王陛下であらせられますな?」
――ヘンリク・シグルドソン・ファルク。イスフォル王国の使者です。身分は子爵。
母国語でリュサイ達に囁いた後、カレドニア王国外交官タイグ・フレイザーは騎士ドナルドが前へ進み出そうとしたのを制して歩を進めた。
「これはこれはファルク卿……身分が上の御方のお声掛けも待たず、飲み物を手にしたまま礼を取られるとは……流石は自由で気さくなイスフォルの国風といったところでしょうか?」
「いえいえ、フレイザー卿。この場は目出度い新年の宴。多少の無礼講は許されるものと思っておりました故……リュサイ陛下のお気を害してしまったのであればご容赦を!」
タイグの予想とは違い、相手はグラスを給仕に渡すとすぐさま声を張り上げ大げさな謝罪をする。何事かと周囲の目線がちらほらとこちらに向けられ始めた。
タイグは目線でリュサイの意を窺う。なるべく穏便に済ますしかないだろう。リュサイは扇を広げてタイグの隣に立った。
「ああ、私は別に気を悪くしてはおりません。このような体験はこれまでの人生で滅多に無かったものですから――少し驚いてしまいましたの」
「我が女王陛下は寛大なお方でいらっしゃる」
「それだけではなく、お美しい。リュサイ女王陛下のその美貌は北方諸国にも轟いております。
丁度今しがた、聖女様のお慈悲を受けた国同士で新たな交易や商売等の話をしていたところなのですが、その時にリュサイ陛下の美貌も話題に上りましてね」
言われて目線を動かすと、リュサイの視界――にこやかに話すファルク卿の背後には、北方諸国の特徴を持った貴族達が皿やグラスを片手にこちらを注目している。
新たな交易や商売とやらに加われ、という事なのだろうか。あの新しいお酒――情報が漏れていた?
その可能性に困惑するリュサイに構わず、ファルク卿は話し続ける。
「海を隔て――時にはフレメズ島の領有を争うことがありましたが、我がイスフィオル王国と貴国はそれなりに交易を行って参りました」
「諸島ニアフトラナッハですな」
フレメズ島も諸島ニアフトラナッハも同じ島を指している。笑顔を崩さずカレドニア王国の呼び名で訂正したタイグにリュサイは一瞬ヒヤリと緊張したが、ファルク卿は気を悪くした様子も無い。
「……そう言えば、陛下はもう王配をお決めになられていないとお聞き致しました。野心溢れるアルビオンの好色王に御身を狙われている、とも」
そこで、でございますが――そう言ってファルク卿はリュサイに向かって紳士の礼を取った。
「聖女様の庇護を受けられた国同士。結束を固める為にも我が国の第三王子殿下を伴侶としては如何でございましょうか? 悲しい歴史のある島につきましても、両国の島として新たに名付けることで生まれ変わりましょう」
「な……」
騎士ドナルドが何かを言いかけた、その時。
「待たれよ、ファルク卿。貴国の第三王子殿下は御年十五。リュサイ陛下と年齢的な釣り合いが取れておらぬ。その点、我がソルスンド王国の第二王子殿下は二十五歳、リュサイ陛下の王配として御身と国を守るのに申し分ない!」
「失礼だが、貴国の第二王子殿下は熊のような大男ではないか。リュサイ女王陛下には我がレヴォントゥリリケ王国の王弟殿下こそが相応しい。美丈夫で年齢も釣り合いが取れ、何より母君である王太后様はトラス国王陛下の姉君でいらっしゃる」
「貴殿ら、我らステンマルク王国も忘れて貰っては困る。国土こそは小さいが、貿易において発展しており豊かだ。ステンマルク王国の第二王子殿下を選んで頂ければ、十分な援助をお約束出来る」
それまで黙って様子を窺っていた他の北方諸国の使者達が次々に声を上げた。いずれも自国の王子をリュサイと結婚させようとしているのだ。挙句、互いにライバルとなる王子の欠点や悪口を言い合う始末である。
タイグが「ここでそのようなお話をされても困ります」とお茶を濁そうとするも、事前に酒が入っているのも手伝ってヒートアップした彼らは、「決めるのはフレイザー卿ではなくリュサイ女王陛下だ」と決断を迫った。
周囲の好奇の目に晒され困り果てながらも、リュサイが額に青筋を浮かべた騎士ドナルドを必死に宥めていると、ふと影が顔に落ちる。
「イスフォル王国、ソルスンド王国、レヴォントゥリリケ王国、ステンマルク王国の方々とお見受け致します。私はキャンディ伯爵家の次男、カレルと申します。
麗しきリュサイ女王陛下との縁談を望まれるのは理解出来ますが……ご覧ください。貴殿達の矢継ぎ早の申し出に、リュサイ陛下は顔色を悪くされております。
実は陛下は先日まで体調が優れずに休養なさっておられたのです。尊き御身を預かっているキャンディ伯爵家の者としては見過ごせません。どうかご容赦頂きたいのですが」
「カレル様……!」
庇って貰えたことに胸が高まる。「いきなり何だね、貴殿は!」等と北方諸国の男達が不快を露わにするも、タイグの「カレル卿は聖女様の兄君でいらっしゃるのです」という言葉を聞くとすぐに怯んだように押し黙った。
その時丁度侍従がリュサイ達を呼ぶ。
「大丈夫ですか、リュサイ様。もし宜しければ、僭越ながら私がエスコートを致しましょう。虫除けぐらいにはなるでしょうから」
「あ、ありがとうございます……!」
カレルの申し出を、リュサイは有難く受けた。
リュサイの身分はカレドニアの女王であるので順番を早める事を提案されたが、あくまでもトラス王国や聖女の庇護を求める身。優遇により周囲の反感を買うのもどうかと思ったリュサイはそれを固辞することにした。
呼ばれるまで大分時間があるので、少し腹ごしらえをしても良いかも知れない。匂いの左程強くないものを求め、飲み物や料理が所狭しと並べられたテーブルへと向かう。
騎士ドナルドがそこに居た給仕に条件にあった食事を選んで渡すよう申し付けたところで、リュサイは斜め背後から誰かが近付いて来る気配に気が付いた。
振り向くと、ワイングラスを片手に紳士の礼を取っている。銀に近い金髪に加えて肌の白さ。恐らく北方諸国の人間なのだろう。
「カレドニア王国リュサイ女王陛下であらせられますな?」
――ヘンリク・シグルドソン・ファルク。イスフォル王国の使者です。身分は子爵。
母国語でリュサイ達に囁いた後、カレドニア王国外交官タイグ・フレイザーは騎士ドナルドが前へ進み出そうとしたのを制して歩を進めた。
「これはこれはファルク卿……身分が上の御方のお声掛けも待たず、飲み物を手にしたまま礼を取られるとは……流石は自由で気さくなイスフォルの国風といったところでしょうか?」
「いえいえ、フレイザー卿。この場は目出度い新年の宴。多少の無礼講は許されるものと思っておりました故……リュサイ陛下のお気を害してしまったのであればご容赦を!」
タイグの予想とは違い、相手はグラスを給仕に渡すとすぐさま声を張り上げ大げさな謝罪をする。何事かと周囲の目線がちらほらとこちらに向けられ始めた。
タイグは目線でリュサイの意を窺う。なるべく穏便に済ますしかないだろう。リュサイは扇を広げてタイグの隣に立った。
「ああ、私は別に気を悪くしてはおりません。このような体験はこれまでの人生で滅多に無かったものですから――少し驚いてしまいましたの」
「我が女王陛下は寛大なお方でいらっしゃる」
「それだけではなく、お美しい。リュサイ女王陛下のその美貌は北方諸国にも轟いております。
丁度今しがた、聖女様のお慈悲を受けた国同士で新たな交易や商売等の話をしていたところなのですが、その時にリュサイ陛下の美貌も話題に上りましてね」
言われて目線を動かすと、リュサイの視界――にこやかに話すファルク卿の背後には、北方諸国の特徴を持った貴族達が皿やグラスを片手にこちらを注目している。
新たな交易や商売とやらに加われ、という事なのだろうか。あの新しいお酒――情報が漏れていた?
その可能性に困惑するリュサイに構わず、ファルク卿は話し続ける。
「海を隔て――時にはフレメズ島の領有を争うことがありましたが、我がイスフィオル王国と貴国はそれなりに交易を行って参りました」
「諸島ニアフトラナッハですな」
フレメズ島も諸島ニアフトラナッハも同じ島を指している。笑顔を崩さずカレドニア王国の呼び名で訂正したタイグにリュサイは一瞬ヒヤリと緊張したが、ファルク卿は気を悪くした様子も無い。
「……そう言えば、陛下はもう王配をお決めになられていないとお聞き致しました。野心溢れるアルビオンの好色王に御身を狙われている、とも」
そこで、でございますが――そう言ってファルク卿はリュサイに向かって紳士の礼を取った。
「聖女様の庇護を受けられた国同士。結束を固める為にも我が国の第三王子殿下を伴侶としては如何でございましょうか? 悲しい歴史のある島につきましても、両国の島として新たに名付けることで生まれ変わりましょう」
「な……」
騎士ドナルドが何かを言いかけた、その時。
「待たれよ、ファルク卿。貴国の第三王子殿下は御年十五。リュサイ陛下と年齢的な釣り合いが取れておらぬ。その点、我がソルスンド王国の第二王子殿下は二十五歳、リュサイ陛下の王配として御身と国を守るのに申し分ない!」
「失礼だが、貴国の第二王子殿下は熊のような大男ではないか。リュサイ女王陛下には我がレヴォントゥリリケ王国の王弟殿下こそが相応しい。美丈夫で年齢も釣り合いが取れ、何より母君である王太后様はトラス国王陛下の姉君でいらっしゃる」
「貴殿ら、我らステンマルク王国も忘れて貰っては困る。国土こそは小さいが、貿易において発展しており豊かだ。ステンマルク王国の第二王子殿下を選んで頂ければ、十分な援助をお約束出来る」
それまで黙って様子を窺っていた他の北方諸国の使者達が次々に声を上げた。いずれも自国の王子をリュサイと結婚させようとしているのだ。挙句、互いにライバルとなる王子の欠点や悪口を言い合う始末である。
タイグが「ここでそのようなお話をされても困ります」とお茶を濁そうとするも、事前に酒が入っているのも手伝ってヒートアップした彼らは、「決めるのはフレイザー卿ではなくリュサイ女王陛下だ」と決断を迫った。
周囲の好奇の目に晒され困り果てながらも、リュサイが額に青筋を浮かべた騎士ドナルドを必死に宥めていると、ふと影が顔に落ちる。
「イスフォル王国、ソルスンド王国、レヴォントゥリリケ王国、ステンマルク王国の方々とお見受け致します。私はキャンディ伯爵家の次男、カレルと申します。
麗しきリュサイ女王陛下との縁談を望まれるのは理解出来ますが……ご覧ください。貴殿達の矢継ぎ早の申し出に、リュサイ陛下は顔色を悪くされております。
実は陛下は先日まで体調が優れずに休養なさっておられたのです。尊き御身を預かっているキャンディ伯爵家の者としては見過ごせません。どうかご容赦頂きたいのですが」
「カレル様……!」
庇って貰えたことに胸が高まる。「いきなり何だね、貴殿は!」等と北方諸国の男達が不快を露わにするも、タイグの「カレル卿は聖女様の兄君でいらっしゃるのです」という言葉を聞くとすぐに怯んだように押し黙った。
その時丁度侍従がリュサイ達を呼ぶ。
「大丈夫ですか、リュサイ様。もし宜しければ、僭越ながら私がエスコートを致しましょう。虫除けぐらいにはなるでしょうから」
「あ、ありがとうございます……!」
カレルの申し出を、リュサイは有難く受けた。
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。
しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。
転生皇女セラフィナ
秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。
目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。
赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。
皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。
前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。
しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。
一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。
「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」
そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。
言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。
それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。
転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。
※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。