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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】
あの話って三つ全部入ってるよね。
※鶏と蛇と豚:
貪・瞋・痴のこと。
好むものをむさぼり求める『貪』、嫌いなものを憎み嫌悪する『瞋』、的確な判断が下せず迷い惑う『痴』。
------------------------------------------------------------------------
「お前達流浪の民達は恵まれているではないか!」
一瞬静まり返った後。群衆から「いきなり何だお前は!」「知った風な口を利くな」等と怒号が上がり始める。
サイアが「俺はお前達が引き合いに出しているコルボの民だ!」と叫び返すと、流浪の民達は怯んだように黙った。
「聞け。我らは移動したところで人々に受け入れられていない。お前達流浪の民達にでさえ、我らは蔑まれてきた。
さりとてどこにも逃げる場所もなく、疱瘡の病の原因だと言いがかりをつけられ――更には族滅に遭いかけたところを命からがらこの国まで落ち延びて来て、聖女様に救われた!
それが何だ、お前達は我らと違い自由に移動できるではないか! 人々からの蔑みは受けたとて、我ら程ではない。
命を脅かされる危険もない――それなのに、聖女様の救済を求めるのか!」
思った通り、サイアは良い仕事をしてくれる。
ここで流浪の民達の言い分を簡単に聞いてしまうと、後から後から我も我もやって来てしまうだろうからな……サイア達も良い顔はしないだろう。
だからといって拒否してしまうのもまずい。彼らは流浪の民であり、聖女が慈悲深くないとあちこちで喧伝するに違いない。
聖女の慈悲は得ても、無償ではない。その事実が大事なのである。
出来るだけ有難がって働いて貰わねば――勿体ぶって、恩着せがましく!
サイアの叱責に、流浪の民達は言葉を発せずにいた。その中の幾人かは静観し続ける私を救いを求める眼差しで見つめている。
緊迫した雰囲気の中、私が口を開こうとしたその時――
「まあまあ、落ち着かれよ」
親切顔で口を開いたのは、ティヴリー子爵だった。
「聖女様のお慈悲は何もコルボの民だけではなく、諸国あまねく民が求めるもの。今ここで流浪の民達が願ったとて、そのように怒らずとも。
それに、コルボの民はもう救われたのだから良いではないかな」
「そうだそうだ!」
ティヴリー子爵の言葉に再び沸き立つ群衆。
そこへ、一人の黒髪の美女が進み出て来た。浅黒い肌の多い流浪の民の中で、珍しい色白の肌をしている。
「コルボの方。私達は確かに何処へでも行けるわ、境遇もあなた方より多少はマシだったかも知れない。だけど帰るべき故郷が無いのよ!」
言って、彼女は両手を胸の前で交差させると、私に向かって両膝で跪いて頭を垂れた。
「いと高き至高の神の娘たる聖女様、覚えておいででしょうか? 私は以前、王宮で演じさせて頂いた劇団に属するしがない女優、エスメラルダでございます」
――ごめん、顔は覚えていたけど名前は忘れてた。
小洒落た服装の劇団員達が背後で心配そうにこちらを見守っている。
――それにしてもエスメラルダか。ノートルd、ほにゃらら…はこの世にないから、ノートルサンテヴィヤージュ大聖堂の鐘でも撞きに行くかね? 鶏と蛇と豚を殺しになぁ(※)!
……なんて考えながら、勿論覚えていますよとばかりにポーカーフェイスでこくりと頷く私。
「嬉しゅうございます、覚えていて下さったのですね……!」と感涙んばかりのエスメラルダ。劇団員達もホッとした様子だ。
うっ、罪悪感が……。
「大勢で押しかけた無礼、改めて謝罪致します。大変申し訳ございませんでした。その上で伏してお願い申し上げます。私の話をお聞きくださいますか、聖女様」
再び頷くと、エスメラルダは有難うございます、と言って話し始めた。
「今でこそ王都に居を構えておりますが……私は本来は流浪の民として、放浪の一生を送る予定でした。
それが、今の劇団に演劇の才を見出され、パトロンにも恵まれて。果ては王宮にて聖女様役をさせて頂けるまでになり――身に余る光栄と幸運に恵まれました。
しかし、私の母や親戚は……私に迷惑をかけられないと未だ宛所の無い放浪の生活をしております」
エスメラルダは切々と語る。
精神感応を使って掘り下げてみると、母一人娘一人――恐らく彼女の父親が白人系だったのだろう。
父の肌を受け継いだエスメラルダは、どこか疎外感を味わいながらも、母や一族に愛し愛されて育った、と。
そんな複雑な背景を持ちながらも、今やトラス王国で女優として大成した彼女は、母親や皆の為に必死の覚悟で私の前に立っている。
流浪の民に約束された地があれば。
年老いた母親も皆も、自分に気兼ねすること無く穏やかな生活が出来る――そんな想いが痛い程伝わって来た。
「若く元気な内はまだ良いのですが……年を取るにつれて旅暮らしは過酷なものとなり、長く生きる事は出来ません。
死した場所が悪ければ葬儀も埋葬もままならず、亡骸を燃やすしか無いのです。その燃料すら手に入らない場合には亡骸を山野に打ち捨て獣に食わせるしかないこともございます」
葬儀も埋葬もままならない? 首を傾げると、隣のグレイが耳元に唇を寄せた。
――マリー、場所によっては教会が足元を見たりするんだよ。
ああ、理解した。葬儀や埋葬にかかる費用をぼったくるのか。
その土地の住人達(仏教でいう檀家達)が余所者の墓が出来る事を良しとしない、というのもあるんだろうな。
ちなみにこの世界は土葬が一般的である。火葬もあることはあるが、罪人を浄化する為のもの……みたいなイメージが強い。それも偏見に一役買っているのだろう。
ただ、衛生的にも埋葬スペース的にも火葬の方が良いので、燃料の問題さえクリア出来ればそっちにシフトしていければなぁ。
「だからこそ私達は故郷となる安住の地を願っております。
年寄りが穏やかに暮らせる場所、魂が落ち着いて安らげる場所を……聖女様、ささやかなものでも構いません、せめて年寄りや死者の為に少しだけでもお慈悲を頂けないでしょうか? その為ならば、私は全てを差し出しましょう!」
五体投地! とばかりにエスメラルダはそのまま土下座する。エスメラルダについて来た劇団員や群衆も口々に「お慈悲を!」と言いながら彼女に倣った。
……ここで断ったら間違いなく私は悪役だろうな。さて、ここが潮時か。
私は精神感応を使って彼らを呼んだ。
木々の影、あちらこちらからこちらへ向かって飛来してくる複数の影。その内の一つはUMA天馬の頭に着陸すると、翼を広げて元気良く「カァ!」と声を上げた。
言わずと知れた、カラスのリーダーである。
視界の隅に映ったティヴリー子爵の顔から、余裕の笑みが消えた。
貪・瞋・痴のこと。
好むものをむさぼり求める『貪』、嫌いなものを憎み嫌悪する『瞋』、的確な判断が下せず迷い惑う『痴』。
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「お前達流浪の民達は恵まれているではないか!」
一瞬静まり返った後。群衆から「いきなり何だお前は!」「知った風な口を利くな」等と怒号が上がり始める。
サイアが「俺はお前達が引き合いに出しているコルボの民だ!」と叫び返すと、流浪の民達は怯んだように黙った。
「聞け。我らは移動したところで人々に受け入れられていない。お前達流浪の民達にでさえ、我らは蔑まれてきた。
さりとてどこにも逃げる場所もなく、疱瘡の病の原因だと言いがかりをつけられ――更には族滅に遭いかけたところを命からがらこの国まで落ち延びて来て、聖女様に救われた!
それが何だ、お前達は我らと違い自由に移動できるではないか! 人々からの蔑みは受けたとて、我ら程ではない。
命を脅かされる危険もない――それなのに、聖女様の救済を求めるのか!」
思った通り、サイアは良い仕事をしてくれる。
ここで流浪の民達の言い分を簡単に聞いてしまうと、後から後から我も我もやって来てしまうだろうからな……サイア達も良い顔はしないだろう。
だからといって拒否してしまうのもまずい。彼らは流浪の民であり、聖女が慈悲深くないとあちこちで喧伝するに違いない。
聖女の慈悲は得ても、無償ではない。その事実が大事なのである。
出来るだけ有難がって働いて貰わねば――勿体ぶって、恩着せがましく!
サイアの叱責に、流浪の民達は言葉を発せずにいた。その中の幾人かは静観し続ける私を救いを求める眼差しで見つめている。
緊迫した雰囲気の中、私が口を開こうとしたその時――
「まあまあ、落ち着かれよ」
親切顔で口を開いたのは、ティヴリー子爵だった。
「聖女様のお慈悲は何もコルボの民だけではなく、諸国あまねく民が求めるもの。今ここで流浪の民達が願ったとて、そのように怒らずとも。
それに、コルボの民はもう救われたのだから良いではないかな」
「そうだそうだ!」
ティヴリー子爵の言葉に再び沸き立つ群衆。
そこへ、一人の黒髪の美女が進み出て来た。浅黒い肌の多い流浪の民の中で、珍しい色白の肌をしている。
「コルボの方。私達は確かに何処へでも行けるわ、境遇もあなた方より多少はマシだったかも知れない。だけど帰るべき故郷が無いのよ!」
言って、彼女は両手を胸の前で交差させると、私に向かって両膝で跪いて頭を垂れた。
「いと高き至高の神の娘たる聖女様、覚えておいででしょうか? 私は以前、王宮で演じさせて頂いた劇団に属するしがない女優、エスメラルダでございます」
――ごめん、顔は覚えていたけど名前は忘れてた。
小洒落た服装の劇団員達が背後で心配そうにこちらを見守っている。
――それにしてもエスメラルダか。ノートルd、ほにゃらら…はこの世にないから、ノートルサンテヴィヤージュ大聖堂の鐘でも撞きに行くかね? 鶏と蛇と豚を殺しになぁ(※)!
……なんて考えながら、勿論覚えていますよとばかりにポーカーフェイスでこくりと頷く私。
「嬉しゅうございます、覚えていて下さったのですね……!」と感涙んばかりのエスメラルダ。劇団員達もホッとした様子だ。
うっ、罪悪感が……。
「大勢で押しかけた無礼、改めて謝罪致します。大変申し訳ございませんでした。その上で伏してお願い申し上げます。私の話をお聞きくださいますか、聖女様」
再び頷くと、エスメラルダは有難うございます、と言って話し始めた。
「今でこそ王都に居を構えておりますが……私は本来は流浪の民として、放浪の一生を送る予定でした。
それが、今の劇団に演劇の才を見出され、パトロンにも恵まれて。果ては王宮にて聖女様役をさせて頂けるまでになり――身に余る光栄と幸運に恵まれました。
しかし、私の母や親戚は……私に迷惑をかけられないと未だ宛所の無い放浪の生活をしております」
エスメラルダは切々と語る。
精神感応を使って掘り下げてみると、母一人娘一人――恐らく彼女の父親が白人系だったのだろう。
父の肌を受け継いだエスメラルダは、どこか疎外感を味わいながらも、母や一族に愛し愛されて育った、と。
そんな複雑な背景を持ちながらも、今やトラス王国で女優として大成した彼女は、母親や皆の為に必死の覚悟で私の前に立っている。
流浪の民に約束された地があれば。
年老いた母親も皆も、自分に気兼ねすること無く穏やかな生活が出来る――そんな想いが痛い程伝わって来た。
「若く元気な内はまだ良いのですが……年を取るにつれて旅暮らしは過酷なものとなり、長く生きる事は出来ません。
死した場所が悪ければ葬儀も埋葬もままならず、亡骸を燃やすしか無いのです。その燃料すら手に入らない場合には亡骸を山野に打ち捨て獣に食わせるしかないこともございます」
葬儀も埋葬もままならない? 首を傾げると、隣のグレイが耳元に唇を寄せた。
――マリー、場所によっては教会が足元を見たりするんだよ。
ああ、理解した。葬儀や埋葬にかかる費用をぼったくるのか。
その土地の住人達(仏教でいう檀家達)が余所者の墓が出来る事を良しとしない、というのもあるんだろうな。
ちなみにこの世界は土葬が一般的である。火葬もあることはあるが、罪人を浄化する為のもの……みたいなイメージが強い。それも偏見に一役買っているのだろう。
ただ、衛生的にも埋葬スペース的にも火葬の方が良いので、燃料の問題さえクリア出来ればそっちにシフトしていければなぁ。
「だからこそ私達は故郷となる安住の地を願っております。
年寄りが穏やかに暮らせる場所、魂が落ち着いて安らげる場所を……聖女様、ささやかなものでも構いません、せめて年寄りや死者の為に少しだけでもお慈悲を頂けないでしょうか? その為ならば、私は全てを差し出しましょう!」
五体投地! とばかりにエスメラルダはそのまま土下座する。エスメラルダについて来た劇団員や群衆も口々に「お慈悲を!」と言いながら彼女に倣った。
……ここで断ったら間違いなく私は悪役だろうな。さて、ここが潮時か。
私は精神感応を使って彼らを呼んだ。
木々の影、あちらこちらからこちらへ向かって飛来してくる複数の影。その内の一つはUMA天馬の頭に着陸すると、翼を広げて元気良く「カァ!」と声を上げた。
言わずと知れた、カラスのリーダーである。
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