貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】

グレイ・ダージリン(195)

 無事に『聖女の祝福を受けし国家連合』についての話し合いが終わったところで、喫茶室に軽食や菓子等が運ばれて和やかな会食の時間となり。
 外国からの使者達はキャンディ伯爵家の美食に大いに驚き愉しみ。マリーは主にエピテュミア夫人を中心に、ディブロマ伯爵家の方々と歓談していた。
 僕もマリーと共に会話に加わりながら、ある視線を感じていた。そちらをちらりと見ると、視界の隅には騎士ドナルドの姿。
 何か話しかけて来る訳じゃない。だけど、何かを訴える様なその眼差しに、僕は居心地の悪さを感じていた。

 やがて会食が終わって全員で庭へ。
 そこで小型機関車の見学を終えた客人達は、興奮した様子で帰って行った。リュサイ様達も自室に引き上げ、ホッとしたのも束の間――

 「――で。詳しい説明を聞かせてくれるんだろうなぁ、馬鹿娘」

 執務室に集められた僕達。目の前では、怒りの笑顔を浮かべたサイモン様がマリーを問い詰めていた。

 「く、詳しい説明も何も。さっき話し合われた通りよ、国際秩序と世界平和のた――痛たたたたたっ、ダディッ、アイアンクローはタンマタンマ!」

 「嘘を吐くならもう少しマシなものにするんだな馬鹿娘。そんな綺麗事を信じる人間は余程の阿呆だ」

 マリーの頭に手を伸ばして鷲掴みにした義父サイモン様の言葉に、二人の兄君達が頷いている。
 悲鳴を上げながらマリーはその腕をバシバシと叩いている。やっと解放されたマリーは、ソファーに凭れ掛かるように座った。

 「……嫌に具体的に纏めてあるな」

 「どうせ、前世の知識なのだろう?」

 トーマス様がパラパラとマリーが書いた稟議書を捲り、横から見ていたカレル様がマリーに問いかける。

 「ぶっちゃけるとそうなのよねぇ、ブス連g……【国際連合】って。表向きは世界の数多の国々が加わる平和と秩序の為の機関だと思われていたけれど、実質第二次世界大戦の戦勝国達による敗戦国押さえつけ搾取組織でぇ~」

 髪の毛を指にくるくると絡ませながらマリーは語り始めた。
 因みに彼女の生きた国は残念ながら敗戦国側だったそうだ。

 「それでも、一時期は世界でも第二の経済大国だと謳われる程発展したんだけどね……」

 ――戦後何年経っても敵国であると見做され続けた挙句、莫大な金を求められて。国際貢献だの協力だのお綺麗な大義名分の下、そうやっていつもろくでなし男に金を巻き上げられる都合の良い女みたいな扱いを受けていたのよ。

 マリーは皮肉気な笑みを浮かべ、サリーナが淹れた紅茶で唇を濡らした。

 「でも、この世界では世界大戦はまだ起こってない。代わりに疱瘡と人の戦争が起こっているけれど。その戦争においては、種痘――神の刻印を広めた国が勝利を収める。今の所、近隣の大国の内ではトラス王国の一人勝ち状態ね」

 本当かどうかは分からないが、マリーの世界では生物兵器、という概念があったそうだ。
 疱瘡のような病気の原因となる小さな生き物を都合の良いように作り替えて目的の為に使用する――想像を絶する恐ろしい話だ。

 「まあ、それは置いといて。連合の使い道は色々あるわ。例えば神の刻印――より効率的に広めることが出来る。ゆくゆくは国を超えた共通認識を作り出したり、基準を定めたり。例えば、『基軸通貨』とか……ね」

 「『基軸通貨』?」

 「ほら、国が違えばお金も違うでしょう? 国家間での取引における、決済手段としてのお金のことなのよトーマス兄。価値が安定している――大国の通貨が選ばれることが多いわね」

 「大国となれば……トラス王国通貨?」

 「ぶっぶー。もし、銀行が無かったらそうなっていたでしょうけれど」

 「ということは……お前まさか」

 義父サイモン様の眼差しに、マリーはにっこりと微笑んだ。

 「そうよ。銀行券を基軸通貨にするの。蒸気機関車は国をまたぐ鉄道を敷設しなきゃいけないから、国をまたいだ連合のような組織が必要になる。そして、今後蒸気機関以外の先端技術は、連合参加国に優先的にもたらされる。そしてその支払いは言わずもがな――」

 ――銀行券。

 マリーが最後まで語らずとも、僕には分かる。
 彼女が国家連合を提案したのは、その為の布石に過ぎなかった、と。
 ふと、僕の脳裏にある考えが浮かんだ。

 「……リプトン伯爵領と同じだね?」

 フレールと結婚したカーフィ以上に、こちらの息が掛かった官吏が潜り込んでいる。かの地は実質キャンディ伯爵領だ。
 キーマン商会や銀行も、今やリプトン伯爵領都の一等地を確保していた。
 その他、広大な農地には王都郊外でキャンディ伯爵家が手掛ける硝石作りの副産物としての肥料が運ばれ、それで育った農作物の余剰分を再び王都で売るという循環も起き始めている。

 「うふふ、正解よグレイ。勿論対価は借金してでも払って貰うわ」

 そんな僕達を見つめながら、「……そんなところだと思った」と呟く義父サイモン様。

 「そもそも【国際連合】とやら、提案するまでにもう少し時間をかけることは出来なかったのか。少しは父の心労を減らそうとは思わなかったのか、ん?」

 「だって仕方ないじゃない。聖女降誕節を過ぎたら国に帰らなきゃいけない人だっているんだもん。それに、時間かけても私の考えは同じなんだし。そりゃあ、詳しく話す時間が取れなかったのは謝るけどさぁ……」

 「だからと言って、このような重要な事を昨日今日の行き当たりばったりのようにだな……!」

 「でも結果的に良かったでしょう? 彼らが国に持ち帰って偉い人と相談するにしろ、先にある程度の方向性と形を示しておくことは必要なんだし」

 何が悪いの? と言わんばかりにあっけらかんとして小首を傾げるマリー。
 義父サイモン様は深い深い溜息を吐き、マリーをじろりと睨む。その背を義母ティヴィーナ様が困った顔で撫でていた。

 「……お前のせいで私の頭髪があのふざけたハンカチの刺繍のようになったらどうしてくれる?」

 瞬間、僕は咄嗟に口元を押さえた。
 脳裏に蘇るのは、以前貰ったあのハンカチの図案!

 その場に居た全員も同じく噴き出したりむせたりで、混沌渦巻く様相となった執務室。
 更に憮然とした義父サイモン様に、僕達は慌てて謝罪や慰めの言葉を掛けたのだった。
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