貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

文字の大きさ
703 / 758
うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】

決まった……!

 皇太子ゲーリーは後で遠隔透視と精神感応で動向を追ってみることにして。

 「私の事を心配して下さっているそのお気持ち、大変嬉しく思いますわ。皇太子殿下は祖父思いで慎重な方なのでしょう。きっと、分かって下さるのに少々時間がかかっているだけ……」

 手を胸の前で組む聖女ムーブで言う私。総主教は居住まいを正して祈りの所作をし、妙に迫力のある眼光で私を見つめてきた。

 「……聖女様。しもべエロフェイはどうしてもお訊ねしたき儀がございます。
 何故……何故、聖女様は我が東方ではなく西方教会側に降誕なされたのでしょう。神は東方教会をお見捨てたもうたのですか。
 であるならば、今後東方教会の在り方や信仰の行く末はどうなってしまうのでしょう?」

 どこか縋るように見てくる総主教。回答次第で東方教会を取り込めるかどうかがかかっている。
 内心気合いを入れた私は、脳裏に仏陀を思い描きながら微笑んだ。きっと傍から見ればアルカイックスマイルを浮かべていることだろう。
 私はそのまま厳かに口を開いた。その名を口にする時は笑ってはいけない。平常心、平常心。

 「聞きなさい、我がしもべ東方教会総主教――エロフェイ・フョードロヴィチ・ウンコグフッ……失礼。
 元々一つの教会だったものが分かたれたのは……神ではなく。あくまでも人の問題に過ぎません。互いに敵味方と断じたのもまた、神が定めたものに非ず。人の都合によるものなのです」

 危なかった……若干声が震えて粗相をしてしまったが、そこに却って迫力を感じたらしい総主教。
 緊張した様子で喉元を上下させている。

 「神ではなく、人の問題……?」

 「聖女や賢者といった聖者は、そのような人の都合には縛られず、神の采配によってこの世に遣わされます。
 私の次にこの世に遣わされる方は、ひょっとすると東方教会や月女神信仰の国、果ては異教の国々や信仰無き地に降誕されるかも知れません。全ては神のご意志なのです」

 「現在の神のご意志は西方教会にある、と?」

 「一つ誤解しないで頂きたいのですが。確かに私は、西方教会聖地のサングマ教皇猊下にお世話になっています。しかしそれが即ち東方教会の否定に繋がる訳ではありません。
 貴方が自分の右手を贔屓して残し、左手を憎んで切り捨てることをしないのと同様に――神は一方を優遇し一方を冷遇するということはないのです」

 私はお茶を一口飲んで喉を湿らせる。ここから一気に畳みかけるぞ。

 「教会の東西だの異教だのにこだわっているのは人間なのです。世の争いの実態は、善悪の間ではなく。異なる二つの正義の間で起こります。
 だから争いは何時までも続き、深い否定・拒否・分裂・不和を招く――それは、実に悪魔的な働きだとは思いませんか?」

 「それが、東西分裂だった……と。東西が分裂したのは悪魔の所為だと仰るのですか?」

 愕然とする総主教エロフェイ。私は微笑むと、内緒話をするように唇に人差し指を当てた。

 「恐れる必要はありません。闇を知らねば光を知ることが無いように、その悪魔的な働きもまた……人が学び神に近付く為の大いなるご意志の内にあるのですから」

 「お、おお……!」

 「先程、様々なお茶を飲まれたでしょう? 色も味も香りもそれぞれ違いますが、元の原料は全て同じお茶の木。この世に数多ある教えもそれと同じで――元は一つなのです」

 「何と、そうだったのですか!?」

 驚いてティーカップを見つめる総主教に、私は遥かな未来において、やがて宗教は統一へ向かうだろうという予想を語った。

 「相違点よりも共通点を以って融和を。私は、肯定と受容、統合、平和を望んでいます。後世の人類の為にも、その下地だけでも築きたいと願って已みません」

 貴方もそれを望んで下さるのでしょうか、と問うと、総主教は感極まったように立ち上がり私の前に膝をつく。

 「も、勿論でございます! 今日この日、しもべは聖女様の器の大きさと自らの信仰の矮小さを知り、真なる教えを拝聴したことで目が覚める思いを致しました……!
 かような老体ではございますが、聖女様のお役に立てるのならば望外の喜びにございます!」

 平伏す総主教エロフェイの後頭部。私は『決まった……!』と一仕事終えた感である。これで事実上東方教会を取り込んだようなものだが、念には念を入れておかねば。

 「ありがとうございます。顔をお上げ下さい、総主教猊下。信仰篤く私と心を一つに共に歩んで下さる人々は、神の知恵と恩恵がもたらされることでしょう」

 「神の知恵と恩恵…」

 「即ち、『神の刻印』や『蒸気機関車』といった有用な技術。この世の人々はまだ神から見れば未成熟で、頑是ない子供のようなもの……甘い飴玉は、いつでも親の言う事をよく聞く素直な子にこそ与えられるのですわ」

 これは、総主教の背後に立つ東方教会の騎士へ向けて言った言葉でもある。
 お前らが欲しがっている最新技術は、マリーちゃんの味方でないと絶対やらんということなのだよ。

 「聖女様のご意志は、必ずや我が孫ゲーリーに伝えます」

 私の意を理解したのだろう総主教は、真剣な面持ちで頷いた。
感想 1,014

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。

しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

転生皇女セラフィナ

秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。 目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。 赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。 皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。 前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。 しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。 一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。 「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」 そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。 言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。 それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。 転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。 ※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」