貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン

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うら若き有閑貴族夫人になったからには、安穏なだらだらニート生活をしたい。【2】

王都フォグスターに響く鐘。

 それから数日も経たぬ内。王妃グレタの願いや使用人達、医師薬師の手厚い看護も虚しく――アルビオン王国第三王子エセルリックは呆気なくこの世を去った。

 冬の鉛色の空の下、王都フォグスターにあるヴェスタミール寺院やセントパヴァル大聖堂他、あちこちから鐘の音が響き始め、道行く人々は足を止める。

 一分おきに鳴らされた鐘の音は合計八回。
 その数は、御年八歳にして王族が亡くなった事を示していた。
 該当する人物はただ一人――

 「第三王子殿下が……」

 誰かが口にするのもためらわれるような声で呟き。やがてそれは疱瘡への恐れと不安と共に、さざ波のように人々へ広がっていく。
 疱瘡の病による王子の逝去は、アルビオン王国に暗い影を落としていた。

 ロッキンガム宮殿では半旗が掲げられ、あちこちで喪章や黒いリボンを身に着けた者達が葬儀の為に慌ただしく動いている。
 そんな中、喪服を着たエドワード王子は侍女の先導に従って歩いていた。
 王妃の間に辿り着くと、侍女は恐る恐るノックをする。返答が無かったので侍女がエドワードに伺いを立てると、「開けよ」と指示。
 王妃の間の扉を守護していた近衛達が動き、部屋の主に無作法を詫びつつ扉を開けた。
 その先には、分厚いカーテンを閉め切った真っ暗で冷え切った部屋の中で、ベッドに抜け殻のように倒れ伏している王妃グレタの姿。
 侍女が「王妃様!」と金切り声を上げ、ベッドに駆け寄った。

 「暖炉に火を」

 「はっ」

 近衛の一人が暖炉に近付き、もう一人はカーテンを開けた。曇り空の鈍い光が室内を照らし出し、エドワードがグレタ王妃の方を振り返った、その時――

 「――私の事は放っておいて!」

 悲鳴を上げて床の絨毯に倒れ込む侍女。ベッドに半身を起こし幽鬼のような顔をした王妃グレタは、自身の喉に懐剣を突き付けていた。

 「何を!?」

 「来るな、近付けば死にます!」

 すわ、と動こうとした近衛達を制止し、エドワードはじっとグレタ王妃を見つめる。その双眸だけがエドワードに対する激情の炎で生気を帯び、炯炯と光っていた。
 負の感情を向けられるのは想定内だ。ただ、ここで王妃を死なせ、王妃の実家に挙兵でもされたら。トラス王国にその話が瞬く間に伝わり、王は飛んで帰ってきてしまうだろう。
 ここが勝負だ、とエドワードは内心深呼吸をした。

 「落ち着いて下さい……私には貴女様を害するつもりはありません、グレタ王妃殿下。どうかその物騒な物を下ろして頂けませんか?」

 「可哀想なエセルは死に――私ももう、生きていても仕方がない。トラス女エレーヌの息子も消えた今、残ったはそなただけ――王の不在を上手く利用し、王位を簒奪するつもりであろう。全てが思い通りになって満足か?」

 こちらを皮肉り暗い笑みを浮かべるグレタ王妃に、エドワードは首を振る。

 「王妃殿下。貴女は何かを誤解なさっております」

 「そなたの何が誤解ではないと?」

 「私とて、肉親の情はございます。可哀想な弟は、運が無かったのです。それよりも、母親である王妃殿下以外に弟の葬儀を取り仕切ることが出来る者がおりません。私はその事をお伝えしに来たのです」

 少なくとも今死なれては困る。
 エドワードの言葉に、グレタ王妃は鼻で笑った。

 「白々しい事を。私がここで自決すれば、人々は弟のみならずその母までも手にかけたのだろうとそなたの非を鳴らす。我が父ソーンブリッジ侯爵、一族の者達は我が無念を晴らそうと動くであろうな」

 やはりそれが目的だったようだ。
 如何なエドワードとて、ソーンブリッジ侯爵家を敵に回すとなると、下手をすれば国を二分しかねない。

 「確かに可哀想なエセルリックが亡くなり、コンラッドも行方知れずの今。王位継承は自然にこのエドワードという流れになるでしょう。
 しかし、エセルリックが亡くならずとも、あの子の王位継承は難しくなっただろうと思いますよ」

 「……どういうことです?」

 少し冷静さを取り戻したのか、王妃グレタの声色に戸惑いが混じる。
 エドワードは続けた。

 「王妃殿下、いえ……敢えて義母上とお呼びしましょう。冷静になってお考え下さい。あの好色王のやり口は貴女も良くご存知の筈だ。
 亡きエレーヌ妃に執着する父がトラス王国からカレドニア女王を連れ帰れば、貴女はまず間違いなく側妃に落とされるか、廃されてしまうでしょうね――そうなれば、エセルリックは?」

 「……まさか、王位継承から外すようなことは」

 「父に限って無い、とは言い切れませんよ。確かに義母上はソーンブリッジ侯爵家の出ですが、カレドニア女王は一国の主――どちらを正妃にすれば利があるか考えるべくもない。アルビオンとカレドニアが一国に統一されれば、自然と両国の血を引く子供が王位を継ぐ方が治まりが良いということになるでしょう。それでもまさかと思われますか?」

 「そ、それは……」

 「私とて、カレドニア女王が正妃となればエセルリックと同じ立場に立たされます。それでもここで自決を選ばれ、一族ごと私に敵対されますか? 義母上はそこまで父に忠節を尽くしている訳でもないでしょうに」

 「そなた……何が目的です」

 「王が不在の間に王位に就き、この国から膿を出し切り、あるべき姿へと戻すこと。私は、カレドニア女王が王妃になるのも王太子に指名されるのも待つ気はありません。
私が王になれば、義母上の身の安全と生活は保障します。何なら私が貴女の養子となるか、我が息子との婚約を結んでも構いません。
 それで貴女はこのまま王太后として、実家はアルビオン王の姻族として安んじられる。
 もし義母上が賛同し、私を支持して下さるのであれば、どうかその懐刀を仕舞って頂けないでしょうか?」

 エドワードの言葉に、侍女が恐る恐る両手をグレタ王妃に差し出した。
 グレタ王妃は暫く沈黙した後、大きく溜息を吐いて懐剣を鞘に納め、侍女に預ける。

 「分かりました……私はアルビオン王妃として、そなたを我が子とし、王位継承を承認しましょう。これより着替えて父に手紙を書きます、準備を」

 グレタ王妃が視線を向けると、懐剣を胸に掻き抱いた侍女は飛び上がるように「はい」と返事をし、王妃の間を飛び出して行った。


***


 「ふーん、面白い事になってんじゃん。本丸はほぼ落ちたも同然、と……後は抵抗勢力の掃討があるかも知れないけど、犠牲は少なくして王位簒奪成立しそうねぇ」

 それが、好色王が王都入りしたとの報告を受けた後――聖女降誕節前日に、アルビオン王国を遠隔透視した結果である。

 さてと。

 私は能力を切って、思い切り伸びをした。
 ずっと同じ姿勢を取ってたから、あちこちで骨がバッキバキ。
 一仕事終えたから、これからはご褒美タイムである。

 鹿ノ庄と牛ノ庄の恵みが結実した砂糖・蜂蜜・バター・リンゴを贅沢に使ったアップルパイは、ダージリン伯爵家の料理人修行中の猛牛のウルリアン・ナグリの努力の賜物。
 アップルパイは寒い時期が一番。何よりそこにアイスクリームが乗っているのだから。
 シナモンはうっすらと、後はお好みで足しても良し。
 以前レシピを渡しておいて本当に良かった。

 「んー、アップルパイうまー♪」

 口一杯に広がる幸せに、私は身をくねらせたのだった。
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