約束してね。恋をするって

いずみ

文字の大きさ
上 下
56 / 58
第六章 願いの先

- 3 -

しおりを挟む
「じゃ、行ってくる」

「これから会うのか?」

「うん。実は今夜約束してるんだ」

 少し緊張気味に、諒は言った。陽介もリュックを持って立ち上がる。



「皐月によろしく。おめでとって伝えて」

「おめでたくなったら言っとく。だめだったら、お前の胸で泣かせて」

「いいぞ。どんとこい」

 言って二人は笑う。

 誘ったんだから、と諒におごられて、陽介はその背中を見送った。



(そっかー。皐月と諒が、な)

 改めて考えてみれば、お似合いの二人だ。諒の気持ちに気づかなかったというのは、陽介に相当のダメージを与えたが、二人が幸せになってくれるのは陽介の嬉しい。

 見上げた暮れかけの空は、ゆるやかにオレンジ色にかわりつつある。



(藍)

 星を見て、目を輝かせていた少女。

(今、何を見ている?)

 陽介はリュックを背負いなおすと、駅へと向かった。



  ☆



「ただいまー」

 陽介は声をかけて、部屋のドアを開ける。実家にいたころと違って応える人はいないけれど、なんとなくそういう癖は抜けないものだ。



 藍がいなくなったあと陽介は、医者になれという両親に対し、根気強く説得を続けた。医学部には進まないこと、自分にはやりたい研究があること。

 藍は奇跡を信じた。あの時の藍の状況に比べたら、陽介の進学問題など小さいものだ。自分の願いもかなえられないなら、藍の奇跡をかなえてやることなどとうていできない。そう思って陽介は、何度反対されても自分の希望を貫いた。

 姉と、驚くことに兄が陽介を擁護してくれたこともあって、東大なら、という条件付きで最後には父も進学をゆるしてくれた。

 受験に向けて死ぬ気で勉強して、めでたくも晴れて希望大学に進学することができたのだ。



 進学してようやく季節がひとめぐりした。ワンルームの一人暮らしにも、なんとか慣れてきたところだ。

「ん?」

 ポストから引っこ抜いてきた投函物を仕分けしていた陽介の手がとまる。ピザや修理屋のチラシに交じって、真っ白い封筒が目に付いた。



 手書きで陽介の名前が書いてあるところを見ると、DMの類ではないらしい。読みにくいとは言えないが、丁寧な字でもなかった。裏にひっくり返すが、差出人の名前はない。心当たりを考えながら、あけてみた。



「なんだ? これ」

 中には、どこかの住所とS901の英数字。

(諒は何も言ってなかったし、こういう凝った真似をするのは、加藤か……酒井かな?)

 大学の友人を何人か思い浮かべてみる。紙一重とはよく言ったもので、とっぴょうしもないことをする変わり者は多い。だがみんな気のいい友人ばかりだ。



 面白くなった陽介は、スマホを手に取るとそこに書かれてあった住所をマップに打ち込んでみた。てっきり遊びの誘いかと思ったが、予想外の場所が表示される。



「病院?」

 検索された場所には、都内にある大きな大学附属病院が示されていた。

「なんでこんな……」

 怪訝な表情になった陽介は、次の瞬間、は、と目を見開く。

 もう一度その紙とスマホを見比べると、それを握りしめたまま陽介は部屋を飛び出した。



  ☆

しおりを挟む

処理中です...