はんぶんこ天使

いずみ

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第七章 片翼の天使

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「寒……」
 昇降口の扉を開けると、びゅうと、強い風が吹き込んできた。私は空を見上げる。
 外はさっきより雲が黒くなって、今にも降り出しそうな天気になっていた。

 莉子ちゃん、どこへ行ったんだろう。下駄箱に靴がなかったから、外に出ているのは確かだ。
 もしかしたら、今、私の背中にもあの黒いもやがついているかもしれない。だって、莉子ちゃんの気持ちを考えたら、こんなに悲しくて苦しいもの。
 でも、莉子ちゃんが心配な反面、どうしても宮崎さんの怖い姿を思い出してしまう。もし、莉子ちゃんがあんなふうになっていたら……

 私は、ぶんぶんと首を振って怖い考えを頭から追い出す。
 あんなに大きくなってしまった黒いもやを消せるのか自信はないけど……行かなきゃ。だって、私は莉子ちゃんの味方だもん。

「美優!」
 昇降口を出ようとした時、名前を呼ばれて振り返る。颯太が勢いよく駆け寄ってきた。
「俺も、莉子探すの手伝う」
「え」
 颯太がいてくれたら、すごく心強い。一瞬、その言葉にすがろうとしたけれど。

「……ううん、私だけに行かせて」
 私が首をふると、颯太が眉をひそめた。
「大丈夫なのかよ」

 大丈夫かどうかなんて、わからない。本当は怖いし、いつもみたいに颯太に一緒にいてほしい。

 でも。
 颯太は、今の莉子ちゃんの状態を知らない。説明している時間もない。
 もし莉子ちゃんがあの時の宮崎さんみたいになっているとしたら、そんな颯太が会いに行くのはとても危険なことになる。万が一、巻き込まれてあの時の私みたいにけがなんかしたら……天使の人はいないから、私が萌ちゃんにしてもらったみたいにすぐに怪我を治すことなんてできない。
 
 そんなのは嫌だ。

 だから、今は私ががんばらなきゃいけないときなんだ。莉子ちゃんの……私の大切な、友達のために。
 私なら、あの闇の消し方を知っているもん。
 絶対に、莉子ちゃんを助けるんだ。

 私は、ぐ、と両手に力をこめると、顔をあげて颯太に笑ってみせた。
「大丈夫。ほら、女の子には女の子だけの話があるから。莉子ちゃんもあんなに怒ってたけど、おやつにパウンドケーキでも食べながらガールズトークしたら、きっとすぐに機嫌なおしてくれるよ」

 するとなぜか、颯太は近づいてきて私の手を握った。ぎゅ、と強く。
「じゃあまかせるけど……あいつ今すげえ荒れてっから、一人でしんどいと思ったら、お前が泣く前に、絶対に俺を呼べよ。俺も一緒に、莉子のことなだめてやる」
「泣いたり、しないよ」
「どうだか。これ、さっきから止まんないぞ」
 言いながら颯太が握っている私の手を見ると、ぐうになった手はかすかに震えていた。

「あ……」
 気づかなかった。
「本当は、あんな莉子を一人で相手にするのは怖いんだろ」
「……うん」
 ためらいながら、私は、素直にうなずく。

 泣きそうになったけど、泣かない。決めたんだもん。
 ぐ、と歯を食いしばって我慢する。

「それでも、俺は一緒に行っちゃダメなのか?」
「うん」
 しばらく無言になった後、はあー、と颯太は大きくため息をついた。
「なんかなあ……自分の子どもが巣立ってくのって、こんな気持ちなのかな」
「何言ってんのよ。私は颯太の子どもじゃないでしょ」
 しみじみと言った颯太に、少しだけ笑いがこぼれた。それを見て、颯太も笑う。
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